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【短編小説】様子のおかしい住人たち -3話-

こちらの続きです

「よく似合っていますよ、お二人とも」
「はははー」
 ナタリアの褒め言葉を適当に流したラスターだが、ノアがノーリアクションなのが気になった。精神的にすさまじいダメージを食らっているのは彼も同じなのである。
「では、早速エタラブ地区へと行きましょうか……」
 ナタリアはそう言って、地区の入口を見据えた。ラスターはあくびをしているが、ノアは眉をひそめた。
 いつもはにぎわっているはずの地区は妙にひっそりしている。なんとなく覇気がないというか、枯れてしまっている印象だ。
「ああ、可哀想に……」
 ナタリアは涙をこらえている様子であったが、すぐに気を取り直した。
「さあ、私たちの出番です。ルーツの皆様に勇気と希望を与えましょう」
「はいっ!」
 支持者が元気な返事をするが、ノアは変わり果てた地区に混乱が止まらなかった。
「地区はいつもこうなのですか?」
 ノアの問いに、ナタリアはふん、と鼻を鳴らした。
「あなた方は本当にルーツに対する興味がないのですね。私たちが来るときはいつもこうです。魔術師に迫害された彼らはこうしてひっそりと暮らさざるを得ないのです」
 ノアは笑いそうになっているラスターの足を踏む準備をしながら、ナタリアの言葉を聞いていた。
「見てください。商業都市アルシュのメインストリートに比べて、この閑散としたエタラブ地区の現状を……」
「ナタリア様……」
 気が付くと、支持者が何人か泣いていた。宗教みたいだな、とノアは思った。
「さあ、気を引き締めていきますよ。まずはホームレスのルーツを援助します」
 ナタリアは血気盛んな勢いで地区へ足を踏み入れようとするも、地区入り口近くにそのホームレスとやらはいた。
「コッ……!」
 ラスターはノアの口をふさいだ。ナタリアが慈悲の笑みを浮かべながら歩み寄った先にいるのはどこからどう見てもコバルトとアングイスだ。
「おや、また来てくれたのかい」
 コバルト――否、ホームレスは喉をグウグウ鳴らしながらナタリアを見上げた。
「ええ。久しぶりに慰問に来ました。困っていることはありませんか?」
「事業を始めようと思ったんだが、俺みたいなはみだし者には無理だなって思い知ったよ」
 コバルトの演技力にノアは目を見張った。視線の動き、手先の震え。貧しい者の雰囲気を見事に再現する彼の演技に、ノアは「これはコバルトによく似た別人なのでは?」と思ったぐらいである。アングイスは体を震わせて、コバルトの腕の中にいた。顔を見なくてもわかる。コバルトの演技に笑いをこらえているのだ。
「いいえ、いいえ。そんなことはありません。事業が無理でも働くことは?」
「屑鉄を集めたりしているが、昨日は飯抜きだったね」
「まぁ……!」
「娘を見てくれ、ずっと震えっぱな――」
 順調に演技をぶちかましていたコバルトのセリフが途切れる。ナタリアの支持者の中に無理やりねじ込まれたノアとラスターを見つけた彼は、変な形相をしてそのままうつむいた。
「っ、どうされました!? 大丈夫ですか!?」
 ナタリアと同じ疑問を持ったノアは、彼女と違って即座に気が付いた。服だ。コバルトはノアとラスターがあのピンク地ヒョウ柄ダサTシャツを着用している姿で不意打ちを食らって笑ってしまったのだ。もともとよく笑うタイプのコバルトに不意打ちの「ダサTシャツ装備ナナシノ魔物退治屋」は刺激が強かったらしい。コバルトはともかく、自身の感情表現に正直なアングイスがこれを見てしまったらもう一巻の終わりである。コバルトもそれを分かっているらしい。アングイスがノアたちを見ないように手の位置を変えている。
「だッ、大丈夫、大丈夫だ……」
 どう考えても笑いをこらえているようにしか聞こえないコバルトのセリフだが、ナタリアには彼が涙をこらえているように映っているらしい。もらい泣き(実際は誰からも何ももらってないのだが)を始めたナタリアは、「娘さんを病院に連れていってあげてくださいね」と言って、銀貨の入った袋を差し出した。あれはちょうど銀貨百枚が入っている大きさのはずだ。
 しかしコバルトはしたたかだ。演技のお代に銀貨百枚は足りないらしい。
「ああ、これで娘は大丈夫だ。俺の食費を削れば、薬だってもらえる」
 ナタリアは慈愛のほほえみを携えながら「これはあなたと娘さんの食費よ」と言って、追加で銀貨の袋を二つ差し出した。銀貨三百枚。地方都市の安い賃貸物件一か月分の家賃に相当する額である。
「ねぇ、ラスター」
「何?」
「この茶番、いつまで続くのかな」
「……辛辣ぅ」
 コバルトはうつむきながら(ノアたちを視界にいれないためだ)ナタリアの手を取って、「ありがとう」と繰り返していた。
 ナタリアはさっさと地区の中へ足を踏み入れ、支持者は我先にとナタリアに続く。ノアとラスターも慌てて彼女たちの後を追った。一応、護衛任務中の身だ。ナタリアの安全を守るのが二人の仕事である。
 ナタリアは様々な人々に声をかけて、銀貨の袋を配って歩いていた。どの住民も「ありがとう、これなら今日は野良猫を一匹捕まえるだけで済むよ」だの「安いパンを大事に食べれば生き延びられる」だの、言葉巧みに「銀貨百枚じゃ足りねぇからもっとよこせ」と伝えて、ナタリアから銀貨の袋を受け取っていた。どの住民もナタリアの言っていた通りに「哀れで」「みすぼらしく」「かわいそうな」様子であった。
 地区をおおよそ一周したナタリアは、晴れ晴れとした様子である。支持者の一人が「お疲れ様でした、ナタリア様」と言って差し出したのもピンク地にヒョウ柄のタオルであった。他のメンバーは路地の一角にテントを設営し、炊き出しの準備を始めていた。あらかじめ作ってあった大量のシチューを鍋で丁寧に温めている。
「お二人もよかったら、どうぞ」
 そう言われて差し出されたシチューは、お世辞にも旨いとはいえなかった。まず、味がしない。塩気がない。野菜の食べられる箇所を片っ端からぶち込んだ、と言わんばかりの具。火の通っていないにんじんが素晴らしい存在感を示す。
「野菜本来の味がして、いいですね」
 感情のない声でラスターはそんなことを言った。ノアは黙々と具材のブロッコリーの芯をゴリゴリ咀嚼している。
「ええ。エタラブ地区の人々はどうしても健康的な食事が難しいので、野菜多めのシチューをこうして炊き出してますの」
 これ、支持者信者の連中も旨いって思うんだろうか……。ラスターはそんなことを思いながら、味のないシチューを飲み干した。
「おいしいですね?」
 試しに近くにいた支持者に話しかける。ついつい語尾が上がって本音が漏れてしまったが、支持者は気づかなかったようだ。支持者はゆっくりと頷いた。何かを噛みしめるように(実際、にんじんか何かをかみ砕く音がした)して。
「ええ。おいしいです。母のシチューの味がします」
 ……どうやらこの支持者の母親は、相当なメシマズだったようだ。
 炊き出しが始まると、地区の人々が行列を作り始めた。列の中にはコバルトもいたが、アングイスはいないようだ。
「一列に並んでくださいね。おかわりもありますから、遠慮なさらないで」
 ナタリアは幸せそうな様子で味のないシチューを配っている。コバルトの番になったとき、彼はにやりと笑いながらナタリアに話しかけた。
「そこの男性二人をちょっとお借りしてもいいかな?」
 ノアとラスターは顔を見合わせた。
「力仕事を頼みたいんだ、ダメなら仕方ないが……」
 ノアはナタリアの様子をうかがった。彼女は肩を震わせ――そして、振り向いた。
「ノアさん、ラスターさん!」
 歓喜に震える彼女のことを、ノアは恐ろしいと思った。
「こちらのルーツの方が、あなた方をご指名です。ルーツの人の幸せのために、協力してあげてください」
「はいっ! わかりましたっ! すぐ伺います!」
 露骨にウッキウキのラスターがスキップを繰り出すのではないかという勢いで、コバルトの手を握りながら歩き始める。というかスキップをしている。苛立ったコバルトがラスターの手を振りほどこうとしているのが分かる。ノアはラスターの足を踏みつけてやりたかったが、ラスターもそれを予期していたのだろう。あっさり回避されてしまった。

 酒場・髑髏の円舞ワルツ――。
 ノアとラスターはまず、鶏肉の焼ける匂いを嗅いだ。
「ここでシチューをアレンジしているのさ」
 コバルトは喉をグウグウ鳴らし、巨大な鍋を指し示した。
 アングイスが手際よく料理をこなしている。フライパンで鶏肉を炒めて、巨大な鍋でシチューを温めている。塩をドバドバ入れて、肉も追加。一般的な定義による「シチュー」が作られていく。次から次へと地区の住民がやってきて、鍋にシチューをぶち込んでいる。
「おっ! ノア、ラスター! オマエたちも来……」
 嬉しそうに声をかけてきたアングイスの手から、木べらが落ちた。

To be continued


気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)