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おいしい男になるために

久しぶりにシェフと会った。
変わらず、むしろ以前にましてほとばしる情熱を纏いながら、鋭利な言葉で本質を突かれる。

もっとヒリついてけよ
ふつうになるなよ

一言ひとことが胸を突き刺す。
眠れない。感情がうごめく。
帰りの電車も、家に帰ってからも、ずっと考えていた。
痛いところを突かれて、居心地が悪かったんだと思う。

ヒリついてない?そんなことない。
いや、そんなことあるのかもしれない。

ぐるぐる回る、
言葉が出てもまとまらず、文章にならない。

思えば、疾走感がなく、溜まっている下書きの数々。誰にも届けていないし、自分の中で宝物になっているわけでもない。

最近、うまく言葉にできていなかった。

その理由が、分かっていなかった。
でも、今日の出来事で気付かされた。

ぼくの弱いところがまた出てきたからだ。

かっこいいと思われたい
頭いいと思われたい
すごい人だと思われたい
人に認められたい

そうか、また自意識だったのか。

どこかで少し書けるようになったと思っていなかったか?
どこかでこんな感じでしょ、という文章になっていなかったか?

小手先だけの文章を書こうとしてたんだ、と思う。

心を動かす、ってそんな甘いものじゃない。

そうやって、背中を押されたような気もしている。

だから、今日はぼくからみたシェフについて、あらためて書きたいと思う。

感謝も怒りもガソリンに

シェフは文集砲に打たれた。
でも、死なない。不死鳥のように、自らを燃やし再び生き返る。
今年に入り、完全に息を吹き返した。

シェフは「自分の原動力は使命感」と言う。
お店を出し続けることも、レシピを公開・発信し続けることも、根本はおいしいで世の中をハッピーにしたいという気持ちだ。

こんなインタビュー記事がある。

スティーブ・ジョブズも言っていましたけど、人って強烈な情熱がないと志半ばで心が折れちゃうんです。

だけど、僕の中には折れるということは存在しない。誰かの横やりなんて関係ないし、やると言ったからには達成するまでやり続ける。

料理人「鳥羽周作」の5年後。 FUTURE IS NOW


ずっと変わらない、その背中。
入社してもうすぐ5年が経つ。激動、激流の日々にも波がある。

マネージャーだったあの頃に見た、濃厚で濃密な景色は、たくさんの人に分散された。
あの頃、隣で見ていた世界はとても強く、とても大きかった。

いまはどこまで広がっているんだろう。
想像以上に、ずいぶん遠いところに行ってしまったのかもしれない。

すっかり、会ったことない仲間も増えた。

覚悟を持った強い言葉は、受け取る側にも覚悟が必要だ。
だから、入る者も、去る者もみな、心を動かされ続けている。

火照らされて、火を灯され続けている。狂気の炎は、ときに熱すぎる。だから、自らを守るために、距離を置く人もいる。

そこは、自分がどうありたいか次第。その人にはその人の走り方がある。

シェフが持つ覚悟の炎は、さまざまな形になって流通する。
本、記事、TV、YouTubeと、たくさんの人の目に触れる。

いまはSNSがある。便利で残酷だ。リアルな声がシェフのもとへ直接届く。
起こしてしまったことの大きさからすると、仕方ないだろう。

それでも、シェフがやることは変わらない。
おいしいをつくり、届けることを使命にしているから。

猛スピードで周りを巻き込むシェフは、さまざまな角度からたくさんの声が届く。なかには怒りや悲しみの言葉もいくつもある。

そのひとつひとつを受け止めて、感謝しながら進んでいる。

すると、レシピをもらった方たちからは、あたらしい感謝の薪がどんどん焚べられる。


さらに燃えるシェフ。このやさしい炎はまだまだ大きくなっていきそうだ。

鳥羽周作とぼく

マネージャーだったあの1年半で、ぼくは精神家族になった。
悔しいことも、ムカつくこともあるが、根っこは感動し尊敬している。ずっと変わらずやり続けているし、圧倒的に結果を出しているのがシェフだから。

憧れ?畏怖?
最近は、それとは違う、おそらく僕にしかない感情がある。

使命感だ。
シェフの生み出すものをぼくしかできない役割で伝えるという使命感。

きっと、優秀なNo.2はフェーズによって変わっていく。
その役割はなくても、一緒にシェフの見ている景色を見たなかで、確かに見えたことを、伝え続けていく役割があると思う。

ひょっとしたら、そんなに決めつけなくても大丈夫かもしれない。

でも、人との出会いが進むべき道をつくる、とぼくは思う。
ぐうぜん見つけたすき焼き師への道も、必然で、運命なんだと思う。

やるべきことも超えるべき壁も多いけれど、ぼくはシェフからもらった炎を持ち続けていたいと思う。同じ気持ちの古参メンバーもいるだろう。

やっぱり、受け取る側にも覚悟がいるのだ。
そして、その覚悟が見たことない景色を見せてくれる、とぼくらは知っている。

ぐるぐる考えた昨夜から、自分がどうありたいのか、真剣に考えた。
おいしい男にあこがれて、じぶんにしかできないおいしさを伝えたいんだ。

手段は何でもいいのかもしれない。
でも、じぶんにしかできない歩き方で。

人生は修行の場、と母は言った。
せっかくならぼくは燃えて死にたい。

例年より寒さが長引き、芽吹きが遅い春の奈良。
さくらも蕾をほどかない。

ふと思い出したのは、ある方からいただいた芽吹きのお守りとおいしい男になる宣言。

むかしから、あんまり変わっていないのかもしれない。
やっぱりおいしい男になりたいようで。

昨日とは打って変わって、急に暖かくなった。
春の訪れは、もうまもなくだ。

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