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おしりたんていのアニメ誕生のひみつ~アニメプロデューサー編~

「アニメおしりたんてい」制作の舞台裏に潜入する本連載。第3回は東映アニメーションからプロデューサーのお二人、鷲尾天さん・谷上香子さんにお話を伺いました。どうぞお楽しみください!

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鷲尾天
1965年生まれ。秋田県出身。秋田朝日放送などを経て、1998年に東映アニメーションに入社。『キン肉マンⅡ世』や『釣りバカ日誌』などの担当を経て、プリキュアシリーズを立ち上げた初代プロデューサー。2008年の『Yes!プリキュア5GoGo!』まで担当したあと、『ねぎぼうずのあさたろう』『怪談レストラン』『空中ブランコ』『トリコ』、そして『おしりたんてい』などのアニメ化に携わっている。現在は同社執行役員エグゼクティブプロデューサー。

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谷上香子
金融機関にて法人営業、アナリストとして勤務した後、東京芸術大学大学院映像研究科映画専攻プロデュース領域に入学。同学卒業後アニメ業界に入り、『アップルシード アルファ』アシスタントプロデューサーやアニメ作品の国内外ライセンス業務を経験。2017年東映アニメーション入社。『ゲゲゲの鬼太郎』『爆釣バーハンター』プロデューサー補を経て2019年より『おしりたんてい』プロデューサーを務める。

アニメ誕生について

――まず、おしりたんていのアニメ誕生のいきさつを教えてください。

鷲尾:2015年頃ですね、私は児童書や絵本が好きで定期的に書店さんを見て回っているんですよ。あるとき、画面いっぱいが肌色の、おしりたんていの絵本を見つけまして…。そこで、パラパラっと見て、あの顔で劇画調になるという…大変衝撃的だったんですよ。
しばらく何とか企画にならないかなと思って悩んでいました。もうアニメ化も決まってしまったかな…などと考えていたころ、後輩が「うちの子もおしりたんてい好きです、ぜひやりましょうよ」って声をかけてくれたんですね。そこで、原作元のポプラ社さんに話を持っていこうと。その時、すでに何社からか映像化のお話が来ているということでしたので、じゃあうちもパイロットフィルムを作りますから、コンペに参加させてもらえないかと言ったのが最初ですね。

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▲パイロットフィルム第一弾、記念すべきアニメ版おしりたんていが初登場

そのときのパイロットフィルムが幸いにも気に入っていただけて、アニメ化を東映アニメに預けていただけたんです。どうやってシリーズ化しようかとか、そういうことを何も決めていなかったスタートでしたが、その後、NHKエンタープライズさんからポプラ社さんに「アニメ化したい」という連絡が入り、東映アニメに回ってきて放送局が決まっていったという感じです。
今思うと、原作の書籍もそんなに巻数がないなかで始まった企画だったので、よくスタートしてしまったな…とも思うんですけど、とにかくおしりたんていのほっぺたを揺らしたかったんですよね。ニメで揺らしたら最高に面白いだろうって思って(笑)。ほんとそれだけだったんですね。何の展望もなく、まずやってみたかったんですよ。

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▲パイロットフィルム第二弾「みなとまちのトゥクトゥクチェイス」。現在も東映アニメーション公式Youtubeで視聴できる。

――ほっぺが揺れる、のはアニメならではですよね。おしりたんていのアニメならではの魅力ってどこにあると思いますか?

鷲尾:原作の行間やコマの間をどれくらい動かして、時にはオリジナルのストーリーも足して、キャラクターを生かしていく。それがやっぱり魅力だと思いますよ。メイン以外のキャラクターもたくさん描くことができます。

谷上:もう一つの魅力は、観ている人が参加できるクイズコーナーですね。アニメ「おしりたんてい」は4~6歳くらいの子供が多く、男女比は半々くらいなのですが、視聴者のこどもたちがついてこられるよう、優しすぎず、難しすぎない難易度になるよう工夫していて、毎回試行錯誤しています。

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▲まちがいさがしや迷路、推理など様々なオリジナルクイズが登場。

鷲尾:最初は女の子の視聴者の方が多かったですね。児童書とか活字が好きなのは女の子が多かったのかな。けど、すぐに男女半々くらいになりましたね。そして当初想定したより大きく大きく広がりましたね。

――きっとアニメから入って、本を手に取る子も多いですよね

谷上:そうかもしれませんね。読者対象もアニメより少し年齢の上の子でしょうし、アニメを見てから原作を読み始める子がいると思います。原作は書き込みがすごく沢山あって、ページやコマをよく見て比べると、色々な発見があるので、本の方はじっくり楽しむことができますよね。さっき鷲尾が言ったように、アニメではページやコマその間の変化をわかりやすく描いたり、独自の解釈をくわえたりしているんです。

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▲こちらは原作のページ。それが……

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▲原作の間を広げる…といえばこのシーン。原作での4コマだったすずのお父さんとお母さんの出会いが、なんとアニメでは3分の感動シーンに。(55話「ププッおもいでのまねきねこ 前編」)

――アニメ制作全般において、おしりたんていならではの難しさはありますか?

鷲尾:最初のころは…おしりたんていは顔の形が「こう」で、お話のクライマックスが毎回「ああ」なので…(笑)、アニメのスタッフ内でも下品にふっちゃおうとする人が出てしまうんだけど、そこはとにかく「彼は紳士である」「優しくてジェントルなのである」ということを徹底して伝えましたね。おしりたんていは決して感情を高ぶらせることはないし、それをキャラクターとして、スタッフにも視聴者にも根付かせることが、最初の作業でしたね。そこに一番気を配りました。

谷上:だんだんとアニメオリジナルの話を作っていくようになりましたけど、新しいキャラクターやお話を作る際にも、これはおしりたんていの世界に存在していいのか、起きていいことなのか、ということに常に気を配りますね。
そして、もう一つ。まだ字が読めない視聴者もいることを想定して、推理を「文字で読む」のではなくて、「耳で聞いて理解できる」ようにしなくては…と心がけています。

――脚本を見ても、セリフの量は多いアニメですよね? 

鷲尾:そうですね。でも、おしりたんていは落ち着いてゆっくり話すので、説得力がある。コミカルな部分はワンコロ警察が楽しく仕上げてくれる。難しい言葉は、子どもと同じ目線で、ブラウンが聞いてくれる――そうやってバランスがとれていますね。
助手のブラウンに助けられているんです(笑)。

――さきほど鷲尾さんが人気が「大きく広がった」とおっしゃいましたが、なぜおしりたんていが広く受け入れられているんだとお考えですか?

鷲尾:本を読んでいたときにいくつか思ったことがありましてね――。
まず大人が眉をひそめるようなことは、やっぱり子どもは好きですよ。最後決めるところ(注 おしりたんていの必殺技)は、そりゃあ最初は親御さんは嫌がるでしょう(笑)。
でも、あのシーンでどれだけ驚きを出せるか。そして、そこまでをどれだけ丁寧に描くかをつきつめた作品だと思ったんですよね。最初のころ、本を読んで一番驚いたのは、段ボールにつめた必殺技。「ええっ! それアリなんだ!?」って、ものすごく驚きました。あの幅の広さがすごいんです。

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▲おしりたんていファイル3「おしりたんてい ふめつのせっとうだん」より。

それともうひとつ。これも最初のころ、「いせきからのSOS」の本を読んでいて。おしりダンディが初登場、最初「へー、これがお父さんか…」と思った後に、「これ“たんてい”をカタカナにして、濁点つけただけじゃない」って気づくわけですよ(笑)。
その時に、大人が一人で爆笑する――そういう工夫が、本当に細かい所まで、すべて工夫されつくしている原作でした。
かいとうUが狙うお宝ひとつとってもすごい。
この細部を、子どもたちもひとつひとつ「発見」していくんだろうと思って、これは(アニメにしても)大丈夫だ、と自信が出てきたんです。
しかし、これを考えるのは大変だろうな…原作者のトロルさんは…って思いますね(笑)。

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▲おしりたんていファイル5「おしりたんてい いせきからのSOS」より 父おしりダンディ初登場のシーン。

谷上:おしりたんてい自身の魅力はもちろんですけど、ダメな大人がたくさん出てくるのも魅力だと思います。子どもたちの目線で共感できるキャラクターたち、たとえば、おまわりさんなのに、あんなギャグを言って…とか(笑)。

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――プロデューサーの選ぶこの一本、ではないですが、特に好きなお話は何ですか?

鷲尾:先ほども話しましたが、「いせきからのSOS」です。それまであの町の話だったのが、船を使って遠くの世界に行くことができる――ちょうどアニメ化の許諾をいただいたタイミングで、世界が広がったというか、色々なことができる!と高揚したのをおぼえていますね。
「映画できるな」と思ったんですよね、TVアニメが始まる前にやらしいですが(笑)。

谷上:「おしりたんていがふたりいる」後編ですね。原作も面白いですが、リリィというキャラクターがアニメオリジナルで登場してブラウンとの間に切ない友情が芽生えるお話が入るんですが、その時に原作の面白さをアニメで広げることに手応えを感じたんですよ。
タウンフェスティバルというお祭りが舞台なので、お店や人がたくさん出てきて制作面でも苦労の結晶だった…ということもあるんですが(笑)。

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▲ブラウンが出会ったアニメオリジナルキャラ・リリイ(#30#31「ププッおしりたんていがふたりいる」)

プロデューサーという仕事

――お二人とも、アニメ業界には中途入社とのことですが、どのようなキャリアを歩まれてきたんでしょう?

鷲尾:最初に商社、その次に出版社の三省堂で書店さんの営業をしていました。本が好きだったんですよ。その後、地元の秋田朝日放送が開局するタイミングで転職して、記者とディレクターをしていました。
ローカル局発の30分ドキュメンタリーを系列局で全国放送される枠があって、その中で私が担当した作品が系列の年間優秀賞に入ったんです。すごくうれしくて。
でも一方で、普段撮っている映像はローカルでしか放送されないことがほとんど。そうするとせっかく一生懸命作っているんだから、もっともっと色んな人に見てもらいたいという気持ちが強くなって、東京の会社に行こうと思って入ったのが東映アニメーションです。そこから、プリキュアやおしりたんていといった作品に関わらせてもらいました。

谷上:私は東映アニメーションは三社目です。もともとは銀行で営業をやっていました。その頃から「映画をやりたい」と思っていて、映画会社やTV局の担当をさせてもらっていたんです。
映画がもともと好きだったのですが、映画製作の資金繰りや回収に苦労が多いことを知ったのがきっかけで、映画を作りたい人が作り続けられるために自分ができることは何だろうと考えました。そこから日本映画が海外に市場を広げていくことが一つの解決になるのでは、銀行でそれをやってみようと思ったんですね。
そして、やっぱり映画を作るところから関わりたいとあらためて大学院で映画のプロデュースを勉強しました。その時は実写作品を、作っていたんですけど、ある人に「海外で勝負するなら、日本だったらアニメだよ」と言ってもらって、王道でいってみようとアニメ業界に入りました。

鷲尾:私はわけもわからずアニメ業界に入って、最初に入ったスタッフルームが「金田一少年の事件簿」だったんですね。で、当時監督だった西尾大介さん(※1981年東映アニメーション(当時・東映動画)に第1期研修生として入社。『ドラゴンボール』シリーズ、『エアマスター』『ふたりはプリキュア』『金田一少年の事件簿』などの監督を務める)が、ものすごく緻密にものを考える人だった。事件現場って現実にはどうなってるんだろうとか。私は報道記者をやっていたので、「こんな風になっていて、こういう風に警戒線を張って…」とか話すと、ものすごく興味を持ってくれて…その会話で、アニメでも自分が役に立つことができるんだと思ったんですよ。だから、違う経験をしてくることって大事なんだと思いますよ。

――子ども向けのアニメを作るということ、そのやりがいって何でしょう?

谷上:観ている時はただ夢中なんですけど、大人になってからも覚えていて、さらに何となく価値基準にまで影響を与えているものなんだって、自分をふりかえると思うんですよね。友だちが困っていたら助ける、みたいなシンプルなことだったりするんですけど、それを物語として記憶に残せるのって、子ども向けのアニメのすごいところだと思っています。私の場合は、小学生の時は「美少女戦士セーラームーン」ですね。

鷲尾:私の場合は、「マジンガーZ」や「サイボーグ009」ですけど、いまだに歌が歌えるんですよ。 昨日見たドラマの主題歌は忘れているのに(笑)。この記憶だけはずーっと残るということが、楽しみなんですよ。――もし自分たちがそれを生み出して、子どもたちに伝えられたら、20年後か30年後にまた絶対思い出してもらえる、という。
逆に言えば、「覚えちゃうし、記憶に残っちゃうもの」だから、気をつけなきゃいけないというのも言われましたね。プロデューサーは、どうやって見てもらおうかばかり考えるんですけど、あるとき西尾大介監督から「子どもたちって、見ちゃうから怖いんだよ」と言われて、ハッとしましたね。子どもは描かれたことを100%受け入れて正しいことと思ってしまうから、大人は気をつけなきゃいけないと。
それをずっと心にとめていますね、だからあれだけ派手にアクションしているプリキュアは頭やお腹に直接ダメージがないような映像になってますし、「女の子らしくしなさい」というセリフも避けています。観ている小さい子に間違った刷り込みをしたくないからです。

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▲左は2004年にスタートした初代「ふたりはプリキュア」のビジュアル。「トロピカル~ジュ!プリキュア」
ABCテレビ・テレビ朝日系列にて毎週日曜あさ8時30分放送中
アニメ公式HP:http://www.toei-anim.co.jp/tv/tropical-rouge_precure/

――今のお話しと繋がるかもしれませんが、お二人が考えるプロデューサーの役割って、どういうお仕事でしょう?

二人 (困った顔をして…)笑。

谷上:まあ、では私から(笑)。
私が思うプロデューサーは、「一番何もできない人」なんですね。お話も書けないし、絵も描けない。その代わり、才能のある人たちに、いかに安心して才能を発揮してもらう場を整えるのか――それが仕事だと思っています。だから、スタッフの才能が十分に発揮された作品ができたときに、自分も「ああ、ちゃんと仕事できた」と思えますね。

鷲尾:そうそう、何もできないんですよ。でも何もできないから、人一倍知っていなきゃいけない。スタッフの仕事を知っていなきゃいけないし、気持ちを知っていなきゃいけない。プロデューサーは「旗振り役」です。「こういうことやろうよ」と、常に想像しながら旗を振る。クリエイティブの「創造」は他のスタッフに任せるけど、みんなが何を考えているのか、お客さんが何を考えているのかを常にイマジネーションのほうの「想像」をしなければいけない仕事ですね。

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▲アニメの名シーンは数あれど、ポプラ社長谷川の選んだアニメスタッフの皆さんすごい!のシーンはバンド・ラッキーキャットのライブシーン。何といっても、本にはない音楽がつきましたから!(#56「ププッおもいでのまねきねこ 後編」)

――最後に。おしりたんていの読者・視聴者世代のころどんなお子さんでした?

谷上:私は、本が好きで、小学校に上がる前からほぼ活字中毒でしたね。ぼーっとできなくて、幼稚園の本も読み切って、紙芝居を自分で読むというところまで(笑)。図書館にもずっとかよって、世界の名作を読みながら一人で楽しんでいました。

鷲尾:私は、小さいときは活字だけの本が苦手だったんですよ。ある時、母親が急に音読を始めたんです。私が聞いてなくてもお構いなしで。で、いつの間にかこっちも聞くともなしに聞いているうちに物語に引き込まれてくる。でも、気になり始めたところで突然読むのやめちゃうんです。そうすると、続きが気になって気になって――それで、自分で読むようになりましたね。その時の本はコナン・ドイルの「ロスト・ワールド」(「失われた世界」)だったことまで覚えています。

――コナン・ドイルからの、金田一少年の事件簿ときて、おしりたんていとは驚きです!

鷲尾:よくできた話でしょ。まあ、話を繋げるのもプロデューサーの仕事ですからね(笑)。

――締めていただきました(笑)。本日はどうもありがとうございました。

続きはまた来週。第四回の次回も東映アニメーションから、シリーズディレクターのお二人をご紹介しますお楽しみに!(インタビュー:尾関友詩(ユークラフト)/構成:長谷川慶多(ポプラ社))

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