弱聴の逃亡日記「ヘッドライト照射と温かい飲み物」

  2017年11月30日 夜

 福島県那須川市を出て、郡山市を通過し、二本松市の町に着く頃には辺りはすっかり暗くなっていた。
 夕飯は何にしようなどと考えながら歩いていると、ちょうどよく商業施設が建ち並ぶ賑やかな一角に入り、弱聴はラーメン屋さんの隣にあったたこ焼き屋さんに入った。
 簡易テーブルとパイプ椅子のこじんまりとした店内でアツアツのたこ焼きをホフホフと頬張っていると外は雨が降り出してきた。たこ焼き屋さんを出て、慌てて雨宿り兼今日の寝床を探す。

 野宿するにはやはり公園がベストだ。屋根のあるベンチが理想的なのだが。
 脇道に入り住宅地を歩いて回ってみたがなかなか公園が見つからない。
 仕方がない。後ろめたいが営業が終わった施設などの場所を借りるしかなさそうだ。
 国道四号線から脇道に入り数十メートル先に進むと全ての照明を落とし静まり返った施設を見つけた。どこか厳粛な雰囲気のあるその施設は、玄関口が広く、大きな石造りの屋根がついている。
 ここなら雨も凌げる。玄関口に寝るのは気が引けたが、辺りは暗く、車通りも少ない。バレることはないだろう。

 レジャーシートを敷いてほっと一息。と、そこに一台の車がやってきた!
 えっ?なに?と戸惑う間もなくヘッドライトが玄関を照らし、レジャーシートの上でくつろぐ弱聴の情けない姿が露わになる。
(ヤバい! みつかった! どうしよ、どうしよ)
突然のことでパニックを起こす弱聴。
(あーー、どうしよう、どうしよう、逃げる? 隠れる? いやいやムリでしょ!)
必死に頭を回転させようとするが名案は出そうにない。頭とは裏腹に体は石のように固まり、情けない格好のままヘッドライトに照らされる弱聴。

「どうされました?」
車から女の人が降りて来て声を掛けられる。
 こういう事態を予想してなかった弱聴。誤魔化す言い訳も思い浮かばす、正直に話す。
「あの…歩いて旅をしている者で、ここで野宿させてもらおうと思いまして…」
「あら、そうですかぁ…」
 こちらも驚いているが、そちら様もかなり戸惑っていらっしゃるだろう。
「ダメ…ですよね、こんな所で野宿なんて…」
「…ダメというわけじゃないんですが…うちは仏様が来る場合もあるので、驚かれるでしょうから」
「ホトケサマ?」
 施設の看板を見てはっとする。ここは葬儀場。日夜関係なく亡くなった方が運ばれてくる場所だった。
「ごめんなさい。すぐ避けます」
 急いで荷物をかき集め、その場を立ち去る。

 再び雨の降る空の下に放り出されてしまった。傘を差したいが、両手は荷物で塞がっているため傘も差せない。これでは両手に抱えたレジャーシートや防寒グッズが雨で濡れてしまう。早くいい場所を見つけなければ。

 後ろから車がやってきて弱聴の横で止まった。さっきの葬儀場の女性だ。
「すぐそこにスイミングスクールがあるんですけど、そこなら休業期間中ですし、玄関に屋根もあるのでいいと思いますよ」と親切に教えてくれた。
 お礼を言って、スイミングスクールの建物に行ってみる。教わった通り、玄関口に屋根もあり程よいスペースもあった。
 ふと視線を上げると防犯カメラが目についた。大手防犯システム会社のステッカーも貼られている。
 カメラの存在に躊躇し、後ずさりでカメラからフェードアウト。
 たが待てよ、この防犯カメラはおそらく録画用ではないか。誰かが四六時中見張っているわけではないだろう。
 大丈夫だろうと判断した弱聴は「野宿させてもらいます」とカメラに向かって一礼してから寝る準備を始めた。

 寝る前のストレッチなどを済ませ、自家製寝袋に身を包み、横になって少しした頃だ。
 車が近づいてくる音がした。ヘッドライトで辺りが一瞬にして明るくなり、イモムシのような姿で眠る弱聴が再び照らし出される。
 またか…。ため息をつきたくなった。今日は本当についてない。
 車から男の人が出て来て懐中電灯の光をもろに顔に当てられる。眩しくて目が開けられない。まるで追い詰められた逃亡犯みたいだ。
「あの、どちら様ですか?」
「歩いて旅をしている者で、野宿させてもらっていました」
本日二度目(朝を入れたら三度目)の事情説明。落ち着いたものだ。
「あー、そうですか。それはそれは…」
きっとまた断られるのだろう。そう思いながら一応聞いてみる。
「ここで寝させてもらってもいいですか?」
「ええ、構いませんけど…」
「えっ? いいんですか? ほんとにいいんですか?」
「はい。あの、カメラで見て、スクールの生徒さんかなと思って心配になって確認しに来ただけのなので。営業時間前には避けてもらえれば全然問題無いです。」
 なんて優しい人だろう!
 弱聴は朝六時には立ち去ると約束して、場所を借りることに成功した。
「すいません! ありがとうございます!」
 男性が車に乗って去っていく姿を見送った後、弱聴は許可を得たスイミングスクールの玄関先で堂々と横になった。

 三度目のヘッドライト照射があるとは弱聴も予想していなかった。
 数十分後に再び車が入って来たのである。まだ何かあるのか? と億劫になりながら起き上がる。
 先ほどの男性だった。手にコンビニのビニール袋を握っている。
「あの、これ、もし良かったら」
 そう言って差し出されたビニール袋の中には温かい飲み物が三本にホッカイロが二十個、栄養ドリンクにサプリメントまで入っている。
「えっ、うそ、そんな、どうしよう」
感激のあまり言葉が出ない弱聴に、
「雨も降っているし寒いから本当は建物内に入れてあげたいんですけど、それはちょっと出来ないので少しでもお力になれれば…」
と申し訳なさそうに話す男性。
 場所を貸してもらうだけでも有難いのに、建物内に入れてもらうなんて恐れ多い! それに見ず知らずの歩いて旅をする変人に、こんな豪勢な差し入れを下さるなんて。
「ありがとうございます! 本当に有難いです。ああ、どうしよ、ホントにありがとうございます!」
 何度も何度も感謝の言葉を述べたが、感謝しきれない。何と言えばこの感謝の気持ちを男性に伝えられるだろう。
 そんな弱聴の想いも知らずに、男性は車に乗り込み走り去っていく。
 雨夜の中、遠ざかっていく男性を見送りながら、弱聴は胸をときめかせていた。
――ヒーローだ。あの人はヒーローだ!
 男性の車が見えなくなり、再び雨夜の静けさが降りてくる。
 弱聴は早速、男性からいただいた温かい飲み物の蓋を開けた。甘い香りが漂い、手にぬくもりが伝わってくる。一口飲むと自然と笑みがこぼれた。
 飲み物の温度より頂いたご厚意で体も心も温かくなった気がした。


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