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アメリカの高校生はどうやって社会へ巣立つのか


 日本の学校は、受験シーズンも終盤戦で、これから卒業、入学、の季節を迎えていく。アメリカの高校生は、通い慣れた高校を卒業して新たなステージに進むことが、とてつもなく高いハードルのように思え、想像もつかないのが本音らしい。私が勤める地域の公立高校生の場合、地元の州立大学やコミュニティ・カレッジを選ぶか、それとも東海岸沿いの大学を選ぶか、飛行機で3600キロ余(東京・ハノイ間の距離に相当)飛び、西海岸の大学に進学するか、自宅から車移動がかろうじて可能な中西部の大学にするか。高校を卒業したら家を出るのがアメリカだ。親子ともども高いハードルである。

 大学受験という人生の大きな節目がある一方で、社会への巣立ちに向けて、どう社会とかかわりを持ち、関係を築いていくか。これは大学受験と同じく重要な課題だ。アメリカの場合、高校生はどうやって社会へ巣立っていくのか。

 社会へ直接かかわるきっかけとして、ボランティアやインターンシップ、アルバイトなどがある。アメリカの公立高校の場合、職業訓練プログラムの一環で、いくつか選択科目が設置されているが、一般にそう多くはなく、生徒が能動的に動くことが大前提である。高校卒業の要件に最低75時間のボランティア実施があるが、そのボランティア先も学校がお膳立てしてくれることはなく、自分で探して遂行することになる。

 その延長上にインターンシップがあるのだ。一般に夏休みの1、2カ月と長い。高校生でも、年間を通じて200時間のインターンを課すところもある。これだけの長期間、実習を通した学びを提供してくれるインターンシップ・プログラムのほとんどは、大学生・大学院生を対象としたもので、高校生を受け入れてくれる機関はごくわずかだ。実際には、親の勤務先のコネを使い、インターンシップをする高校生が多いが、コネのない者にチャンスがないのかと言えばそうでもなく、政府機関や医療研究機関、宇宙開発機関、博物館や図書館などが、高校生向けインターンシップ・プログラムを実施している。そして、応募には通常、志望動機、履歴書、成績証明書、学校の推薦状(2通)などが必要となる。

 アメリカの子どもは、生まれた時から個人の尊厳が大切にされ、一人の人間として対等に育てられる。日本語と比べ、赤ちゃん言葉とか幼児語が少ないのは、そのせいだろう。なので、高校生だからと言って特別扱いされることもなく、就職活動と同じフォーマットで、志望動機や履歴書を書き、自己アピールをしていかねばならない。その時、自己と向き合い、自分は一体何ものなのか、今の自分に何ができるのか、自分の夢が何で、それを実現するためにどうしたらいいか、真剣に考えるのだ。さまざまな思いを文章に落とし込んで伝えて、初めて社会は振り向いてくれる。

 インターネットで検索に検索を重ねてインターン受け入れ機関を探し出す。志望動機(A4一枚)を書いては英語の先生に添削・アドバイスをしてもらう。そして、高校生活で自分が何をやり遂げたのか振り返りながら履歴書を書く。他方で、カウンセラーや自分をよく知る先生に面談を申込んで時間を作ってもらい、インターンシップ・プログラムの概要を説明し、自己アピールをして推薦状を書いてもらえないか打診する。

 こうした一連の作業を、自分一人で黙々と能動的にやらないかぎり、何一つ先には進まないし、現状は変わらない。これがアメリカの高校生が社会に巣立つ、一つのプロセスなのだと思う。高校時代から独立独歩の生き方をよしとされ、こうした訓練を通して場数を踏み、社会の荒波にもまれるから、自己アピールがうまくなるのではないか。

 日本でもAO入試を行う大学が多く、その際、自分をアピールし、高校時代の活動を評価してもらえる制度があることは大切なことだと思う。でも、それだけで社会の荒波に立ち向かえるのだろうか。グローバル社会で生きるには、グローバル・スタンダードに基づくセルフ・プロモーションが必要だ。そのためには、どんな活動であれ、上からの指示を待つ人ではなく、普段から主体的、積極的に動く経験が必要で、そうでなければ人の心を動かす迫力ある志望動機や履歴書は書けない。学校社会から巣立ち、これまでとは異なる社会や仕事、生活様式などに立ち向かっていく中、若くして自己分析と自己アピールの実地訓練をしていくアメリカの高校生のやり方から教わることは多い。

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