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「資材」を通して立体的に本をデザインするということ――ブックデザイナー築地亜希乃さんインタビュー

紙の本を読んでいて。
カバーを触ったときに、ツルツルしてるな~とか、ザラザラしてるな~とか感じることはありませんか?
ページをめくりながら、手触りが柔らかいな~とか、紙が分厚いな~とか感じることはありませんか?
 
そうです。本は一冊ごとに、部位ごとに、紙の種類が違っているのです。
 
ツルツルした紙をカバーに使う本もあれば、ザラザラした紙をカバーに使う本もあります。本文ページだって薄い紙があれば厚い紙もありますし、白い色の紙やクリームがかった色の紙まで様々です。
(※単行本は一冊ごとに紙の仕様が違いますが、文庫は基本的にレーベルで共通の紙を使っています)

本ごとに紙を変えているのは、紙が違うことで本が持つ印象が変わってくるからです。
どっしりした印象にするにはどの紙を使う?柔らかい印象にするには?手に取りやすい印象にするには?
読み手の人がどこまでそうした印象を受け取っているのかは分かりませんが、「物質」としての本を際立たせているのは、本の「紙」だと言っても過言ではないでしょう。
 
本の紙など「モノ」の部分を、出版業界では「資材」と呼んでいます。
では、資材は誰が選んで決めているのでしょう。
作家さん? 編集者? 営業の人?
いえいえ、実はブックデザイナーさんが決めています。
本のデザインを手掛けるブックデザイナーさんが資材を選ぶということは、資材もデザインの一部だということです。だからこそ、本が「物質」として際立っているのかもしれません。
 
ということは、タイトルデザインと同じくらい、資材選びにもブックデザイナーさんのこだわりや意図が詰まっているのかもしれない。
私たち編集者も資材選びについて細かく意図を聞くことはあまりないですが、実はめちゃくちゃ隠れたこだわりポイントなのかも……?
 
そんなことを思いついてしまったので、今回はブックデザイナーさんに「資材選び」についてお話を聞いてみることにしました。
お話を伺うのは、ポプラ社もよくデザインをお願いしているbookwallの築地亜希乃さんです。
(聞き手:文芸編集部 森潤也
 
 

築地亜希乃(つきじ・あきの)
1991年生まれ。長崎県対馬出身。東京造形大学卒。「その本は」「わたしの美しい庭」(共にポプラ社)「パライソのどん底」(幻冬舎)などを手がける。ホラーとミステリーの作品もっとやりたいです!

▼築地さんにブックデザインについてインタビューした記事はこちら▼


どのように「資材」を選ぶのか

 デザイナーさんは本のどの部分まで資材を決めるんです?
 
築地 カバー、帯、表紙、見返し、化粧扉、たまに本文用紙の指定をお願いされることもありますし、上製の本だと花切れとスピンですね。あと箔押しなどの加工があれば箔の色の指定など。ここまでがデザイナー側で指定をする「資材」ですね。
 
 本の「モノ」としての部分、全部ですね。それらの資材を決める流れを教えてください。
 
築地 デザインがある程度固まってきた段階で資材案を考えて提案するパターンと、この中から選んでくださいと出版社さんから指定があるパターンがあります。カバーや帯として使える紙の候補リストを渡されたり、見返しの紙はこれ、と最初から決められていることもありますね。
 
 紙によって値段が違うので、最初から予算的に問題ない紙に絞っているということですね。指定がある出版社さんのほうが多いですか?
 
築地 今は紙の値段も上がってきているので、予算の都合でこの中から選んでください……と言われることが増えてきました。逆にポプラ社さんはかなり自由に選ばせてもらえますよね。
 
 ウチはデザイナーさんに資材を自由に選んでいただいて、製作部と原価を相談して予算内に収まるようであれば使えますね。

指定した資材がどんな雰囲気の本になるかを確認する「束見本」

『すきだらけのビストロ』の資材のこだわり

 3月に刊行された『すきだらけのビストロ』(著:冬森灯)では、どういう意図で資材を選んでくださったんですか?

見ているだけで心が明るくなるような本

『すきだらけのビストロ』内容紹介
イルミネーションに飾られた小さなサーカステントにキッチンカー、お腹がぐうと鳴るいい香り。それらに出会ったあなたは運がいい。
そこは期間限定で現れる幻のビストロ「つくし」。
猫を思わせるギャルソンとシロクマのようなコックが、抜群においしい料理で迎えてくれる場所だ。
キッチンカーの赴くままに店を開く「つくし」だが、きまっていつも芸術のある場所に現れる。ピアノの演奏が聞こえる野外劇場、絵画が飾られたマルシェ、映画が上映されている砂浜……。
おいしい料理と素敵な芸術は最高のマリアージュ。弱った心と体をふっくら満たしてくれるので、どうぞ夢のようなひと時を楽しんでお帰り下さい。

築地 カバーはMr.Bという紙です。イラストをデザインに使うときはイラストレーターさんの絵を一番いい状態で再現することが重要になります。Mr.Bは地色が真っ白なので、印刷したときに色味の再現性が高くなるんです。今回はいとうあつきさんのイラストが本っっ当に素晴らしいので、紙に質感はありつつも、イラストを忠実に再現するという部分をできるだけ意識して選びました。

地色がパッキリしたMr.B。イラストが美しく印刷されます


 帯の紙はどのように決めたんですか? 
 
築地 帯はペルーラという、キラキラしている紙です。

写真では伝わりづらいですが、パールのようにきらめく紙です

今回の『すきだらけのビストロ』は「つくし」というビストロがいろんな場所でおいしそうなフレンチ料理を提供してくれますが、料理が出されたときのことを想像すると、キラキラした嬉しい感覚があったんです。それはどんなキラキラなんだろう、派手なキラキラなのか、かわいらしいキラキラなのか、上品なキラキラなのか……と悩んでいたんですが、最終的にペルーラにした理由はタイトルデザインにあります。
 
今回いくつかデザインを出した中で、森さんが最後に3つのタイトルで悩んでましたよね?私の中で、Aは「かわいく」Bは「しっとり」Cは「上品さ」を意識して作っていました。

幻のタイトルデザイン案。上からA、B、Cになっています

 ふむふむ。今回は「C」を選びましたが、もし違うデザインにしていたら、紙も違っていたんですか?
 
築地 そうかもです! タイトルデザインがCになったことで本として「上品なキラキラ」を取ったほうがいいかなと考えてペルーラになりました。
 
 へえ~ ペルーラのキラキラは、上品さがありますもんね。
(※ペルーラの語源は真珠を意味するスペイン語のPerlaからきているとのこと)

築地 bookwallはデザインラフをたくさん出しますが、それは初めの段階では正解が決まっていないからなんです。今回みたいにラフでデザインの方向性を編集者さんや著者さんに伺いながらその本の完成を考えていくことが多いですね。
 
カバーデザインが決まったことで、化粧扉のデザイン、紙も決まっていきます。デザインをしながら、資材の方向性を決めながら、みんなと相談しながら、これらを全部一緒に進めていきながら作っています。ただ、これは私のやり方なので、ほかのデザイナーの方はまた違うかもしれません。

化粧扉は右のデザインに決まりましたが、タイトルデザインが「かわいさ」を意識した「A」になっていたら、左のデザインだったかもしれません

ちなみに、化粧扉の紙はテーブルクロスを意識しました。

テーブルクロスのような風合いの化粧扉

冬森さんの前作『うしろむき夕食店』の見返しもテーブルクロスを意識したのですがそれはもっと庶民的というか、ランチョンマットみたいな雰囲気をイメージしています。

前作『うしろむき夕食店』の見返し

ただ、今回の『すきだらけのビストロ』ではもう少し上品そうなテーブルクロスがいいなと思って、布っぽい質感を持ったTS-1という紙を選びました。
 
 うわー、奥深い! そう言われるとテーブルクロスみたいな気がしてきます……。見返しの紙はどうなんですか?
 
築地 この本はすごく良いにおいのする本だなと思ったんです。あったかくておいしい食べ物の湯気の向こうに『すきだらけのビストロ』というタイトルが見えてくる感じを見返しで表現したくて、モヤがかかっているようなオパールという紙を選びました。
 

湯気のような見返しの紙

 
 最後に表紙をお願いします。
 
築地 基本的に夜の食事のお話なので、星がちらちらしている感じをデザインして、夜空の下でご飯を食べる楽しさをまるごと表現できたらなあと思い、タントという紙の夜のような色味を選びました。
 
 なるほど……。作品の魅力をすごく細やかに汲んでくださっていて、本当にすごいの一言です。デザインだけでなく資材という部分でその魅力を広げてくださっているのだなあと感激しました。こんな話を聞いちゃうと、やっぱり本は紙なんだよなあと思ったりしますね(笑)

夜空のような表紙の紙


伝えようとしても伝わらないかもしれない難しさ


  ここまでお話を伺っただけでも、資材を決めなければいけない箇所はたくさんありますが、一番悩む箇所はありますか?
 
築地 一番迷うのは見返しですね。本全体の完成像をイメージしたときに、見返しを抜かしてカバーから一気に扉に飛びたいときがあります。デザイン的に蛇足とまではいいませんが、見返しが付くことで無理に意図を足さなければいけないと感じるんです。そんなときに見返しをどうするべきかは非常に悩みます。
(※見返し=表紙と本文を連結して補強するための紙)

 見返しは印刷がないことが多いですよね。だからこそ、伝えるものが多いということですか? 自由度がありすぎるというか。
(※まれに印刷することもありますが、見返しは印刷がないことが多いです)

築地 そうです。基本的に印刷できないというのが大きくて、意図を伝えようとしても伝わらない可能性があるんです。自分の伝えたいイメージを見返しにどうやったら表現できるかを紙の色や質感だけで考えるので、実はすごく難しいんです。

資材のこだわりを自慢したい本

 築地さんが手がけた本の中で、資材のこだわりを自慢したい本はありますか?
 
築地 二冊あります。両方ともにポプラ社さんの本なんですが、『わたしの美しい庭』『流れる星をつかまえに』という本を紹介したいです。
 
 ポプラ社に忖度しなくていいですよ(笑)
 
築地 いえいえ!私がポプラ社さんとお仕事をさせていただくことが多いので(笑)。『わたしの美しい庭』の化粧扉の紙選びはうまくいったなあと思っています。これは紙の厚さをわざと薄くして、透き通る水をイメージしています。装画を手掛けた植田たてりさんが波紋のイラストを描いてくださったので、それを活かしたかったのと、次のページの文字が透ける感じも出したくて選びました。

タイトルが透けて見える薄い紙

 これはなんという紙ですか?
 
築地 上質紙です。
 
 あ、普通の上質紙なんですね!
(※上質紙:コピー用紙などにも使われるメジャーな用紙。強い特徴のある紙ではない)
 
築地 上質紙の薄い斤量はこうやって使うと面白くなるんですよ。
 
 なるほど……。紙の素材に特徴があるからいいわけでもないんですね。
 
築地 そうですね。これは「薄さ」をうまく使いました。
 
 いやー、さすがすぎます。
 
築地 もう一冊が『流れる星をつかまえに』です。この化粧扉も薄い紙なんですが、透けていて線が入っています。化粧扉の次には全体扉があって、一般的に全体扉にはタイトルを入れるんですが、この本はタイトルではなくて流れ星のイラストを入れさせてほしいと担当編集者さんに相談しました。この全体扉のイラストと、その前の化粧扉のタイトルを重ねると、イラストとタイトルが合わさって一個のストーリーに見える効果を狙いました。あと、「映画」が本のテーマになっているので、イラストの部分は映画の始まりのカットのイメージでもあります。何重にも意味を持たせられたので、自分の中でもやった!と思っています。

タイトルが入った化粧扉


タイトルではなくイラストが入った全体扉


重ねるとイラストが透けて見えてきます

 この扉は素敵すぎですね。そして本当に物語世界を読み込んで膨らませてくださっているのがすごい……。今日は「すごい」しか言ってませんが、本のデザインって立体的なものだったんですね。

自分で触って楽しめるということ

 本の資材がこんなに奥深いとは思っていませんでした。最後に、築地さんが考える「本の資材の魅力」を教えてください
 
築地 資材のいちばんの魅力というと、触れることかなと思います。今回の記事を読んでくださった人がいたら、こういうことか~と本をめくってみたりすかしてみたり、自分で触って楽しめるというのが資材の魅力になるんじゃないかなと思います
 
 小説って文字だけの世界じゃないですか。文字だけの一次的な情報を、資材というもので拡張させてるんでしょうね。手触りなどの五感を通してその物語世界を広げているんだなあと思いましたし、デザイナーさんは本というものを立体的にデザインされてるんだなあ……とお話を伺って感じました。
 
築地 そうですね。そういう部分を読者の人が無意識で感じてくれるといいなあと思いますし、この紙ってこういうイメージだね、と自由に感じてもらえるととても嬉しいです。
 
 紙の本が持つ魅力にあらためて気づけたような気がします。本日はありがとうございました!
 

いろんな資材見本が並ぶ、bookwallさんの資料棚

※※※

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 ★本の「モノづくり」に焦点を当てたインタビュー記事はこちらから。



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