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承認欲求

恩師が亡くなった


少し早い死だった


恩師と言っても1年間お世話になっただけ
だけど私的には静かに自分を認めてくれた存在だったので
なんとなく心の中がぽかんと穴が開いたようだった

別に何か貰ったわけでもないし、言葉で言われたわけでもない
何もしていない

勝手に『自分の頑張りを認めてくれた』初めての存在だった

正直昔の事なのであまり覚えていないけど
だたそのエピソードだけは強烈に記憶している___




その人は真面目で淡々としている
当時、個人的な私情(生い立ちなど)をもって私に声を掛けてくる(私が勝手にコンプレックスに思っているだけ)人が多かった(多く感じていた)ためその生活に悲観していた
※たぶん自意識過剰ってやつですね

何か取り繕わないといけないような気がして
人に家族に迷惑かけないようにしなくちゃいけないのかな、、
(私のせいでみんなに恥をかかせちゃう)

でも何で?

「わたしはわたしなのに、、、」


そんな日々www

(案外繊細でネガティブだったw)


でもその人にはそんな要素は全くない
もちろん生徒はいっぱいいるし私個人なんてものにいちいち興味は無い
仕事だからやっている、いちいちそんな私情は持ち込まない
やるべきことをただやっている、実力を付けさせるだけ(←そんな冷血ではないけど)

そんなシンプルさが当時の私には心地が良かった
だから信頼していたのかもしない
わたしがわたしでいていい場所になって安心していられた

結果今やるべきことに集中することができた
それが嬉しかった


その恩師がいてくれたからその空間はその時間は生きやすかった
甘い考えの人ではなかったので(簡単に合格は出さない)お陰で実力が付いたし何よりも合格をもらえた時はそんな恩師に認められているような気がして自分に自信が付いた

やればできるじゃん!

楽しかった


努力は裏切らないし、妥協を惜しまず細かいところまで目を配ればいつか福は来る
いつしかそれが助けになる

見ていてくれる人はちゃんと評価してくれる

『 " まぐれ " じゃなくて " 実力 " を認めてくれる 』


そんなことをなんとなく信じるようになっていたと思う
でも今思うとそれが完璧主義にも繋がっていたと思ったりもする

私の場合は「完璧にこなそう」というよりは『このマニアックなところまで手を出せばいつか活かされるかもしれない』という可能性に重きを置いていたと思います
一般的にここまでできれば良いでは満足できず、マニアックなことろまで熟知していれば本物だ、つまり実力があって認められると思っていたのかもしれませんね
なんて短絡的な頭だ、、、

でも現実的な行動としては(逆を返せば)このマニアックなところを知らないままだったら未来に損するかもという不安にかわれ、手を出さざる負えなくもなっていったんだと思います(強迫観念かも?)
こっちの方がリアルです

この余裕のない考え方が生きづらさや疲れやすさを招いていたし
気にしいな上に余計に他人の評価を気にするようになっていた

自分軸がなかった

当時は自分を知らな過ぎた


まぁしょうがないです笑
これは今となっては分かっていますから
わたし変なところに関心が向いてしまうし、興味本位で調べたくなっちゃう性格だからww
たまたま変わった性格(変人)と不安領域が同じベクトルなだけ
しょうがない、、、けどOKです

良いも悪いも交じってそうなってしまっていたみたいです
まぁ、いいんですOKです
これがわたしなので

今になって振り返ることも出来た訳ですのでOK



(少し話がズレましたが、)
其れが故の「完璧主義」

「そうか、そうだったのか、、、」と
恩師の訃報を聞いて
息が止まったのと、「もういいや」と思いました

心がぽかんと空いたけど、これからは自分でその隙間を埋めていこうと
当時はこのエピソードのお陰で生きやすくなっていたけど、今になってみればそれのせいで首を自分で締め付けていたんだなと気づきました

もういい加減人のせいにするのはやめよう
他人に評価基準を置くのはやめよう

悲しいけど、気が楽にもなった



価値観は人それぞれ
良いも悪いもないけど、自分の中では良い悪いはある
一般常識に合わせる必要はなくて、正解もない

自分で決めるしかない
人に決めてもらうのはお子ちゃまだ

何が欲しいのか、いらないのか決めるのは自分で
その価値観に従って、美意識に従って評価するのも自分だ

そもそも恩師の評価基準なんてものは始めから私が決めた基準に過ぎない
全部独りよがりの物語で、完全に痛い

だからこそ『人それぞれ』を受け入れよう
自分の「自分だけの価値観」を素直に受け入れよう
自分が「納得」「満足」する基準を知っておこう
(ま、「楽しければ」それでいいじゃん、でもいい)
恐怖や不安に襲われていると気づいたのなら自分と向き合おう
多くの場合は他人や世間の判断基準が邪魔しているはず
はじめから上手くなんていかないんだから
スモールステップからやっていこう

いつか生きやすくなった時
きっと他人の価値観も優しくみられるはずだから


私は思うのです、人間って
本当はシンプルなくせにわざわざ複雑にしたがるって
賢い(知性、理性)が故の副産物
表裏一体
愛すべき馬鹿を受け入れようw
(少し辛口になってしまいすみませんでした)

だから人って面白い

そのために視野は広く持っていたい





どうぞよろしくお願いいたします