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おいしいがもたらす息吹

料理の力を信じている。

ものさしは人それぞれであるとは言えど、おいしいは、年齢性別環境を問わず、人を幸せにする。

日々のエネルギーを生み出すまいにちの食事は身体を満たすおいしさだし、とんでもない食体験は感動を生み出し精神補給になる。

知れば知るほど、比較対象ができる。
すると、感動のハードルは上がるのではないだろうか。だからこそ、超えてきたときの感情はかけがえのないものだ。

あらためて、おいしいの偉大さを知った夏になった。

教えてくれたのは″NAGANO″。

2023年7月1日にオープンしたばかりの、僕らの新店舗だ。スキーリゾート地として注目を集める長野県北部・白馬の隣には、人口3000人ほどの小さな村「小谷村」がある。村にあった古民家を改装してレストランが生まれた。

実はこのレストランの隣には塩の道が通っている。武田信玄の時代に塩などの生活物資を松本市のあたりまでつなぐソルトロードだったらしい。

そんな″シオ″との縁も感じながら、旅の目的地となる″ディスティネーションレストラン″を目指した、あたらしい挑戦が幕を開けた。


オープン後まもなく2週間となる7月11日。
午前7時、奈良を出発し片道6時間はかかる。

ぼくらの会社には今までにない形態のレストランだ。向かう道中で膨らむ期待に上がるハードル。

だが、それを軽快に超える空間と料理が待っていた。


うつくしい茅葺き屋根がトレードマーク。
縁側からは小川のせせらぎが聞こえる。
居間の真ん中には囲炉裏が。
畳と、マルニのロングテーブルに座椅子。


豊かな自然とリッチな空間。
ゆとりがありながら洗練されている。ここでしか体感できない空気感にますます期待が膨らむ。

ペアリングのスパークリングが届いた。
さっそく料理がはじまる。

1皿目はシンプルなスープから。

ここはすでに馴染みのアプローチ、一呼吸つかせるための先頭打者。

長旅の癒す淡めの味わいスープはNAGANOらしく、蕎麦の香りを移してある。

落ち着いたトーンだからこそスーッとしなやかに染み渡る。

二皿目は、長野の八寸。

とれたての野草の上にはフィンガーフードが三点。右下から時計回りに、サクラマスのタルタルとビーツのタルト、鹿肉のボロネーゼが入ったミニおやきに、フォアグラと味噌のサブレサンド。

sioらしさと長野らしさが共存し見た目にも楽しい一皿。

3皿目は、蕎麦粉のクレープ。

蕎麦粉のクレープの中には鯖のほぐし身とバナナにキャビア、黒トリュフ。パセリオイルの緑が鮮やかなヴァンブランソースをテーブル上で注いで完成する。旨味、甘味、酸味、口内で調和し広がる味わい。sioが大事にする「5味+1」が詰まった一皿。

4皿目は、お口直しのミルフィーユ。

キンキンに冷えた石の上で

きゅうりの糠漬とシャインマスカットのミルフィーユは凍っていて、口に含むと糠のほのかな香りと塩味が広がり、じんわりと溶けていく。ゆったりと流れるときの中で、時間軸が感じられる夏らしいお口直し。

5皿目は、オクラのステーキにさまざまな旨味が添えられたNAGANOのスペシャリテと言える一皿。

どれも超ド級の美味しさだが、この一皿は特に印象深い 。
オクラのステーキに、じゃがいもの煮っ転がしのラビオリ、信濃ゴールドというりんごの酸味、鮑と小谷野豚の生ハムの旨味、全体をまとめるバターソース。サイズを揃えてカットされたそれぞれの素材をどう口に運ぶかは自分次第。sioがもつフレンチの重ねる巧さ、イタリアンが持つ力強さ、和のニュアンスにNAGANOらしさが詰め込まれていた。
どの組み合わせでも、頬が落ちる。こういう料理を人生で何度食べられるか、出会えるかが僕にとっては重要だ。終わらないでほしい気持ちと裏腹に、手は止まらない。
また一つ忘れられない楽しさをもらった。

6皿目は、紫米のリゾット。

紫米と山菜の薊(あざみ)をリゾットにしフランボワーズビネガーで酢漬けにしたトレビスで覆い隠した。
小谷村では食材が取れなくなる冬の時期を乗り切るために塩蔵という習慣があるらしい。薊などの山菜を塩漬けにして保存食にするのだ。

そのエリアの食にまつわる文化を取り入れながら、ポテンシャルを引き出しレストランの一皿として昇華する。豊かな食文化のつなぎ手として、このレストランが存在する意味を感じた。

7皿目は、鮎の甘露煮。

コンフィにすることで骨を感じずストレスなく食べられる鮎を甘露煮にし、どこか懐かしい甘じょっぱい味わいに。そこに内臓の苦味、蓮根の酢漬けと大葉の爽やかさが絶妙に設計されている。鮎はこのコンフィスタイルが一番好きだ。今年も食べられて良かった。

8皿目は、信州プレミアム牛のステーキ。

低温調理×炭火焼きで仕上げた信州プレミアム牛に花のピクルスが彩られ、sioではお馴染みの黒にんにくのピューレ、そして野草で作られたオリジナルの塩が添えられた。なんじゃ…この野草塩がめちゃくちゃ旨い。きめ細やかな肉質に、絶妙な火入れ。華やかさも驚きも兼ね備えた納得のメインディッシュ。

9皿目、〆は″化ける″炊き込みご飯。

玄米入りの炊き込みご飯に、小谷村名産の漬物「小谷漬」が混ぜ込まれている。ピリッとした辛味とポリポリとした食感がクセになる。

実は、この〆は一皿の中で抑揚が作られている。まずは極端に硬めのごはんとたっぷりのハーブを口にする。しっかりとした歯応えとえぐみを覚えているうちに鱒の″黄金イクラ″をたっぷりと。

鶏卵と同様、同じシャケ科であっても餌の影響でたまごの色は左右するらしい。
お馴染みの赤いイクラと比べると皮のハリがあり硬い印象で、これが硬めの玄米ごはんとリンクする。最後は薬味とともに出汁茶漬けで三度楽しめる″化ける″炊き込みご飯であった。

10皿目は、酒粕チーズケーキ。

白馬錦の酒粕香る半月の上にはサルナシという木の実のジャムとかたばみの愛らしい葉が敷き詰められる。予期せぬギャップにときめきを感じて仕方がない。食べるのが勿体無い。物足りないくらいがちょうどいいひとつ目のデザート。

11皿目は、クロモジのアイス。

スペシャリテのミルクジェラート、NAGANOでは小谷に自生するクロモジの香りをうつした逸品。主張しすぎず、なめらかに鼻を抜ける。名残惜しさを増長させる最後のデザート。

さいごに、黒豆茶と蕎麦粉のフィナンシェで一息つく。

たくさんの可能性が広がる土地と箱があった。そこに美味しいを詰め込んでいく。
大自然に人が介在して編集をしていく。

息吹が吹き込まれ、sioの人と村の人が交わり、場が生まれる。
ど真ん中には設計された美味しさがある。
その設計図にずっと魅了され続けているのだ。

向いてないかもしれないからやめた方がいいと言われたことがある。そこに違和感はなかったからスーッと入ってきた。

でも、解釈を変えて続けてきた。

それはなぜか?
食べることと作ることが好きだから。
続ける理由なんて、それでしかないだろう。

小谷がくれた種火をもって、日々に情熱を灯し続けよう。

ぼくらは料理人。
これだから、料理人はやめられない。

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