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縄文の扉をひらいて──堀切リエ

2021年6月に刊行されたばかりの『あっぱれ! どぐうちゃん』(堀切リエ・ぶん/長谷川知子・え)。土の中からあらわれた「どぐうちゃん」が活躍する、子どもからおとなまでが楽しめる絵本です。
どぐう(土偶)は、縄文時代に作られた土の人形。ユニークな顔かたちやその背景にある謎など、歴史ファンならずとも多くの人の心をつかんでやみません。
『あっぱれ! どぐうちゃん』の作者、堀切リエさんも、そんな「土偶に心をつかまれた」おひとり。絵本の物語を紡ぐかたわら、各地の縄文遺跡を訪問、たくさんの土偶たちに会ってきたといいます。
堀切さんが、ご自身をとりこにした土偶の魅力と絵本にこめた思いを熱く綴ってくださいました。

折しも7月27日、「北海道・北東北の縄文遺跡群」が正式に「世界文化遺産」に登録されました。これから「縄文大旋風」が起こることまちがいありません。

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『あっぱれ! どぐうちゃん』
堀切リエ・ぶん 長谷川知子・え

『あっぱれ! どぐうちゃん』あらすじ
雨が降り続き、おじいちゃんの畑のジャガイモが病気にならないか心配なぼくの目の前で、かけらが土からとびだして、土の人形になった。うねうねもように大きな目。きみはだれ? 「ド・グ……ドグウ」「どぐうちゃん?」そして、どぐうちゃんに連れられて土の中へ──。ぼくは「縄文の世界」を体験することに。
誰しもがひとめ見たらわすれられない魅力を持つ土偶のおはなし絵本。
堀切リエ(ほりきり・りえ)
1959年、千葉県に生まれる。作家、編集者。おもな絵本の作品に、『日本の伝説 きんたろう』『きつねの童子 安倍晴明伝』(以上子どもの未来社)などがあり、ほかの作品に『田中正造 日本初の公害問題に立ち向かう』(あかね書房)、『マハトマ・ガンディー 阿波根昌鴻 支配とたたかった人びと』(共著、大月書店)などがある。


◆縄文遺跡が世界文化遺産に!?

編集部の小櫻浩子さんから「縄文の絵本を作りましょう」というお誘いをいただいたのは、2019年の春でした。それから2年間、博物館や遺跡をめぐり、たくさんの土偶たちに会ってきました。
折しも、「北海道・北東北の縄文遺跡群」が7月27日に「世界文化遺産」に登録されました。魅力あふれる縄文と土偶の世界を、絵本をガイドに、ちょっとのぞいてみませんか?

表1バックキリヌキ

絵本『あっぱれ! どぐうちゃん』に登場するのは、こんなどぐうちゃん。モデルになった遮光器土偶は、青森県にある亀ヶ岡石器時代遺跡から出土しました。

◆どぐうちゃんのモデルは?

ここが、亀ヶ岡石器時代遺跡への入口JR五能線木造(きづくり)駅です。どーんとそびえたつこの土偶、地元では「シャコちゃん」と呼ばれ、夜になると目が光ります。構内ではシャコちゃんグッズが売られていて、すぐ近くに展示館もあります。

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▲左:JR五能線木造駅の駅舎と筆者、
右:亀ヶ岡石器時代遺跡の遮光器土偶像

右側の写真は、亀ヶ岡石器時代遺跡跡に立つシャコちゃん像です。この像のすぐ裏から掘り出されたのだそうです。
卵のように大きな目が、遮光器(雪の照り返しを防ぐスノーゴーグル)をかけているように見えたので、この名がつきました。でも、実際は遮光器ではありません。
では、あなたには何に見えますか? 私には生まれたばかりの嬰児の顔に見えます。口も鼻も目の間にきゅっとつまった嬰児の顔です。

この土偶は左足がありません。これから紹介する「合掌土偶」も左足が欠けて発見されました。なぜ、足が欠けているのでしょう……。
遮光器土偶は、縄文時代晩期のものが多く、主に東北地方から出土しています。この土偶は人気者で、各地で真似して作られ、関東・中部地方、近畿地方でも見つかっています。
この目がトレードマークで、体には精密な模様が描かれているものが多く、次の写真には朱の着色が残っています。いろんな表情の遮光器土偶がいます。

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▲遮光器土偶
(秋田県・伊勢堂岱縄文館蔵)


◆縄文遺跡のある町に生まれて

縄文時代は、今から1万3000~5000年くらい前から始まったと言われます。氷期が終わりに向かい、気候が暖かくなっていった時期です。
そんな遙か昔なのに、縄文遺跡は日本に9万か所以上も残っているそうです。私が生まれ育ち、現在も住んでいる千葉県市川市にも堀之内貝塚があり、市立市川考古博物館ではたくさんのどぐうちゃんたちに出会えます!

博物館でも見られる土器の欠片は、色も模様もそれぞれで、見ているだけでワクワクします。
絵本では、この欠片をぼくが畑で見つけ、土の中からつぎつぎに「ドグドグドルルン!」と欠片たちが飛びだしてきて、集まって、どぐうちゃんになるのです!

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◆土偶って女性なの?

ひとくちに「土偶」と言っても姿形はさまざまです。でも、それらほとんどの土偶に共通していることは、乳房があって、正中線(妊娠線)が描かれていたり、お腹が膨らんでいたり(妊娠)、つまり女性だってことです。
次の写真は、茨城県立歴史館でおこなわれた縄文展の土偶パネルですが、どちらにも胸と正中線の表現がありますね。

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▲茨城県立歴史館の縄文展にて

青森県の是川縄文館には、国宝の合掌土偶がいます。手を合わせているのでそう呼ばれるのですが、この土偶にも乳房があり、女性器も描かれていて、出産(座産)の様子を表していると言われます。

多くの土偶が壊れた形で見つかるのは、土偶を壊し、神として送り、「再生=新しい命」を願う儀式をしたのではないかと考えられています。欠けた足には、出産の願いに関わる共通の儀式があったのかもしれませんね。

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▲是川縄文館前の案内板

◆なぜ土偶は女性なの?

妊娠している女性は、「命を生み出す」象徴です。出産の無事を祈るだけにかぎらず、命を生み出すという神秘性が、豊かな実りや病気の治癒、命の再生への祈りにつながったと考えられています。

世界各地には、古代から「地母神」と呼ばれる母なる大地の女神がいました。多産、肥沃、豊穣をもたらす女神で、有名なのはオーストリアの遺跡で発見されたヴィレンドルフのビーナス(左側の写真・約24,000~22,000年前)です。
この姿、右の写真の手前の土偶と似ていると思いませんか?!

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▲左:ヴィレンドルフのビーナス、
右:伊勢堂岱縄文館の土偶展示

◆北海道・北東北の縄文遺跡とは?

世界文化遺産に登録された「北海道・北東北の縄文遺跡群」は、北海道に6遺跡、青森県に8遺跡、岩手県に1遺跡、秋田県に2遺跡で、合計17遺跡で構成されています(+関連遺跡2)。
シンボルマークは北海道と北東北が組み合わさっています。

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▲「北海道・北東北の縄文遺跡群」シンボルマーク

是川縄文館を見た後に、同じ青森県にある三内丸山遺跡へ向かいました。

縄文時代は大きく「草創期、早期、前期、中期、後期、晩期」の六期に分けられますが、三内丸山遺跡は中期(約5900-4200年前)にあたり、気候もよく、この遺跡のように大きな集落が形成されました。
このあたりでは、クリやクルミが多く食べられ、集落の周辺ではクルミの木を植え、育ててもいたそうです。

この3層の掘立柱建物は有名ですね。ほんとうに高くそびえていてびっくりしました。当時は縄文海進で地球の温暖化が進み、海面が現在より5~6m上昇したので、遺跡から海が近く、舟が近づいてくるのをここにのぼって見たり、やってくる舟にとっては目印になったのではないかと、学芸員さんが説明してくれました。
風通しのよい気持ちのよい丘ですが、土は水気を含んでいます。右の復元建物は長さ32m、幅10mもあり、大勢の人が集まれる広さです。

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▲左:掘立柱建物、中:復元大型竪穴建物
(ともに三内丸山遺跡)


家族のすむ家は、屋根が茅葺き、樹皮葺き、土葺きの3種類あったようです。

絵本のどぐうちゃんの家の屋根には、草が生えて鳥が歌っていました。
長谷川知子さんと編集の小櫻さんと、東京都埋蔵文化財センター(東京都多摩市)の縄文の村を訪ねた折に、モデルになった草ぼうぼうのすてきな家を見つけたんですよ。

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▲東京都立埋蔵文化財調査センター縄文の村の
復元竪穴建物

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◆板状土偶と子どもの墓

下の写真を見てください。土器が埋まっているのですが、これは子どもの墓なんです。中に入っている子どもは、この世に一度命を得、亡くなったようです。土器には丸い穴があけられたり、口や底が壊されています。土器は子宮を表していて、穴があいているのは、また生まれてきてほしいという、再生の願いがこめられていると考えられています。

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▲子どもの遺体を入れ埋められた土器
(三内丸山遺跡)

縄文早期の早い時代に作られた土偶は、左のような板状のもの(土版、左写真)で、中期には、十字形に変化していきます(中央写真)。どちらにも、胸とおへそ、妊娠線のような模様が描かれていて、ぽっかりあいた口は、命を胎内に取り込もうとしているようにも見えます。
小さな土偶たち(右写真)は、お守りのように使われたのではないかと言われます。

こんなふうに、命の再生、命を愛おしいと思う縄文時代の人たちの心を感じるほどに、絵本にこめる思いも強くなっていきました。

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▲いろいろな土偶
(三内丸山遺跡自遊館蔵)

◆ぐるぐるめぐる、命はめぐる

絵本で、どぐうちゃんが天地を指さすと、ぐるぐる渦巻きが現れます。
世界の民族の創世神話には、原初の水が渦を巻くというシーンが多々でてきて、渦は命の誕生を意味する神聖な文様でもあります。

ケルト民族のトリプル・スパイラル「トリスケル」 は、始まりも終わりもない永遠の循環を表しています(左写真)。
右の水煙土器は、絵本の画家である長谷川知子さんが制作の際に取材された長野県にある井戸尻考古館の水煙土器です。館長の小松隆史さんがメモ用紙に描いてくださったぐるぐる模様が、裏表紙の絵につながったと聞いています。

実データ加工

▲左:フランス・ブルターニュで手に入れた
「トリスケル」文様のキーホルダー、
右:水煙土器(井戸尻考古館蔵)

表4イラストのみ

▲『あっぱれ! どぐうちゃん』裏表紙の絵

渦巻き模様からは、水だけでなく、草木のツル、煙、竜巻など、さまざま連想できます。それらは皆、自然のめぐりや命のめぐりを象徴する「ぐるぐる」なのでしょう。

土偶にも土器にも渦巻きは多く描かれています。

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▲縄文遺跡からの出土品には「ぐるぐる」がいっぱい!
(伊勢堂岱縄文館蔵)

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絵本で、どぐうちゃんが天と地を指さすと、大気が上と下へと渦をまいて動き出し、ぼくは、土の渦から縄文時代へ呑み込まれます。
森の広場で土偶たちが炎の中(土器の焼成を表現)から現れ、どぐうちゃんが天地を指さして「ドグ、グルル!」と叫ぶと、とてつもないパワーで大気がめぐり、季節もめぐり、川は渦巻き、大地の上でも水の中でも、ぐるぐるぐるぐると命がめぐります。

縄文人にとっては、月の満ち欠けも命のめぐりを象徴していました。

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◆土偶に祈りをこめて

土偶にこめられた祈りを、現代の子どもたちに伝えるには……とストーリ-を考えて、おじいちゃんのジャガイモ畑が浮かびました。
自然の中で作物を育てるには、人間の力ではどうにもならない天候が関わるので、そこに祈りの気持ちが生まれます。
「どうかジャガイモがぶじ育ちますように!」というぼくの願いを、土の中の土偶の欠片がキャッチします。遙かなる時を超えて!

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さて、縄文時代は中期以降になると気候が変動して、大きな集落で集まって暮らすのは無理になり、小さな村へと分割されていきます。
その村々の中心にあり、皆で作り、皆が集ったのがこの環状列石(ストーンサークル)です。

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▲秋田県の大湯環状列石(ストーンサークル)

ここはお墓なのですが、土偶や土器、獣骨やクルミの殻まで発見されています。それは、命の終わった人も、使用が終わった生活用具も、人々の命をつないだ食糧の残滓にも、同じように感謝の念が込められたからなのでしょう。
そして遠くの川から力をあわせて石を運ぶという、一代では成し遂げられない作業にも、命と祈りの連なりへの思いがあったのでしょう。死んで自然の中に還り、また命がめぐる、その祈りの道具として土偶があったのです。

◆土偶のルーツと作物の起源神話

縄文時代、川は海と山をつなぐ大切なものでした。
縄文時代は稲作をしていなかったので、平地がそれほど重要ではなく、川は山から海へ流れるものではなく、海に属し、山へのぼるものだと考えられていたようです。
どぐうちゃんとぼくが丸木舟に乗って渦巻く川にのりだす場面も、そんなイメージで作りました。

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インドネシアの「ハイヌウェレ神話」は、ハイヌウェレという娘が殺され、バラバラに埋められた場所から、それぞれ作物が生えてくるという作物起源神話です。
日本神話では、オホゲツヒメとウケモチがこれにあたります。古栽培民のこの神話のルーツが、実は土偶につながります。土偶の破片は、住居跡から丁寧に祀られた状態で発見されているのです。土偶は、破片となっても祈りを捧げる存在だったのです。

縄文の女神土偶は、オホゲツヒメやウケモチに、その後は山の神、そして山姥となって民話の中に残ったと考えられています。
こんな土偶のルーツを発見すると、恐ろしい山姥が、時には仕事を助けてくれたり、自然の恵みを与えてくれることも理解でき、土偶のさまざまな形や表情にもそれが現れているように感じられます。

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▲伊勢堂岱遺跡縄文館の土偶の部屋

◆あっぱれ! 縄文時代

どぐうちゃんは、最後に空中で「ぱーん!」とはじけます。この場面が「意外だった」「衝撃的だった」という感想も聞きました。
でも、ここまで読んでいただいた皆さんには、この結末を受け止めてもらえたのではないでしょうか。

エネルギーが溜まったり、籠ったり、滞ったり、停滞すれば、自然も命も循環できません。めぐる自然の中で命の循環がスムーズに行われることが、縄文の人たちにはとても大切だったのだと思います。

縄文時代はおよそ1万年も続きました。そしてそれは、土を耕さず、金属のない時代でした。数知れない命の、自然に向かい合った深い祈りから土偶が生まれたことを思う時、絵本のどぐうちゃんの潔いはじけ方に、「天晴(あっぱれ)!」という言葉をかけたくなりました。

中から飛び散る光り輝くエネルギー(長谷川知子さん曰く「光の咆哮」)と、その後に降り注ぐ金色の光(私のイメージ:宮沢賢治の花巻農学校精神歌「白金ノアメ ソソギタリ」)は、私たちの感じた縄文の命のエネルギーなのです。
この絵本をきっかけに、縄文時代に続く扉を子どもたちが開いてくれたなら、こんなにうれしいことはありません。

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【こちらも公開中!】
絵本『あっぱれ! どぐうちゃん』ができるまで~長谷川知子さんのアトリエ訪問
どうぞお読みください!

参考にした本
『縄文の生活誌』岡村道雄、講談社学術文庫
『縄文人の死生観』山田康弘、角川ソフィア文庫
『月と蛇と縄文人』大島直行、寿郎社
『縄文の思想』瀬川拓郎、講談社現代新書
『昔話の考古学 山姥と縄文の女神』吉田敦彦、中公新書
『縄文時代の歴史』(山田康弘、講談社現代新書)
『日本の土偶』(江坂輝彌、講談社学術文庫)
★こんなところでも土偶に出会えます★
明治大学博物館 本の町・神保町(千代田区)にも遮光器土偶が!
國學院大學博物館 なんと渋谷でだって、土偶と火炎土器が見られます。
東京国立博物館 有名な片足の遮光器土偶のご本体(!)に会える場所。もう1体別の遮光器土偶と、みみずく土偶もいるんです。
国立歴史民俗博物館 複製が多いのですが、代表的な土偶が一同に会しています。縄文時代の展示もリニューアルしてとっても見ごたえがあります!
みなさんのお住まいの近くでも歴史博物館や遺跡があるかもしれません。
さがしてみてはいかがでしょう?