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【短編小説】井の中へ泳ぎに来た蛙

 ――切っ掛けなんて些細なことで、それを無関係のフォロワー数人を巻き込む騒動にしたのは高梨の方だ。こっちは親切心で「あなたの漫画は背景が白すぎる、手抜きにしか見えない」「人物の表現力が乏しい、向かって左にしか首を動かせない呪いからキャラクターを解放させて」「ストーリーが陳腐」とアドバイスしてあげたのに、感謝どころか被害者面。酷いこと言われたと泣きわめいて暴れ出したからもうびっくり。普段から「漫画のアドバイスがほしいなぁ」と言っていたからお望み通りにしたというのに。
 今までの高梨は「ヘタクソなりに一生懸命頑張る絵描き」という印象だったが、今となっては「弱音を吐いてチヤホヤされたいだけのメンヘラかまってちゃん」だ。この認識は間違いではないし、改める必要もないだろう。

 Twitterのフォロワー四〇二人。フォロー数九八人。pixivのフォロワー六三二人。中堅絵師。ハンドルネーム・ミッドは高梨えりのTwitterを眺めながら舌打ちした。
 以前、
「アドバイスがほしいと普段から言ってたのに、この程度の指摘で被害者面するの辞めて頂けませんか?あなたが望んだものを与えた私が攻撃される筋合いありません」
 とリプライを送ったらヘコヘコと「弱くてごめんなさい」と返事が来た。その姿勢にミッドは余計苛ついた。急にメンヘラ発動させた高梨に共通・・フォロワーは引いた。そりゃ当たり前である。ミッドは当たり前のことしか言っていないのだから。
 ミッドはこのとき、高梨のTwitterをブロ解した。しかし、事あるごとにミッドは高梨のTwitterを覗きに来ている。
 この程度で潰れるからオコサマ底辺絵師なんだよなぁ、とミッドは高梨のフォロワー欄を見た。フォロー数四五〇人に対して、フォロワー数は一〇五人。ふん、という嘲笑が鼻から漏れた。それと同時にやはりイライラがもっと強くなる。
 ――これは私に対する当てつけだと思う。
 高梨の最近のツイートはほぼリツイートで、有名ツイッタラーの啓発ツイートが多い。「ありがた迷惑のやさしさ」「それ、親切とはき違えていませんか?」「正論は人を傷つける」「善意の押しつけは悪意です」等々。たまに何かを呟くかと思えば、高梨の現行ジャンルのキャラクターがそういった啓発ツイートの中身を演じる薄っぺらい漫画。
 まるでミッドの親切心に対して「お前が間違ってるぞ」と言いつけてもらってる・・・・・ような、何とも小癪な話である。
 だが何だかんだ言って、漫画を描けるくらいの余裕があるならもう元気なのだろう。あのとんでもないメンヘラ発動はなりを潜めているし、まぁ元気そうで何よりだ、ともミッドは思う。
 しかし、結局のところは
「ちっさい井戸の中で、一生チヤホヤされてりゃいいよ!」
 というのが本音であった。

 高梨えりは鍵垢に居た。
 元々は成人向け商業BL小説本に関しての話題を取り扱う用のアカウントではあったが、今は傷を癒すための避難所になっていた。
「災難でしたね」と声をかけてくれたフォロワーに「ありがとう」と高梨はエアリプを投げる。彼女は今月末に予定されている同人誌即売会の準備をしていた。
「今はCanvaとか便利なサービスがあるから、絵が描けなくても気軽に表紙をデザインできるのはいいねぇ」
 そんなことを裏垢で呟きながら、お品書きの準備をする。

 新刊 A6(文庫サイズ)小説本 240P
 「その手を掴むのは僕」 シオン×ミスト
 全年齢向け 価格1000円
 おまけ本(A5小説本、本文16P)つき

 仮デザインのお品書きを試しにツイートしつつ、「高すぎるかなぁ……」と添える高梨に、フォロワーは「高すぎるってことはないと思う」「むしろ安い」とリプライを投げる。
「『柿崎すーそ』さんの本なら一万でも売れるよ」と言いだすフォロワーまで居た。

 高梨えり。フォロー数四五〇人、フォロワー数は一〇五人。柿崎すーそが作った、絵と漫画の練習用アカウント。
 柿崎すーそ。フォロー数一七二人。フォロワー数三五八七六人――今また増えたので三五八七八人。「シュガーバターソルトパン」の非公式カップリング「シオン×ミスト」最大大手の同人作家兼ライター。代表作、同人現実悲喜こもごも。その他連載。

 高梨――否、柿崎は本の値段を「1300」に書き直した。これで行きます、という宣言にフォロワーたちは「千五百! 千五百!」「千八百!」と何か知らんがオークションを始める。柿崎は笑いながら万単位のフォロワーに新刊の案内を呟いた。
 瞬く間に増えるリツイートといいね。その中にはミッドとその取り巻きもいた。絶対買います!! という宣言のオマケつき。
「空の青さすら知らない蛙がいるんだなぁ」と、柿崎のフォロワーがツイートを投稿する。柿崎はそれを、ほとんど反射と言っていい速度でいいねした。

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)