短編小説 水と油~P2P9曲目ハローより~
水と油、犬猿の仲、不倶戴天
まさに私たちの事だろう。
私の意見には大抵難癖をつけて受け入れない。
傲慢とはまさにこの事だと言わんばかりの態度。
ホントに嫌い。ムカつく。
でも…
それは誰もいないオフィス。
置いてある観葉植物に彼が触れていた。
植物と彼という時点で繋がらないのに、彼は、笑っていた。
にこやかに、穏やかに微笑みながら、観葉植物のお世話をしていたのだ。
その笑顔に私は一瞬で魅せられてしまった。
あんな一面があるなんてずるい。
その笑顔を私に向けてほしい。
私は彼に対峙する度に、心の中でそう叫ぶようになった。
あれから、まだ一度も穏やかな笑顔を、私に向けてもらったことがないけれど…
「佳代はまだ、あの傲慢な人好きなの?」
親友の真琴が、諦めなさいよ、と言わんばかりに私に言う。
忠告に近い語気だった。
ホントそうだな。自分でもそう思う。何であんな奴、あんな男が好きなのか。
「仕方ないじゃん。誰もが透さんの様に、優しい男性ばかりじゃないのよ」
自分の趣味を疑うし、私だってどうせなら優しい男性を好きになりたい。でも、言葉通り、仕方がない。
理由なんてない。好きなのだから。
私と彼、徳永亮司は同じ職場、同じ部署で仕事をしていて、ほぼ同期のような間柄だった。
徳永くんは普段から自分が正しいと思ったことしか言わない。
それが正論だと信じている。
腹が立つことにそれが正論であることも多いが、周りとのコミュニケーションと言うのをすっ飛ばしてしまうので、優秀ではあるが、周りからは敬遠されていた。
もちろん私も敬遠していた。
私の出す意見にはいつも口出しをして、穴を必ず突いてくる。
しかもその穴を埋めるためではなく、指摘するために。
「花見(ケミ)さんの検討は薄い」
そう短い言葉で一蹴されて、落とされた事案がいくつもあった。
上司も、徳永くんの言うことには凄みがあるのか、その一言で済んでしまう事が多かった。
私は仕事というのは、どんな仕事でもチームプレイだと思っている。例え薄いアイデアでも、それを皮切りにいろんな意見を出し合って優秀なアイデアにしていくのも仕事の醍醐味だと思っている。
だけど、徳永くんはそうじゃない。
仕事を成功させるために必要の無いものは非情に切り捨てる。
周りからはどう思われようと関係ない。
だから、私たちは合わない。
合わないけれど、笑顔は向けて欲しい。
私は徳永君と対峙する時に、この様な正反対の感情で立ち向かうようになり、結果、いつでも混乱していた。
混乱しすぎて、徳永君に対して意見を言うようになっていた。
「花見さんの検討は薄い」
「薄いって何よ」
「それを言ってあげるほど俺は人に甘くない」
「答えが分かっているのに、それを提供しないのは意地悪っていうんじゃないかな。仕事ってさ、協力し合うわけでしょ?それなのに、徳永君一人だけ答えが分かっているんじゃずっと一人で仕事していくことになるじゃない」
「俺はずっと一人でやってきたし、それで十分だと思ってる」
「なにそれ」
「俺の仕事の仕方を花見さんに文句言われる筋合いはない」
「じゃあ、私の仕事の仕方にも文句言わないで!」
きっかけは些細なことだが、私はこうやって徳永君に意見を言うようになっていた。
周囲の人たちは、なるべく徳永君に触れないようにしていたようだが、私は触れずにいられなかった。
凄くムカつく。腹が立つ。
腹が立つからまた言い返す。
そんなことを繰り返すようになっていた。
「真琴、聞いてよ。今日も徳永君とやりあったんだけどさ」
ある日私は真琴にその日あった事を愚痴っていた。
「佳代は、怒ってるの?楽しいの?」
「怒ってるにきまってるじゃん」
「まあ、そうなんだろうけど、徳永君とのけんかの話をするときの佳代、キラキラしているよ?」
そんな馬鹿な。
そう思ったが、なぜあんなにも自分は徳永君に対して言い返すのか。
私は昔から人に対して言い返すタイプではないし、むしろ楽しい雰囲気を壊さないように、笑顔で乗り切ってきた。
それが、徳永君に対してだけはなぜか真正面から言い返せていた。
しかも、徳永君と言い合いをしている時の自分はお腹の底から湧き出るような怒りの感情で沸騰しそうなのに、それを上回るように徳永君が言い返してくる。
だから私も負けない様に言い返す。
それが楽しかった。
私ってこんなに頭が良かったっけ?そう思うくらい頭をフル回転させる。怒りで感情が高まっているのに、もう一人の自分は徳永君から飛び出してくる言葉をワクワクして待っている自分がいる。
「そうだね。ムカつくんだけど、楽しいのかも」
「うん。だって、徳永君のムカつき話をしている時の佳代、とても楽しそうだもん」
徳永君と言い合いをしている時は、その瞬間だけは徳永君は私と対峙してくれる。
それがうれしい、楽しい。
なんだよ、結局好きだってことか。
「やっぱ、私って変わってるのかな?」
自分にあきれるようにつぶやく
「すごい事じゃん。大人になるとさ、人に対してそれ程感情を表す事なんてなくなるでしょ?面倒くさいから。
それが、佳代と徳永君はその面倒くさいことを敢えてやってるんだからさ。
気が合ってるんだよ」
そう言って真琴が私たちを笑い飛ばしてくれた。
気が合っているのか。
そうか。なんだか、気になる子に対して意地悪をしてしまう小学生の様だなとも思ったが、そうだとしてもそんな感情を出せる自分は幸せなのかもしれない。
「そうだね。あんな変な奴好きなんだから、私だって変な奴でしょうがないか」
私も自分の事を笑い飛ばした。
仕方ない。私はあんな変な奴の事が好きなんだもん。ストレートな方法では振り向かせることが出来ない。
これからも、徳永君と言い合いをしていこう。それで、その言葉の中に「好き」の気持ちを込めて行こう。
それが私なりの愛情表現なんだと信じて行こう。
私はビールの缶を開けて喉に流し込んだ。
新しい窓が開く味がした。
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