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私が見つけた居場所

「あなたの思う居場所はどこですか?」

たとえば、自分の家も居場所と言える。自分の会社に机があれば、そこも自分の居場所だとも言える。

だが、場所はあっても、それを自分の居場所じゃないと感じたら、そこは「自分の居場所」ではないのかもしれない。そんな私は、南伊豆という地元浜松から遠く離れた場所にいる。


南伊豆での暮らし

南伊豆下賀茂のゲストハウス「ローカル×ローカル(以下、L2)」にきて約1ヶ月がたった。

南伊豆にきた理由はこちらで詳しく触れております。

朝6時に目が覚め、みんなでラジオ体操、体調チェック、朝ご飯、そして宿の清掃をして午前が終わる。午後はお昼ご飯を食べ、休憩をした後、ゲストさんを迎え入れる。これが1日の基本スケジュールだ。

休日は、一対一の暮らし体験プログラム「南伊豆暮らし図鑑」で薪割りをしたり、川で手長海老を釣ったり、海でシュノーケリングをしたり、温泉に入って体を休めたり。慌ただしくもゆったりとした日々を過ごしている。


東京での暮らし

ここに来るまで私は、10年間東京で生活をしていた。静岡の浜松市出身である私にとって、東京は刺激的な場所であり、多くの人と出逢い、新しい価値観に触れ、たくさんのことを学んだのは間違いのない事実だ。

だが、いつからか職場と家の往復生活。もちろん自分次第でそこに変化を起こすことはできるが、変化を起こすことなく日々が過ぎていき、東京という場所にいる理由がわからなくなっていた。


南伊豆にきて変化していく心

南伊豆で暮らす人たちと交流を重ねるうちに、いくつか気づきがあった。私が南伊豆で出逢った人たちは、

●自分のやりたいことをやる
●暮らしを楽しんでいる
●生きることに必要なことは少なくて良い

など自分にない視点をたくさん持っていた。
その中でも強く感じたこと。

それは、「ご近所さん同士のつながりが深く、コミュニティの中で生活がまわっている」ように感じたことだ。

例えば、「たくさん採れたからみんなで食べてー!」と果物のお裾分け、「トイレ壊れたから、今度見にきてくれない?」と、修理の依頼、「移動手段に困ってるなら、使ってないバイクあるけど使う?」など、様々だ。

お裾分けしてもらった、南伊豆で採れるニューサマーオレンジ(左)と甘夏(右)

何も東京と南伊豆を比べるわけではないが、ここで暮らしをしている方は「互助=助け合い」の心があるのでは?と思った。

今回、南伊豆にきた理由はいくつかあるが、その中で「南伊豆に移住する」という考えは私にはなかった。だが、1ヶ月暮らしていく中で、「移住するのも悪くないんじゃないか」と頭の中をよぎった。

「なぜだろう…?」

それは、ここで暮らす人たちとの交流を通して「私の居場所があること」を強く感じたからだ。


居場所があるということ

「居場所がある」ということは、助け合いの心を持つ家族のような関係性で在ることに似ているのかもしれない。そんな関係性を私もつくっていきたい。

南伊豆の方たち、学生インターンと食卓を囲んで交流会

とは言っても、まだ1ヶ月が過ぎただけだ。

ただ、L2が起点になって、居場所だと感じさせてくれたのも確かだ。

どうなるかまだわからないけれど、南伊豆への移住も、これからの選択肢の一つとして検討してみようと思う。そこには逢いたい人、そして私にとっての居場所があるのだから。

あなたの思う居場所はどこですか?
残り2ヶ月。私もこの問いに真正面から向き合い続けていこうと思う。

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