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新興宗教?「金剛禅総本山少林寺」に行った話

1 実は毎年、新興宗教の本山に行ってました。

 「霊波之光」の教団本部へ行ったとき、私は新興宗教の施設を訪問するのは初めてだと思っていた…が思い出した。学生の頃、年に一回ほど新興宗教である宗教法人「金剛禅総本山少林寺」の本山に合宿に行っていたのだ。合宿に行くと聞くとだいぶ熱心な信者であったのだろうと思われるだろうが、実際まじめに修行していたのだ…少林寺拳法の…

2 少林寺拳法ってなに?

日本の武道

 確実に少林寺拳法は柔道や剣道ほどメジャーな武道ではないため、最初に少林寺拳法について説明しておく。最初によくある誤解を解いておこう。少林寺拳法は中国嵩山少林寺の少林拳と同一のものと考えられがちであるが(技術的な面では少林拳を参考としているとされているものの)基本的には柔術がベース(個人の見解)であり日本の武道である。設立が1947年と比較的新しい武道であるものの、柔道や剣道とならび日本武道館公認の日本九大武道に数えられている。

歴 史

 少林寺拳法は戦後間もない1947年に宗道臣によって香川県多度津町で設立された。設立後、宗教法人の認可を受ける。翌年には「日本北派少林寺拳法会」と「黄卍教団」が発足。1966年にはインドネシアに海外初の支部が発足。1980年宗道臣の死去に伴い、娘の宗由貴が第二世師家として管長に就任。現在は第三世の宗昴馬がグループトップを務める。
 設立以来、少林寺拳法のマークとして卍を使用していたが、ハーケンクロイツとの混同を避けるために2005年からは双円というマークを使用している。

宗道臣

 続いて少林寺拳法の開祖である宗道臣について説明したい。内容については宗道臣著の「少林寺拳法奥義」を参考としている。経歴等については資料が乏しいこともあり信ぴょう性が高いものではないというのは先に断っておく。
 宗道臣(中野理男)は1911年岡山県に生まれる。久留米藩士の剣術家の宗重遠は父方の祖父にあたる。宗道臣の父親は税関吏であったが宗道臣が8歳の時に亡くなり生活は困窮、母親が天理教に入信し母親が天理教の本部に入ることとなり一家は離散、宗道臣は大陸の祖父のところへ渡ることとなる。1927年までには母、妹、祖父が亡くなり天涯孤独となる。1928年には関東軍の特務機関要員として再び大陸に渡り、必要な教育を受けるため道教専門学校において陳良という老師に師事する。陳良は北少林白蓮拳の師父であり拳法を、宗道臣は行動を共にするかたわら拳法を学んだという。張作霖爆殺事件後には中国東北部を密命(軍事用地誌の制作や各部との連絡と宗道臣は主張している)を帯びて旅行し、各種の拳法を習得する。ところが内モンゴルを旅行しているときにチフスに感染し病気静養のため帰国。帰国後は陸軍航空隊に入隊するも心臓弁膜症のため除隊、1931年再度満州へ渡る。満州国建国ののちは引き続き特務機関員として北京で勤務していた。このときに北少林義和門拳の師父である文太宗に入門、嵩山少林寺を訪問義和門拳法の印可を受ける。終戦まで表向きの仕事としては満州都市の商工会の事務局長等をしていたようである。終戦後は満州で関東軍の無責任な撤退、ソ連軍の横暴を目の当たりにし帰国後は私立学校を開き祖国復興に役立つ人材育成に努めることを決心する。
 宗道臣が帰国すると今度は戦後の国内の退廃ぶりを痛感。宗道臣は戦後混乱期の若者に物心両面での安らぎを与えられるのは原始仏教の教えに他ならないと考えた。しかしながら理屈や説教だけでは当時の若者の心をつかむことができなかった。そんなある日、思い悩んでいた宗道臣は中国禅宗の祖、達磨の夢を見る。達磨は宗道臣に何かを話しかけた後そのまま立ち去ってしまう。宗道臣は追いかけようとしたが足がすくんで動けない。宗道臣はそのまま目が覚めてしまった。宗道臣はこの夢を行動が伴わなければどんなに立派な道を説いても人はついてこない、という達磨からの啓示であると解釈し、自宅に道場を立てて武道を通じて原始仏教の教えを説く「日本正統北派少林寺拳法会」を設立した。

構成団体

 少林寺拳法グループは「宗教法人 金剛禅総本山少林寺」「一般財団法人 少林寺拳法連盟」「少林寺拳法世界連合」「一般社団法人 SHORINJI KEMPO UNITY」4つの団体を有している。以前は独自の学校法人「禅林学園」を有していたが、現在は学校経営の移譲に伴い通信制高校「RITA学園高等学校」となっている。「RITA学園高等学校」は少林寺拳法グループを離脱しているものの、引き続き少林寺拳法による武道教育を受けることができる。名称の”RITA”も利他を意味しているところからも関係性をうかがえる。
 「宗教法人 金剛禅総本山少林寺」については町中の一般の道院(=道場)を管轄、一方「一般財団法人 少林寺拳法連盟」は高校、大学、企業等各種団体の少林寺拳法部、サークルを管轄している。学校等の部活動で少林寺拳法を稽古する場合は一般財団法人に入会することとなる。したがって正確に言うと私も宗教法人に入信してはいない…
 「一般社団法人 SHORINJI KEMPO UNITY」は少林寺拳法の独自性の維持、正しく普及し発展させることを目的に2003年に設立。少林寺拳法の知的財産を保護するとともに有効活用を行うための事業、また、少林寺拳法の普及・発展に貢献する団体などに対する支援事業を行っている。
 「少林寺拳法世界連合」はその名の通りを少林寺拳法を統括する国際競技団体である。

技 法

 技術的には先述したとおり柔術がベースであり、空手やキックボクシングのような突きや蹴りといった当身と、合気道のような投げ技、関節技がメインの総合格闘技である。当身は「剛法」と呼ばれる。当身については打撃の威力そのものを重視するのではなく、素早く的確に急所に当てることを重視する。少林寺拳法で最初に習う技が「金的蹴」と「目打(目潰し)」であることからもその特色を見出せるだろう。クラヴマガのような軍隊格闘技系でも股間蹴りは多用されている…。投げ技、関節技は「剛法」に対し「柔法」と呼ばれる。繰り返しになるが柔術がベースであるため源流を同じくする合気道と類似している。少林寺拳法の「柔法」の特色として、柔道の投げ技に対する対応が非常に多い。一本背負いの対処だけでもタイミングによって複数の対処が用意されている。このように既存の武道に対する対処法が多いのは、おそらく少林寺拳法が比較的新しい武道であるからこそだろう。関節技は痛い。こちらも基本的には合気道と同じ原理の技術である。七段の先生に「上膊捕(先生オリジナルver…専門的な話になるがいわゆるS字の技法とのハイブリッド)」という技をかけられたときは、手首関節の激痛と手先の感覚の消失により、手を切り落とされたのかと思ったのは懐かしい思い出である。最も特徴的な技法は「圧法」であろう。そもそも「圧法」は高段者向けの技法であり私自身はほとんど知らない技法である。正確な説明ではないかもしれないが、「圧法」は人体の急所に関連する技法である。特定の急所に打撃や指圧を加えることにより相手を行動不能にさせる。唯一私が体験したのは先述の「上膊捕」の先生に圧法をかけてくださいと懇願したところ、投げられた後に脇腹をつままれたと思ったら睾丸を握られたような激しい苦痛を感じたことだ。宗道臣は「少林寺拳法と他の武道の最大の違いは、東洋医学の神髄である経脈医法にもとづいて技が組みたてられていることである」と著作で主張している。正直よくわからないが(私の段位が低いためか…)とにかく痛い(痛みに段位は関係ない)。真偽は定かではないが「圧法」は「北斗の拳」の「経絡秘孔」の元ネタともいわれている。他にも「締法」と呼ばれる頸部への締め技、相手を帯などで拘束する「縛法」、「整法」といったマッサージ技術のような技法までもあり、多種多様である。 
 礼式も独特な「合掌礼」を採用している。他の武道と同様礼式を重んじている。少林寺拳法ではお辞儀をするのではなく視線の高さで合掌をするのみである。これは相手から視線をそらさないことと頭頂部の急所を暴露しないためである。宗教的な意味合いについては後述する。
 少林寺拳法の最大の特徴は護身術であるということだ。したがってその技術は相手の身体を破壊することを目的としていない。最初に習う「金的蹴」と「目打(目潰し)」も独特の工夫がなされている。人間は睾丸が破裂すればショック死する可能性もある。したがって「金的蹴」は睾丸を圧迫するのではなく、足の甲で睾丸を震盪させる。一方、目潰しは失明の危険性(もし手指が眼球を貫通し脳まで到達したら死に至る)がある。したがって少林寺拳法の「目打」では手を払うように手指を眼球にかすめさせる(こちらも十分危険ではあるが…)。相手の急所を突き、相手が悶絶したらダッシュで逃げるのが少林寺拳法なのだ(そもそも反撃を要するような切迫した状況にに陥るべきではないのだが…)。過剰防衛にならないような配慮がされていることも新しい武道であることの特色の一つであろう。

3 どこが宗教なの?

 次に宗教法人として創設された少林寺拳法の宗教的特徴について概観したい。 

宗教的儀式行

 宗教団体が宗教法人でありつづけるには宗教法人法の要件を満たさなくてはならない。

第二条 この法律において「宗教団体」とは、宗教の教義をひろめ、儀式行事を行い、及び信者を教化育成することを主たる目的とする左に掲げる団体をいう。
一  礼拝の施設を備える神社、寺院、教会、修道院その他これらに類する団体
二 前号に掲げる団体を包括する教派、宗派、教団、教会、修道会、司教区その他これらに類する団体

 要件の一つとして儀式行事を行うことが挙げられているが、少林寺拳法では具体的に何をしているのか。鎮魂行がその一つであろう。
 鎮魂行とは修練の始めに、座禅を組み,呼吸を整え,金剛禅の教えである教典を声に出して唱える行である。唱える教典はいわゆる念仏ではなくではなく、人生訓のような道徳的要素が濃い。教典は「聖句」「誓願」「礼拝詞」「道訓」「信条」のパートに分かれている。参考として「聖句」を引用しておこう。

己れこそ己れの寄るべ、己れを措きて誰に寄るべぞ、
良く整えし己れこそ、まこと得がたき寄るべなり。
自ら悪をなさば自ら汚れ、自ら悪をなさざれば自らが浄し、
浄きも浄からざるも自らのことなり、他者に依りて浄むることを得ず。

聖句

金剛禅の教義

 少林寺拳法はあくまで金剛禅の修行法の一つである易筋行として存在している。つまり金剛禅は「金剛の肉体と不屈の精神力を養成し、まず、よりどころとするに足る自己を確立し、そして、他のために役立つ人間になろうという、自他共楽の境地を説く」宗教であり、少林寺拳法はその手段に過ぎないのである。
 少林寺拳法の教えは原始仏教、とくにガウタマ・シッダールタの説いた説法がその中心となっているとされている。仏教を一言で表すなら「人格の完成により解脱し涅槃に至る」といえるであろうが、金剛禅においては特に輪廻転生や涅槃に関する言及はない。
 金剛禅の第一の特色は「拳禅一如」である。肉体と精神は別離することのできない存在として、どちらも鍛錬することで人格の完成を目指す。また他の諸宗教と同様に人間は死ぬまで修行する存在であると主張している。
 「力愛不二」も金剛禅の大きな特色である。力と愛という一見相反する概念が調和、統一された状態を理想とする思想である。つまり正義を伴わない力は暴力に過ぎないが、力を伴わない正義は無力であるということだ。正義が不正に打ち勝つためには、相応の力の裏付けを必要とするという思想である。これはパスカルの「パンセ」の内容と酷似している。
 「すべては人の質にある」という言葉も少林寺拳法の主張の一つである。厳しい現実を突き破り未来を切り開くのは機構や制度ではなく人間であるという思想である。各個人が「自分の幸せをこのうえなく大切にするが、半ばは他人の幸せも大切にできる人間」を育て増やしていくのが金剛禅の目的である。

奥義についても書籍で公表されている。

修行法

 少林寺拳法の具体的な修行法について説明する。第一は「脚下照顧」である。もともとは禅宗の言葉で足元に気をつけよ、すなわち身の回りのことから反省せよという意味である。少林寺拳法では特に稽古の前に脱いだ履物を整頓することを強く躾られる。第二は「合掌礼」である。技法の項でも触れたが宗教的な観点からは、人間の平等性を主張したガウタマ・シッダールタの教えを形にしているとのこと。第三は「作務」である。一般的には労働そのものを指すが、少林寺拳法では特に道場の清掃を指す。少林寺拳法においては道場の掃除も修行の一環であるため、地位などにかかわらず皆で実施するべきと考えられている。脚下照顧と同様に一つの行為を精神的な高さにまで引き上げる手段としての行であるということだ。

お布施(年会費)

教室や習い事ではないため、月謝ではなく、皆さんの「信徒香資(お布施)」よって少林寺拳法の活動に協力・協賛していただいています。
◆金剛禅総本山少林寺 入門
☆地域に密着した全国2,000以上の道院で少林寺拳法
○入門の際に必要な経費
入門香資(入門費)※初回登録のみ  3,000円
メンバー(門信徒)になるための入門費です。登録する初回費用・教材費を含みます。
信徒会費(年会費)  7,000円
メンバー(門信徒)であるための年度会費です。年に一度納めてください。 信徒香資(お布施)  一口500円より
組織の活動を支える協力金・協賛金です。口数については各道院にてご相談ください。

少林寺拳法公式HP https://www.shorinjikempo.or.jp/qa/(R5.5.10)
太字引用者

 年会費はコストコよりも2000円ほど高い。なお一般財団法人の年会費は年齢により異なるが5000円程度である。
 ちなみに道院の指導者は無償で指導に当たっている。私の先生は本業は大学教授でいらっしゃったが、自費で自宅に道場を立てて地域の子どもに指導をされていた。

4 なんで宗教法人なの?

 そもそも少林寺拳法はなぜ宗教法人という形態を選択したのだろうか。おそらく税制優遇措置を見越した対応であると考える読者も多いだろう。
 最初に「宗教法人は非課税である」という誤解を解いておこう。たしかにお布施等の寄付については非課税である。しかし収益事業に対しては、公益法人等に該当するため軽減税率が適用されるものの所得税が課税される。これは公益法人認定を受けた社団法人、財団法人も同様である。したがって武道団体が宗教法人化したとしても得られる税制優遇はそれほど大きなものではないと推察される。税理士の人、教えてください。
 宗道臣は宗教法人化について別の説明をしている。設立時の時代背景から説明しよう。先述した通り少林寺拳法の設立は戦後間もない1947年であり当時の日本はGHQ/SCAPの占領下にあった。教育における武道は「非軍事化・民主化」政策の一環 として禁止された。1945 年10 月のGHQ指令「日本教育制度に関する管理政策」の「軍事教育の科目及び体錬は凡て廃止」するという項目に学校武道が該当すると判断され、また、ポツダム宣言第 6 項にある日本国民を欺いて無謀な世界征服へと導いた責任が、 戦前国内武道を統括していた武徳会の役員にもあると判断されたからである。武道組織の再建は、1949 年 5 月の全日本柔道連盟の設立を待つことになる。
 こうした社会情勢の中で新たに武道団体を設立することを困難と考えた宗道臣はGHQ/SCAPの「信教の自由」を盾に宗教団体として許可を得た。「われわれは仏教系の踊る宗教で…易筋行という体操のようなものをする宗教で…天理教のお神楽踊りのようなものだ」(点線引用者省略)と説明して了解を得たそうだ。宗道臣自身も苦しい弁明であったと述懐している。

5 本山合宿のはなし

本 山

 ここからは「金剛禅総本山少林寺」本部施設について説明する。場所は香川県仲多度郡多度津町の桃陵公園の近く。JR多度津駅から徒歩で15分ほど。先述したグループ内組織の事務局は同一の敷地内にある。本部は、本堂、講堂、錬成道場、食堂、大雁塔、禅林会館(旧禅林学園校舎)からなる。一言でいえばシネマコンプレックスの武道版である。外観のみが特殊で複数の武道場が存在している施設である。少し小高い位置にあり瀬戸内海を見渡せるという好立地ではある。
 私自身は3回ほど学生向けの合宿に参加した。合宿については朝から夕方まで5日間ほど少林寺拳法漬けの日々を送ることになる。内容としては全体での基本の稽古、段級位ごとの技の稽古、演武の稽古、法話が主体である。合宿期間中は本部職員の先生(職員)のほか、中四国の道院の先生も来山し指導に当たってくださった。

門をくぐると金剛力士像が出迎えてくれる。左が旧禅林学園校舎。

大雁塔

 大雁塔は白い六重の塔。内部は少林寺拳法の資料館となっており宗道臣の遺品や少林寺拳法の歴史を知ることができる。最上階には宗道臣の遺骨が安置されているらしい。宗道臣が若い頃訪れて感動したという西安の大慈恩寺大雁塔をモデルに建立された。私は内部を見学したことはない。

遠景の大雁塔

法 話

 合宿のカリキュラムとして法話(=座学)が組み込まれている。内容は少林寺拳法、金剛禅の教えを説くものであるが、少林寺拳法の技術の理論(どういう当身が有効になるのか等)など多岐にわたる。一日中、身体を動かしている学生にとっては睡魔との戦いも大きな修行の一つである。

VS「エホバの証人」

 先に断っておくが「エホバの証人」の信者とファイトクラブを開催したわけではない。少林寺拳法は異種格闘試合を禁止している。
 朝の6時頃、稽古のため本山最寄りの多度津駅に着くと駅前で年配の女性たちが「エホバの証人」の布教活動をしていた。小綺麗な服装をした信者がパンフレットを持って立っている光景は誰もが目にしたことがあるはずだ。
 「エホバの証人」は武道を拒否するはずである。剣道の履修を拒否したため留年処分となり、更に翌年度も留年の処分を受けたために、学則にしたがい学校長により退学処分を受けたところ、当該処分が違法であるとして取消しを求めた「神戸高専剣道実技拒否事件」は有名である。
 したがって武道を稽古しているものが「エホバの証人」に入信する蓋然性は極めて低いのである。私は無意味な布教をしているなと思ったが、おそらく彼女たちは本気で私たちをアルマゲドンから救おうと思ってたのかもしれない。

香川のおいしいもの

 そろそろ読者諸兄も少林寺拳法の話題にはウンザリだと思うので香川県のおいしいものの話をする。
 香川県といえばうどんである。やはり本場の讃岐うどんは別格だ。本社が神戸にある「丸亀製麺」とは比較できないほどおいしい。次元が違う。香川県民が丸亀製麺を目の敵にしている(偏見)も理解できる(「丸亀製麺」も文句なしにおいしいが…店内製麺には脱帽である)。宿泊していた丸亀では何件かうどん屋に入ったがどこもとてもおいしかった。脱線して申し訳ないが「日本人は小麦を食うな米を食え」「小麦を食うのはGHQの政策の一環である」と主張する政党があるようだ。今後は新興宗教と陰謀論の関係性、類似性についても掘り下げてみたい。

店の名前は忘れました。たぶん丸亀城の近く。

 香川県は「うどん県」としてのイメージが非常に強いため陰に隠れがちであるが、1952年創業「一鶴」「骨付鳥」を食べずして香川県に行ったということはできないだろう。「骨付鳥」は一言でいうと和風グリルチキンである。味付けは塩味がきいていてアルコールと非常に相性がいい。ニンニクとスパイスの香りが病みつきになる。表面は香ばしくパリっとした食感で噛みしめると肉汁の洪水を楽しめる。付け合わせのキャベツが箸休めとなっていくらでも食べられてしまう。噛み応えがあり噛むほどに旨味を感じられる「おやどり」と柔らかくよりジューシーな「ひなどり」の2種類が用意されている。個人的には初めて「骨付鳥」を食べる方には「ひなどり」をお勧めする。

ビールを永遠に飲める一品

6 おわりに

 私自身は黒帯を保有しているものの、稽古から離れて久しいため不正確な記述があるかもしれない。どうかお許しください。
 少林寺拳法は他の武道と同様に奥が深く、かつ様々な技法を無理なく段階的なカリキュラムに沿って学べるため武道初心者でも楽しく稽古ができると思う。先述の通り入門は健康を目的としても何ら問題はない。運動不足を気にされている方はトレーニングジムではなく少林寺拳法の門を叩くのも面白いと思う。        
 余談になるが私は少林寺拳法が縁で結婚したので、婚活中の方には結婚相談所ではなく少林寺拳法の道院に行くことを強く推奨する

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