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武骨で男前な鉄橋を走るポンコツ列車     【ショートストーリー 2】

『50代が一番楽しい』って
女優さんなんかが言っているのをよく聞くけど」
「55歳になった今なんとなく分かるような気がする」

一線を退いてもなお威厳ある姿で佇む
『第二武庫川橋梁』を見上げながら知美は言った


「子育ても終わって自分の時間ができた的な感じ?」
萌は興味があるように聞いてきた


「勿論それもあるけど なんていうか
 自分の内側に目を向けられるようになったっていうか
 求めるものの本質が変わったっていうか」

長い年月の経過を物語る錆と剝がれが
武骨で不愛想な『第二武庫川橋梁』の鉄鋼を
さらに渋くて男前にしていた
歳を重ねたからこその深い味わいが
知美の目標とするもののようで
最近の心境の変化を萌に聞いて欲しくなったのだ



JR福知山線廃線敷を散策する『武田尾廃線ウォーク』に
行こうと軽い気持ちで萌を誘ったのは知美だった

切り立った武庫川渓谷に沿って走る
旧JR福知山線の廃線敷から見上げる山々は
少し赤や黄色に色づき始め真っ青な空に映えていた

懐中電灯を片手に真っ暗なトンネルを抜けた二人の目の前に姿を現した
『第二武庫川橋梁』は思わず声をあげてしまうほどカッコよかった
知美は運動不足を解消するために訪れた気軽なハイキングコースで
こんな話をするのは似合わないと思ったが続けた


「この武骨だけど男前な鉄橋を見てると
 これからの自分が少し楽しみやなぁって思う」

「なんで武骨で男前の鉄橋見たらそう思うんか分からんわ」
萌は笑った


知美は少し照れたように笑いながら続けた
「人間ってほんの少し認められたり褒められるだけで
 幸せを感じられるんだって分かるようになってきた」

「この『第二武庫川橋梁』って
 日本一長い北上川橋梁や日本一高い高千穂橋梁みたいにみんなの注目を集めるような橋梁ではないやん
 深い渓谷でひっそりと存在していたやん
 それでもこの武骨な魅力に気づいている人はいたやろうし多くの人に必要とされていたやん」

「一線を退いた今でも私みたいにカッコイイと
 褒める者がいたりインスタにアップされたり
 地元の人に大切に手入れされたり
 ここを訪れた人の心に残っているやん」

「そういう身近な人の小さな感動や思いを感じて
 ますます魅力を増していくんやろなぁと思って」

「私もそうありたいなと思ったら楽しくなってきた」
「身近な人だけでは意味がないと思っていた若い頃には
 考えられへん心境やわ」
照れ笑いを浮かべながら一気に話した




「なんとなく 言いたいこと分かるわ」
「若い頃はみんなに認められたいって必死だったけど
 なんだったら日本中のみんなに認められたいぐらいの
 でもそういう気持ちってなくなってきた
 そこまで求めなくても幸せになれるやん」
萌が真面目な顔で答えてくれた


「そうそう でもそれは諦めとかじゃなくて
 そこまで求める必要がまったくないって
 55歳になってようやく分かってきたわ」

「例えばベータカロチンが健康のために必要だから
 人参をたくさん摂らなければって頑張るけど
 実際お昼に食べた八宝菜のお皿の中に入っている
 人参の量なんて僅かやし
 その量をちゃんと毎回摂っていれば健康は維持できるやん」
知美は例え話が人参で伝わるかなと不安になったが続けて言った

「幸せをもたらす『幸せ玉』も
 ほんのちょっとで十分なんだって分かったから
 たいそうなことを求める必要が無くなったんやと思う」


知美のおかしな例えなど気にもせず
萌も同じことを考えていたというかのように勢いよくこたえた
「そうやねん でも若い時はそれに気づいてないやん
 みんなに認められることが重要やと思っているから
 外からどう見られるかばかり気にして
 自分の内面を磨けば自ずと周りに評価される
 ということに気づいてないんよ
 自分の内面を磨くことをせずに外見ばかり気にして
 理想と現実のギャップに傷ついてほんまにしんどい」


「私もそういうとこあったわ 
 周りに認められたい
 高みに上らない限り認めてもらえない
 認められなければ存在意義が無くなるみたいな
 だから結果を出せない自分に不甲斐なさを感じて
 焦ってもがいて空回りばかりして現在に至るって感じやもん」

「えーっ 知美がそんな感じやったん?」

「そんな感じやったよ しんどかったもん」

本心を曝け出した恥ずかしさに
慌てて萌から目を逸らし武骨な鉄橋を見た
優しく話を聞いてくれるような安心感があった
55歳にしてようやく分かってきた自分に
理解を示してくれた萌と重なった



桜の季節や紅葉の季節には多くのハイカーが訪れる
廃線敷のコースだけれど
今はまだ紅葉を楽しむには早いせいか
今日はここを訪れるハイカーも少ない

50を過ぎた女二人が神妙な面持ちで
赤茶けた鉄鋼をスリスリ摩りながら
話し込んでいても気にする人はいなかった

今通ってきたトンネルから吹く風はひんやりと冷たくて
一時間ほど歩き続けて少し汗ばんだ体に心地よかった

優しく話を聞いてくれる武骨な鉄鋼と萌に続けた
「子供の時から成功体験が多いほど
 自己肯定感が高くなるっていうやん」
「うちの親は厳しくて褒めてくれることがなかったから
 自己肯定感の低いまま大人になって
 自分の存在意義を感じるためには
 高みに上らなければならないと思っていたんかなぁ」

普段は自信に満ちた堂々としている知美の口から
こんな言葉が出たことに驚いた萌だったが
敢えて表情には出さずに答えた
「自己肯定感が低いとそういう気持ちになるかもね
 子供のうちは上から一方的に
 教えられたり正されることが多いから
 褒められる経験って少ないもんね
 親は立派に育てなければと必死やし
 厳しく甘やかさず接しなければと思っているから」


「特に昔の親はそういうところあるよね
 今は『子供にたくさんの成功体験をさせてあげましょう』
 って風潮やから小さなことでも身近な人たちに
 褒められたり認められることが増えて
 身近な人に認められることで
 十分幸せな気持ちになれるって
 知っている子供は多いやろうね」

「多いやろうね
 自分が子供にそうできたかは自信ないけど」
萌が悪戯っぽく知美を見て笑った

「ほんまや」
知美も苦笑いをした

同級生のやんちゃな男の子を持つ知美と萌は
息子のしでかしたことで学校から何度も呼び出されたことを思い出したのだ
褒めることよりも叱ることの方が圧倒的に多かった
息子を持つ親同士笑うしかなかった


「自己肯定感を高く持った上で高みを目指すのは
 素晴らしいことやと思うわ」
「自分を評価するのは自分で
 周りからの評価で自分が存在するのではない
 評価を得るために高みを目指すんじゃなくて
 高みを目指したいから挑戦するんだって 最高やん」
知美は遠くを見つめて言った


「そうそう
 それで自分を評価する時の加点は
 身近な人のお褒めの言葉だったりするわけよ」
萌は自分の加点がどんどん増えるかのように楽しそうだった



「そうそれそれ
 その加点を沢山もらうために自分を磨かなあかんよね」
「遠くの人は私の中身なんて知る由もないけど
 身近な人はよく見てるから
 うわべだけ磨いてもすぐ見抜かれてしまうし
 加点もらうためには自分の内側から磨いて
 噓偽りのない魅力を身に付けなあかんってことよね」
両手のこぶしを握り締め気合を入れるように言った知美に


「そうやぁ 内側から滲み出てくるような魅力を」
萌はそこまで言ってアッと気づいた
「あー それでこの渋ーい鉄鋼の橋見て 語り始めたんや」
ケラケラ笑いながら言った


「そうやねん」
知美もケラケラ笑った

「この鉄橋みたいに内側から滲み出る魅力を身につけたいなと思って」
「今までは周りのみんなに認められることを求めていたけど
 今は自分を磨いて小さな加点を手に入れたくなってきた」
「そう思うようになったらすごく気が楽になって
 自分で自分を評価するためにも
 自分の内面に目をやって
 磨いていかなあかんなと思ったら
 これからの自分が楽しみになってきた」
握ったこぶしにもう一度力を入れて上下に振った


「私も頑張ろう 自分磨き頑張るわ」
萌も両手のこぶしを握って力強く振った


「どんどん外に出て色んな人とかかわって
 笑ったり感動したり吸収したり
 どんどん刺激を受けなあかんよね」
両手のこぶしを振りながら言う知美に

「うんうん どんどん出かけよ 遊ぼ」
同じように両手のこぶしを振りながら萌が答えた

両手で作ったこぶしを上下に何度も何度も楽しそうに振り続ける
二人のミドルエージ女の姿は
廃線の上を走るポンコツ列車のようで少し笑えた


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