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遊民的中国レポート【5】多分一生忘れないだろうなという言葉

前回レポートは以下より。


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教会の帰り、新しく知り合ったYや、ソウル大学からきたD、ルームメイトのHと一緒に、H&Mを訪れた。

彼女らは、早速服を買うそうで、私もそれに付き添う形になった。その後も彼女らとはIKEAに行ったり、外資ブランドの多く入った百貨店に行くことが多かった。

来て早々、洋服やファッション小物を買うという感覚は私にはなかった。

おそらく、当時のほかの日本人留学生の多くもそうだろう。

当時の私は、海外では何らかの被害に遭わないために、少し地味にしておくくらいにしないといけないと思っていた。
大体、在外邦人がなんらかの事件や事故に巻き込まれた際に、槍玉に挙げられるのが、その服装や行動だ。
他の日本人の皆がそれをどのくらい意識していたかは分からないが、当時の本邦の留学生は、概して地味に大人しく過ごしていた。
他の国の留学生たちが、週末になれば着飾って、酒場やクラブに遊びに行っていたのとは対照的だった。


さて、中国のH&Mに対しての私の感想は「高いな…」ということだった。その後もアパレルに対しては一貫して「高い」という感想だった。

UNIQLOも無印良品もHoneysも、当時の中国では日本よりも高かった。

たまに現地で「セール」をやっているが、割引後の値段でやっと、日本で買うのと同じくらいの価格であった。

H&Mで服を見ながら、
「日本の方が安いですね…」
と呟いた私に、2歳年下で、ソウル大学の学生であるDが
「中国政府が相当関税をかけてますからね」
と話しかけてきた。

単に「高いな」で終わらずに、すぐに関税の話に広げられるという視点が国際感覚というものなのかもしれない、と、その時思った。

その後も、彼女が私に話しかけてくるたびに新鮮な驚きがあった。
彼女は些細な気付きから、国の政策や税制なんかを見ることが多い人で、話していて大変面白かった。


帰りに、学校近くにある韓国料理屋で食事を取った。大学周りにはかなりの数の韓国料理店があった。

いずれも、朝鮮族が「韓国料理」に寄せた飲食店を経営しているようだった。

日本にいる時にほとんど韓国料理を口にすることがなかったが、留学期間中にすっかり好きになった。

現地料理の油の量はかなりのものだったため、それほど油が多くない韓国料理に救われることが多々あった。

ルームメイトのHは「早くもソウルに帰りたくなってきた」とつぶやいた。

ええー、来たばっかりじゃん…

と私は思ったが、その場にいた他の面々も口々に「韓国に帰りたい」と言い始めたため、私は黙っていた。


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留学生オリエンテーションの日。

私たちは大きめのホールに集められて、留学生のコーディネーターだという、細身のメガネの男性から、一通りの説明を受けた。

・怪我した時、または、病気になった時
・犯罪被害に遭った時
・緊急事態が発生した時
・クラス選びについて

彼は英語と中国語、両方で丁寧に説明をしていた。

私は、英語の方の説明を、6割方理解できるかできないか、という状態だった。

手元の紙を見ながら、なんとなく予測をしながら話を聞いた。

漢字の羅列(=中国語)、英語、英語の説明…

組み合わせると、どうにか理解できる、という感じだ。
この私の言語能力では先が思いやられるなぁ、とも感じられたし、逆に面白そうだ、とも感じたので、不思議な気持ちだった。


そして、彼は説明の最後に私たちに向かって言った。

「皆さんに覚えておいて欲しいことがあります。我が国には、大学に行きたくてもいけない子供たちがまだまだたくさんいます。どうか、その人たちのことを頭の片隅において、本校での学びに力を入れて欲しいと思います。」



この言葉を、私は忘れないでおこうと思った。

実際に、彼の言葉は、1年間の留学期間中に幾度となく思い出した。

他の全部の説明を忘れてしまっていても、これだけはずっと頭に残っていた。

在学中に「黑孩子(戸籍のない子供)」のニュースを見た時

道で親の指示で小銭を集めて回る子供を見た時

徐々に授業に来なくなる留学生たちを横目で見た時

いつも頭に浮かんできた。

日本に帰ってきてからも考えることがある。

学びたくても学べない人がいる中で、学ぶ機会を得られた人間には、なんらかの義務が課せられて然りなのではないか、と。

…とはいえ、相変わらず、具体的に何がということは、なかなか思い当たらないのだが……。


◆◆
国の掲げる思想に反し、「格差社会だ」と叫ばれる日本と比べても、圧倒的に中国の格差は大きかった。

中国に来る前、私はよく考えた。

元々、資源も人的リソースも、土地も豊富な国だ。

欧米列強への対応が遅れ、数々の戦争を経験し、さらに文化大革命でしばらく沈んでいた中国は、長い歴史で言えば、〈少しだけ調子が悪かっただけ〉なのだ。

いずれ米国と肩を並べ、その間にいる日本は苦労するだろう、と。

しかし、豊富なリソースを管理するというのもまた、難しいことである。

中国にも中国の、中国としての課題があるのだろうな、当地での生活に慣れ始めた頃には考えるようになっていった。


◆◆
つづく

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