【短編小説】日常を守るために
三浦哲朗はこの世の真理に気がついていた。
学校は毎日同じことの繰り返し。機械のようにして、決められた仕事をこなすだけの日々。教師は同じことしか言わず、クラスメイトはのんきに笑っている。
……バカバカしい。
しかし、そんな下らない日常を守るのが、哲朗の使命である。
哲朗は右腕の傷――破滅の蝕(カタストロフィ・エクリプス)に触れた。最初は適当なボールペンで描いたのだが風呂に入ったら綺麗さっぱり消えてしまったので、定期的に漆黒の闇――ノワール・ダークネス(という名前の油性ペン)でエナジーを取り込むことにしている。こうしないと哲朗が破滅の蝕に取り込まれてしまうのだ。
話は逸れたが、ともかくこの、破滅の蝕を持つ者は他人と深く関わってはならない。世界の真理を知った者の宿命である。
なぜなら、哲朗の役目は深淵(アビス)に住まう破壊の悪魔(カタストロフィ・デーモン)の出現を抑えることであり、悪魔の目覚めによって腕の破壊の……あれ、破滅? どっちだったかな……と哲朗はよく設定……ではなく真理を忘れてしまう。これも破壊……ではなく、破滅の蝕の影響だ。テストの成績が悪いのもそのせいだ。しかし、母親には分かって貰えない。父親は何かいたたまれない顔をするので、哲朗は父もかつての「選ばれし者」だったのではないかと踏んでいる。
破滅の……ではなく破壊の悪魔は破壊の……ではなく破滅の蝕と共鳴し、身体へ強烈な痛みを生じさせる。ちなみにこの痛みは授業中には出ない。休み時間には出没するので気をつけないとならない。
そんなこんなで、哲朗は下らない日常を過ごしながら破滅……ではなく破壊の悪魔の出現を抑えていた。当然、何も知らずのうのうと過ごしている連中に破壊の……ではなくて破滅の蝕の存在はバレてはいけないのだが、ついに体育の着替えのときバレた。
「お前、腕どうしたんだ?」
クラスのムードメーカー、高橋にそう問われ、哲朗は咄嗟に「油性ペンつけちゃった」で誤魔化した。なかなか消えないよなーと理解してもらえたのはクラスメイトの優しさだろう。そもそも右腕の肩から手首近くまで派手に引かれた雑なギザギザの線を、「つけちゃった」で済ませることなどできないはずなのに。
哲朗はしばらく、念入りに右腕を洗って破滅の蝕を消した。漆黒の闇(油性ペン)はしばらくの間、私物へ記名するのに役立った。
破滅の蝕は腹に移動した。大きさも随分小さくなった。そうすると困ったことになった。破滅……ではなく、破壊の悪魔が姿を現そうとするとき、痛むのは破か……破滅の蝕だ。今まで右腕に存在したそれは、今、腹にある。
「うっ……破壊の悪魔の鼓動が聞こえる……お前も感じるか……あの悪しき魔物の気配を、ッ」
とか言いながら抑えるべき部位が右腕から腹になってしまったのだ。これでは悪魔を抑えているのか便意をこらえているのか分からない。
哲朗は真理を考えた。やはり腕を押さえるのがいい。結果、痛むのは破滅の……? あっ、破滅で合ってた。破滅の蝕そのものではなく、破滅の蝕に蝕まれた肉体の右腕、ということで研究が進んだことにした。
無事に便意ポーズから解放された哲朗は、訪れる無限の虚無(インフィニティ・ヴォイド)がもたらす「終焉の滅び」(正確にはこの言葉はダガーで囲まれる。つまり†終焉の滅び†が正しい)との戦いを始めた。破壊の悪魔は名前がややこしいので無限の虚無に飲まれて死んだことにした。
破壊の悪魔と一体化した無限の虚無はやはり破滅の蝕を持つ哲朗の右腕に苦痛をもたらす。更にテストの答案をも虚無へと送り込む始末だ。いや……別に、勉強をサボっていたのではない、これは世界を守るのに必要なだけで……。
そんな有様だから、いよいよ母親が怒ってしまった。これも真理を知る者の宿命である。孤独な戦いは、時にこうして親しい者たちから冷たくあしらわれる……。リビングで向かい合って座り、哲朗は悲しみをぐっとこらえていた。
しかし母親は、あろうことか「真理の書(哲朗が書きためた設定が書かれている、よくあるA4のノート)」を取り出すと、こんなことを言った。
「こんなもの書いてるから成績が下がるのよ!」
「なっ、それは真理の――」
母親が真理の書(ノート)を捲る度、哲朗の右腕以外の場所が痛んだ。
「俺には感情がない……、愛や喜びも俺の前では無力……」
情け容赦のない音読攻撃に、哲朗は叫んだ。彼の真理は閉ざされた。
当然、目が覚めれば自分の行いに莫大な羞恥を覚える。哲朗は正直学校に行きたくなかったが、母親の「カタストロフィエクリプス……」の呟きで即座に家を出た。
教室の扉を開けたとき、哲朗は目を疑った。
クラスの女子も男子も、みんな眼帯をつけたり腕に包帯を巻いていたりして、喉からクックック……と変な笑い声を上げている。「お前も証を持つ者か……」「何ッ!? 永久の嵐(エターナルテンペスト)の生き残りだと!?」というような会話が教室のあちこちから聞こえてくる。
どうやら、昨日の九時から始まったドラマの影響らしい。哲朗の右腕の油性ペン落書きを指摘してきた高橋も、
「大いなる闇の浸食を感じる……これこそが絶対神・ハイパーデウスゴッドの胎動だというのか?」
……なんて有様だった。
何だよハイパーデウスゴッドって。デウスがゴッドだよ。超高橋人間、って言ってるようなモンだぞ。などと考えだしたら最後、哲朗は余計いたたまれなくなった。同時に、母親と違った父親の、何とも言えない……どこか煮え切らないような雰囲気を思い出した。
教室に入ってきた担任は「眼帯は視力が下がるから、つける理由がないならやめておけ」と言った。
クラスの何人かはその言葉に従って素直に眼帯を外したが「これで星の瞳の封印が……」とか言いだした。
哲朗は、決めた。
彼らの下らない日常を守ろう、と。
エターナルテンペストだのハイパーデウスゴッドだの、彼らの世界を壊さないように振る舞おう。
――彼らの目が、冷めるまで。
気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)