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【短編小説】憎悪、共感、理解、断絶

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「あー、この絵はあんま伸びなかったなぁ。前回のキャラより人気が少し落ちるキャラとはいえ、ブクマ数がここまでがっくり落ちるのはキャラが原因ではなさそうだ……」
 pixivの管理画面を確認する。直近の作品でブクマが2桁なのはあまりなかった。半年ほど前に友人に頼まれて描いたマイナージャンルの絵がそのくらいだったが、それ以降は基本的に安定した伸びを見せていたはずだ。
「…………」
「アップしたのは午後9時台、Twitterの再掲は朝8時近く。週末でまたちょっと伸びたけどこのあたりで頭打ちかな」
「ねぇ、もうやめたら?」
 上位絵師は振り向いた。いつの間にか家に上がっていたのは底辺絵師の同期だった。同じ大学に通っているが学部が違うのであまり話をする機会はなかったが、漫画サークルで仲良くなり、こうして家まで遊びに行く仲になっている。
 ただし、二人には決定的な違いがあった。二次創作に対する姿勢や方針が致命的なまでにかみ合わなかったのだ。
「そうやって承認欲求を満たすために二次創作をして楽しいの?」
「楽しいが?」
 上位絵師の即答に、底辺絵師は目を丸くした。
「自分が絵を描く。発表する。そして人に褒められる。それを楽しいと思わないやつがいるのか?」
「で、でも……二次創作は」
「ああ、」上位絵師は納得した声を出した。
「お前もか。『二次創作はきれいなものでなければならない』『自分が満足するものを作ることができればそれでいいと思うべきである』『スキを全部詰め込んで、ひとつひとつが尊い作品でなければならない』って信じてるタイプの輩か」
「あ、当たり前でしょう! 二次創作は愛や妄想を形にした創作なんだから、承認欲求拗らせて苦しむのなんて間違ってる!」
「自分の絵を他人に見てもらって好きになってほしい。私の願いのどこが承認欲求の拗らせになるんだ? 朝八時、夕方五時、夜九時を見計らって投稿、再掲、人に好いてもらうための分析……それを一人でやって何が悪い?」
 ふう、とあきれたようなため息が底辺絵師の神経を逆なでした。青筋が立ったのが傍目に見てもわかる。
「そうやって人に合わせて自分の表現を殺して楽しいのか、って言ってるの」
「……お前、何か勘違いをしているな。私は別に自分の表現を殺してまで人に合わせた絵は描いていない。それに、お前の言ってることは理想論だ。自分の好きなものを自分の好き勝手に描いて満足するレベルのファンがつく、ってのはよっぽどの強運と才能に恵まれなきゃ成しえない」
「でも、あなたの絵には愛がない」
「これのことか?」
 上位絵師は一枚の絵をクリックした。先ほどのあまり伸びなかった絵だった。
「このキャラを描けばあの人は確実にいいねをくれる。そういった下心のついでに気分転換で他のキャラを描いて何が悪い?」
「そんな、キャラ愛のないこと……」
「……じゃあ聞くが、お前はどこでキャラ愛とやらを確認するんだ?」
 上位絵師はパソコンを操作する。適当なタグ検索の表示結果の中には巧拙様々なファンアートが入り乱れている。R18フィルターをオフにしているからなのか、性的なイラストも散見された。
「pixivのイラストを見て判断できるのか? そいつが原作をどれだけ履修して、アニメをどれだけ視聴して、舞台、ドラマCD、ゲーム……すべてのコンテンツに触れているかどうかが絵を見ただけで分かるのか? それともいちいちTwitterを見に行くのか? そうして愛情を確認してからブクマに入れるのか? 違うだろ。あーいいなぁ、って言って何も考えずに反射的にブクマにぶち込んでるだろ。逆に言えば魅力のない絵は作者がどれだけ原作に入れ込んでいようがブクマはしないはずだ。魅力を感じないんだから、もう一度見返したいなんて思うわけがない。作者へのお情けで、ボタンを数度押す手間を裂こうなんて思わない」
 上位絵師が何度かパソコンを操作すると、ユーザープロフィールが表示された。底辺絵師のpixivプロフィールだ。ブックマークには人気絵師の作品がずらりと並んでいる。そのうちの一枚をクリックすると「アニメでちらっと見た程度で恐縮ですが、かわいかったので描いてみました」と書かれたキャプションが表示された。
「あと……今のところだが、そもそも私の承認欲求は満たされている。なぜならブクマが100つけば御の字だと思っているからだ」
「100、って……」
「この前の振るわなかったやつが95、その前が200……まぁ95は100には満たないが実質100といって差し支えないだろう。ブクマも評価もあるに越したことはないからな。小さなボタンをひとつ押すだけの手間を惜しまなかった人間がそれだけいるという答えになる。何度も言うが私は多くの人に絵を見てもらいたい。閲覧100人より101人を目指す。そのためなら努力は惜しまない。ただそれだけだ」
「……ってやる」
 上位絵師は底辺絵師を見た。明らかな憎悪と憤怒にこぶしを握る姿は哀れさを通り越して滑稽である。
「あんたがそういう最低絵描きだってことをSNSでバラしてやる!」
「…………」
「そうすればあんたが積み上げてきた信頼も全部地に落ちる……!」
「本当にそう思ってるのか?」
 あまりにも冷淡な視線に、底辺絵師は怯んだ。先ほどの語気の強さは既に影も形も残っていない。
「だとしたら本当に救いようのないバカだな。私は人に絵を見てもらうための努力……まぁ、お前のいう『承認欲求』とやらをネット上で出したことはない。いいねが少ないだのブクマがないだの、そういった愚痴は零したこともない。そんな中でお前が私のことを『裏の顔は承認欲求モンスターで、毎日ブクマやいいねを気にしています』ってネガキャンをしたところでお前の頭がおかしいと思われるだけだ」
「……そんなの、やってみなきゃ分からないでしょ」
「そう思うならやってみればいいさ、ただの僻みか拗らせアンチが湧いたと思われるだけだろうけどな」
「そんなの、おかしい……」
「現実なんてそんなもんさ。お前が一生懸命愛をこめて描いた××より、私が気分転換にさくっと描いた××の方が、いいねもRTも評価もブクマも遥かに上回る。だが、だからといってお前の描いた絵に価値がないってわけじゃない。だから創作はいいんだ」
「慰めのつもり?」
「まさか」上位絵師は肩をすくめた。「本心だ」
「すべての創作物は尊い。だが、そこに価値を見出す人の数に差があるのは当然だ。その前提を理解していないからいらん悩みが生じる。有名画家の絵とその辺の幼稚園児の描いた絵のどちらに価値があるのかなんて言うまでもないが、その子の親なら有名画家よりも自分の子の描いた絵を選ぶだろうよ」
 上位絵師がパソコンを操作すると、上位絵師本人のpixiv管理画面が現れた。通知に赤い数字がある。底辺絵師は悔しくなった。
「だから私はを増やす。私の描いた作品に価値を見出せる人を増やす。クオリティを上げる以外のことだってするさ」
 赤い数字を見た底辺絵師の喉元がくい、と動く。そこにわずかな羨望があったのを上位絵師は見逃さなかった。
「承認欲求を否定するお前を私は否定しない。だが、承認欲求の否定に関しては私は否定的な立場にある。本当に承認欲求がないのなら、絵をネットに上げる意味なんてないからな。創作の原動力の中で、承認欲求がどれだけの割合を占めているのかが違うだけだ。見てもらいたい気持ちが九割のやつもいれば、一割程度のやつもいるってだけの話だよ」
「…………」
「別に、理解してもらいたいとは思わない。邪魔さえされなければ私も何も言わない」
「邪魔をするつもりなんてない。けど……あの素敵な絵を描く人が、あなたみたいな性根の曲がった人だとは思わなかった」
 は、と上位絵師の口元から笑いがこぼれた。明らかな嘲笑に底辺絵師は眉を寄せた。
「まさかと思うが、お前、Twitterでの私と現実の私があまりにも違っていて幻滅したとか言い出さないよな?」
 上位絵師は外部サイトに飛び、自身のTwitterアカウントを表示させた。
「SNSでの姿をその人のすべてだと思っているのであれば、お前は誇大広告に騙されやすいタイプだから気を付けた方がいいと思うぞ」
 フォロワー五桁のアカウントには絵の宣伝と簡単な日常ツイートしかない。上位絵師は左下のアカウント切り替えを選んだ。底辺絵師は愚痴垢か何かが出てくるのではないかと踏んだが、実際に出てきたのはソシャゲ用のアカウントだった。ガチャのスクショがずらりと並んでいる。
「廃課金なの?」
「月に一万入れるのを廃課金というのなら、そうだろうな」
 再びpixivの作品管理画面が表示される。ページを切り替えていくと、ソシャゲのキャラクターイラストがちょくちょく現れた。
「あのアカウントは私の創作者としての面しか表していない。逆にソシャゲアカウントの方には絵は一枚も上げていない。上げるメリットがないからな」
 上位絵師はブラウザを閉じた。デスクトップに表示されたのは推しキャラクターのイラストだ。
「まぁ、お互い創作活動を頑張っていこう。お前は愛で、私は媚で。互いに居心地のいい創作環境を作って、楽しく向かい合っていこうじゃないか」
 にやりと笑う上位絵師に、底辺絵師は何も言わずに背を向けた。
 足音が遠のいていくのが聞こえる。上位絵師はすぐにYoutubeを開いて、お気に入りの作業用BGMを再生した。シャンプーの広告が表示されている間にイラストソフトを開く。この作品はブクマがすんなり100超えるといいな、なんて思いながら。

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)