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天才になれなかった男。Don Bravo平雅一|劣等感の先に見えた唯一無二のスタンスとは 【#僕らの家族 】

「トバっち、来月のコースなんだけどさ」

平さんと鳥羽は、営業後の電話が日課だ。
毎日料理の話をしている2人。
本当に料理バカなんだと思う。


僕は聞いた。

「平さんはこれから何をやりたいんですか?」

すると、彼はこう答えた。


「やりたいことはいっぱいあるけど、正直トバっちみたいに具体的な未来は描けてないんだよなぁ。」



料理で幸せの分母を増やすために邁進している鳥羽と、同じ熱量で料理談義している平シェフから、そういう答えが返ってきたのは意外だった。


では、彼の原動力はなんだろう?

僕は色々なシェフ達からスタンスを学ぶことで、自らの肥やしにしながらも、その魅力をたくさんの人に届けたい。


そんな思いから、平さんを取材することになった。


人はどうしても比較をしてしまう生き物だ

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料理を始めた頃、毎日怒られた。

「お前を嫌いになりたくないから。」

シェフから突然そう告げられて、お店を辞めさせられた。

「そこで立ってろ。」

居場所はキッチンの隅。冷蔵庫のエンジン音が耳にこびりつく。
もっと美味しい料理を出したいと悔し涙するシェフを横目に、何もできない自分がいた。



それでも料理しかないと心に決めて、今がある。

自分は一度でできないことがわかっているから、愚直に何度も、できるまで何度もやる。

営業後の深夜には、次のコースの試作を納得できるまで、コースが変わる直前まで毎日続ける。

ほぼ毎日、親友のsio鳥羽周作と電話し、お店の経営や料理のことを相談している。

奴をすげぇと思うし、同時に負けてられないとも思う。

苦虫を噛み潰しながらもビールで不安を流し込む。
同業界で自分が天才だと思える友人からもらえる刺激は、もはや痛みと言えるかもしれない。今を実直にやり切り、走り続けるしかない。


他人への劣等感は完全には拭えないが、それも少しずつ飼い慣らすことに成功した。それを認め、相手の意見をフラットに取り入れる。

友達だろうと先輩だろうと後輩だろうと、常に学べるところはないか、毎日とことん探し続ける。



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コンプレックスとは、辞書にこう書かれている。

心理学・精神医学用語で、感情の複合体のこと。 衝動や欲求・記憶などの、さまざまな心理的要素が無意識に複雑に絡み合って形成される。「複雑な・入り組んだ」という意味を指す英語「complex」が原語。
日本では特に、「インフェリオリティーコンプレックス(inferiority complex)」、つまり「劣等感」の略として使われ、自分が他より劣っているという感情と結びつく複合的な心的表象を指すことが多い。 


イタリアンといえば、「動」。


シンプルで勢いがあり、香りや温度が魅力とされる。
しかし、Don Bravo流のイタリアンは「五味」が複雑に入り混じる料理が多い。


どんな表現にも、その人のクセや思考が乗るものだ。
コンプレックスを曝け出し、それを表現として昇華させる。
そんなフラットさが、多くの人に共鳴するのではないだろうか。

ニカっと笑う顔からは、自信も不安も滲み出る。
DonBravoの料理が称賛されるのは、平さんのフラットさが多くの人に共鳴するからではないだろうか。

勝ち取った食べログ日本一のピザの称号も勝ち取り、「国領の奇跡」と呼ばれるまでになった、レストランのルーツは、身近にあった。



国領には、ドンがいる。

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平邦雄、通称、国領のドン。
平シェフを語るには、お父さんの存在が欠かせない。

ドンは、国領で40年間お好み焼きを焼き続けた。
道を歩けば誰とでも話が弾む。
遠くからでも気配を感じる。
葛飾に両津なら、国領に邦雄だ。


ある日のことである。
平シェフが何気なく独立の相談をすると、ドンは『お前が本気なら店を閉じるよ。』と、シンプルに言い放った。

それから半年後、Don Bravoはオープン。
父から受け継がれた場所で、全く違う料理が振る舞われることになった。
常連のお客様からは厳しい声もあったが、真摯に受け止めながらも自分を貫いた平シェフ。

その結果、スタートダッシュに成功し、満席が続いた。

最初はアラカルト中心だったが、今ではスペシャリテのピザを組み込んだ全10品のフルコースのみをふるまう。


イタリア料理にも、クラシックスタイル、東京イタリアン、郷土料理を再現するものなど様々なジャンルがある。

イタリア現地の星付きレストランでも修行を重ねた平シェフだが、日本という土地で現地の味を再現するということに限界を感じるようになる。つまり、風土や文化の違いがある中で、ジャストフィットしないと考えたのだ。

人の味覚は育ってきた環境に大きく影響を受ける。
日本人が作り、日本人が食べるイタリア料理は、地場の食材や味わいに寄り添うのがベターだろうと考え、DonBravoではイタリア料理ではあまり使わない砂糖や日本の発酵食品を組み合わせている。


現地の伝統的な料理を再現するのではなく、これまで出会った料理を踏襲しながら自分が美味しいと思えるものを丁寧に作っていく。

自ずと彼の料理は、イノベーティブと呼ばれるようになった。


CRAZY PIZZAで作る新しい居場所

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2号店のクレイジーピザは、カジュアルにピザを食べられる場所でありながら、若手スタッフの表現の場でもある。

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イノベーティブなイタリアンとは打って変わって、ピザを中心に、ラザニアやティラミスなどといったクラシックなイタリアンを提供している。

普段使いできるようにカジュアルなラインナップ。

日常も、特別も。
半径5メートルを幸せにできる料理人でありたいと思想が感じられる店舗展開。


イタリアでは日常に自然に溶け込む家族経営のレストランが多いそうだ。父から譲り受けて、地元の人に料理を振る舞うことになった。

23区内ではなく、西東京の地でわざわざ食べに行きたくなるレストランを作る。

初めはなんで国領で?という声もあったらしい。
だが、一歩ずつ着実に積み上げ、国領の奇跡とまで呼ばれるようになった。

王道ではない。正攻法ではなく、泥臭く。
今ではそれが自分らしい戦い方だとも思う。

アットホームタウン、アットホームレストラン

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″やりたいことがない″と言っていた平シェフは、最後にこう言った。



夢がなくても良いんだよと言ってあげられる存在でありたい。


人はそうそう変わらない。
自分がそうだ。口癖の″いや″ ″でも″は何度言われてもダメである。
でも、平さんはやりたいことできたんですね。


国領で誰かの居場所をつくる。

とても温かくて壮大な夢だ。

国領で生まれた、モダンでありながら居心地の良いレストラン。


どんな人でも利用して欲しいからと、奥の個室ではお子様連れも大丈夫だ。

国領の人達と共に生きるというスタンスの表明だと思う。

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京王線で各駅停車に乗り換え、国領駅に着く。
目的はあってもなくても良い。


「うちのピザ、美味いっしょ?」

驚くほど旨い。
こだわりを聞けばそれもそのはず。

ナポリピッツァは、基本的に塩が効いている。
分かりやすく美味しいが、実はたくさん食べると疲れてしまう。
Don Bravoのピザは、とにかく軽い。

それは、土台となる生地は塩加減にこだわっている。
主張しすぎないが、抜群に旨い。
これがナポリピッツァと根本的に違うのだ。

もう1つ。

「粉は鮮度こそが大事」という平さんは、国産にこだわる。小麦粉は三重県、全粒粉は茨城県。

自家製のホエーと玉ねぎ水を使い、ギリギリで生地をつなぎ合わせる。
さらに長野県清水牧場からもらった天然酵母。
低温でじっくり発酵させなければならず、手間がかかる。

だからこそ、唯一無二の生地に仕上がる。旨くないわけがない。

誰も知るマルゲリータで、その違いを感じてほしい。

もう一度、言う。
Don Bravoのスペシャリテは、ナポリピッツァではない。
ここでしか食べられない、レストランの平流ジャポネピザだ。


だからこそ見えた唯一無二のスタンス

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天才ではないと気づいた先に、どんな料理を作るのか。どうやってお客様を喜ばせるのか。

苦悩の中で行き着いたのは、自分にしか出せないイタリアンであり、平流ジャポネピザだ。

曝け出すこと、向き合うことで昇華した料理から感じるのは、考え抜いたからこその知恵と熱量。



平シェフとの電話の後に鳥羽が言っていたことを思い出す。


「天才の定義なんて、ほんと無数にあって、どれが良いとかなんて言えない。努力し続られける天才があるなら、それが平くんだと思う。ぶっちゃけ1番強いし、難しいよね。」



どれだけ、素振りを続けられるか。
どれだけ、書き続けられるか。
どれだけ、調理場に居続けられるか。

天才じゃないからこそ作れる料理は、誰かの道標にもなる。

情熱が続くこと。
それが、才能だ




いつの間にか電話は終わっていた。

そうだ、僕も書こう。
書き続けることで、何かきっと見えることもあるだろうし、それが僕のやりたいことになっていくんだと思う。


足取りは軽く、自然と筆が動く。


誰かのことを綴ることは、自分の幸せにつながる。

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Don Bravo (ドン ブラボー)
182-0022 東京都調布市国領町3-6-43
TEL 042-482-7378
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