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【短編小説】趣味で塔を造る人 ー1話ー

 明け方の森の、湿り気のある冷たさに思わず手を握りしめる。ノアは吐く息を白く染めながら、依頼人に物資を提供した。依頼人の男はニカッと笑うと、物資を慎重に受け取った。男には前歯が1本なかった。
「あんたたちのおかげで、俺の塔はどんどん完成に近づいてる」
 そう言って、男は視線をに向けた。ノアもつられて同じ方を見る。
 そこにあったのは、巨大な塔になる予定の壁であった。

   趣味で塔を作る人

 趣味で塔を作る人の噂は、ノアたちのところにも届いていた。というのも、彼は建設に必要な物資の調達をギルドに依頼するのだ。なんどもなんども同じような依頼を繰り返していたら、そりゃあ顔も割れるというもの。森には危険な魔物もいるので、近隣の村からすればある意味おこぼれにあずかっているとも言える。
「どのくらいの高さになるんですか?」
 ノアは、まだ自分の脛辺りまでしかできあがっていない塔を見つめながら言った。
 塔を作る男――トルンは設計図を引っ張りだしてノアに見せてくれた。
「これが完成図さ。森の木々より少し高いくらいだな。あくまで俺の趣味だから監視塔の役割なんかはないけれど、頑丈に作れば避難所くらいにはなると思うぞ」
 ま、趣味なんだけど。――そう付け加えて、トルンは再び建設作業に戻る。多少は魔術で簡略化してあるとはいえ、ひとりでこれをやるとなると重労働だ。ノアはトルンの作業をしばし見ていたが、彼の魔術はどうやら独自に開発された類らしく、ノアには真似できないものだった。
「そういえば、食事調達はどうなってる?」
 トルンの腹がぐう、と鳴った。
「もうじき来ると思います」
 ノアがそう答えるのと同時に、
「お呼びかな?」
 ラスターが、焼いた鹿肉をたんまり持ってやって来た。ペンダントからは彼の相棒、影の炎――魔物のフォンが這い出て、周囲の様子を窺っている。
「朝から肉とは景気がいいねぇ!」
 トルンは、爽やかな笑い声を上げた。
 ――トルンが塔を作り始めてから、もう五年になる。
 一人でこれだけの規模の塔を建てるとなると十数年はかかることだろう。しかしトルンは「趣味」を理由にのんきに構えていた。このために金を貯めた。あとはのんびりやっていこうと、そんな風に考えていた。
 鹿肉やパンをかじり、時に野草を飲み込み、毎日休むことなく続く塔の建設。月に何度かギルド宛に依頼を出して、近隣の魔物退治や食料調達を依頼する生活。「物好き」と言われたことはあるが、大半の人々は応援してくれた。中には魔術を教えてくれれば手伝うと申し出てくれた者もいたが、強いこだわりがあるトルンはそれを断った。
 狩りから戻ってきたラスターは興味深そうに塔の壁を検分している。
「すごいな、寸分狂わず全部同じ大きさ」
 わはは! とトルンが鹿肉を囓りながら答えた。
「そうだろそうだろ! 見た目の美しさも大事だからな!」
「シノートの灯台だってここまで精密じゃない」
 トルンは、モジモジと照れた。可憐な少女ではなく豪快な大男ではあったものの、愛嬌があって魅力的であった。
「海洋都市の生命線超えとかお兄ちゃん、口が上手いねぇ」
 今度は、ラスターがモジモジと照れた。
「でも、本当に綺麗だ。観光名所になってしまうかも」
「おいおいおい! 二人揃ってお世辞がお上手ですこと! いくら褒めても報酬は増えないぞ!」
「そこをなんとか頼みますよ、旦那」
 ラスターがにやりと笑う。トルンも楽しそうに口元を緩ませた。
「えぇ~?」
 距離を縮めたトルンに、ラスターはニヤニヤ顔のまま告げた。
「冗談」
「そりゃよかった」
 そして、二人はがははと笑った。


 森の奥側には塔の材料となる石の採掘場があり、ここから石材を運搬するのも仕事のうちだ。石材は近隣の村や街の人々も利用するため、採掘場は鉱夫たちでそれなりに賑わっている。
 崖下に伸びる心許ないハシゴではなく、近くに掘られた石の階段を下りながら、ノアは魔力を転がした。
「身体から熱が抜けた感覚があったら教えてね」
 ノアは身体強化の魔術をラスターにかける。ラスターは頬を紅潮させながら「熱が抜けたらどうなるんだ?」と聞いてきた。ノアはちょっと意地悪な笑みを浮かべて答えた。
「石に潰されて人生を終えたくはないでしょ?」
 階段を降りると真っ先に積まれた石材が目に入った。採掘場の管理者に金を渡せば、あとは好きに規定の量の石材を持ち帰れるというシステムだ。トルンから預かった銀貨を採掘場の管理者に手渡すと、管理者はちょっと顔をこわばらせたが、すぐに「おもちかえりくださーい」とやる気のない接客をした。
「そうだなぁ、どうせ死ぬなら美女の顔を見て死にたい」
 ノアは何も言わなかった。代わりに大量の石材をラスターの腕に押しつけた。通常なら耐えられない重さでも、身体強化の術によって作業を容易なものにする。
 ラスターへ石材を押しつけてから、自分の分の石材を担いだノアはふと嫌な視線に気がついた。殺意や憎悪といった強烈な感情……というよりは、粘ついた嫌悪の一種。思わず視線をやると、噂話をしていたらしい男共はさっと顔を背けた。
「…………?」
 ノアは軽い会釈をしてからラスターの後を追った。
「先に行ってくれててもよかったのに」
 健気に自分を待っていてくれたラスターにそう告げると、ラスターは「身体から熱が抜けたらヤバいだろ」と答えた。確かにその通りである。
「ラスターは気づかなかった?」
「何か噂してたな。ヒソヒソ話にしては音量があったから中身筒抜けだったけど」
「あんなにカンコンカンコンうるさい中で全部聞き取れたの?」
「俺、唇読めるもーん」
 ドヤ顔のラスターは「聞きたい?」とノアに尋ねた。ノアが無言で頷くと、ラスターは耳元に唇を寄せる。咄嗟に彼が何をしでかそうとしているのか理解したノアは牽制を入れた。一息で、一気に。
「変に息を吹きかけたら今持ってる石材全部ラスターの頭に乗せるからね」
「…………」
 明らかに不自然な間を置いてから、ラスターは囁いた。
「トルンの塔、あまりよく思われていないみたいだな」
「どうして?」
「さあ?」
 ラスターは肩をすくめた。
 ……よく考えれば、特定の相手に連続して依頼を出せばいい。相手の都合がつかないときだけ他の退治屋に頼むとかすればスムーズだろう。もしかしたら様々な交流関係を築きたいという目的を持つパターンもあるかもしれないが、手伝いの手順を逐一教えなければならない手間を考えるとあまりにも非効率的だ。
 石材の採掘所から戻ってきたトルンは妙にそわそわしていた。意味も無く道具を取り落としたり、ノアに声をかけられて悲鳴を上げたりした。その度に「大丈夫大丈夫」と言って何事もなかったかのように振る舞った。それでも紅茶をこぼすとか石材に足を取られて躓くとかして、まったくごまかせていなかったのだが。
 どのみち、噂話の理由を知るのに時間はさほどかからなかった。


To be continued


気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)