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【短編小説】様子のおかしい住人たち -2話-

こちらの続きです

 護衛日は明後日。残された時間は少なすぎたが、二人は即座に動いた。
 まず、地区改めエタラブ地区に出向き、必死になってコバルトを探す。いつもなら高確率で酒場・髑髏の円舞ワルツにいるのに今日に限ってどこにもいない。必死の形相の二人にアングイスは目を丸くしていたが、今の二人に彼女を構う余裕はない。
「ラスターが動くわけにはいかないの?」
「ここの情報操作ならあいつの方が格段に速い。それにこの危機はコバルトの耳に入れる必要があるし……」
「でも本人がどこにもいないんじゃ……」
「絶対に居る」
 酒場のゴミ箱を漁りながらラスターは「ここにもいない」と言ってのける。そこにはどう考えてもいないと思う、とノアが意見しようとしたそのとき、腐った生ごみの臭いが強烈に鼻腔をぶん殴ってくる。ノアは思わず倒れそうになった。
「くそっ、コバルト……! どこにいるんだ! もう野良犬の餌にでもなっちまったのか……! いいやつだったよ!」
 ラスターがニンジンの切れ端のような何かを道に投げたとき、二人の耳元に大きなため息が聞こえた。
「……お前さんたち、俺を一体なんだと思っているんだい」
 その人影は喉をグウグウ鳴らし、あきれ顔で二人を見つめていた。
「コバルト!」
 半べそをかきそうになりながら、二人はコバルトに抱き着こうとした。が、ノアはともかく、ラスターは生ごみまみれだったのでコバルトはひょいとノアの体を盾にした。
「全く、大の大人が人ひとり探すのに一体なにをしてるんだか」
「コバルト、お願いがあるんだ。割と冗談抜きで」
「へぇ。できればナタリア関連じゃないことを祈っているが」
  意地の悪い笑みを浮かべるコバルトに、ノアは苦笑した。耳が早い。
「その祈りには応えられそうにないかな」
「そりゃ残念だ」コバルトは喉をグウグウ鳴らした。
「それで、何を知りたいんだい」
「知りたいんじゃない、情報操作を頼みたい」
 バナナの皮らしきものをゴミ箱に投げ入れながら、ラスターは真剣な面持ちで口を動かす。……頭にトマトのヘタらしきものがついていなければかっこよかっただろうに。
「今度この地区にナタリアが来るけれど、ナナシノ魔物退治屋はまーったく関係してませんってことを伝えてくれ。割とマジで」
 頭にへばりつくトマトのヘタに気づいたラスターは、それを地面に捨てながらまくし立てた。コバルトは「はーん」と全てを理解した反応を示した。
「お前さんたち、強制的に護衛依頼を受けることになったんだな? いつの枠だ?」
「明後日」ラスターの口調はかなり急いていた。たたみかけるようにして言葉がつむがれていく。
「俺たちはアンヒューム差別主義者だから直々にスカウト食らったのさ」
「よく言うよ」コバルトは喉をグウグウ鳴らした。
「ともかく、俺たちにはアンヒュームを差別する意図なんてないのと、あいつの思想に共感したわけではないってことを広めてほしいんだ」
「あの女が自分の主張を無理矢理ねじ込んで、いろんなギルド登録陣営に護衛を頼んでるのなんざみんな知ってるよ」
「はぁ、さすがエタラブ地区」
 ラスターがほっとする一方、コバルトは思いっきり顔をしかめた。
「待て。おい。なんだそのダサすぎる地区名は」
「ナタリアが地区につけた名前だよ」
 即座に答えたノアに、コバルトは喉を一度だけ「ぐう」と鳴らした。
「聞きたくないが、一応聞いておこうか」苦虫を五十匹くらい噛みつぶしたような顔でコバルトは問いかけた。
「そのエタラブ地区って名前は、何が由来なんだい」
永久の愛エターナル・ラブの略で『エタラブ』」
 手でハートを作りながら答えたラスターに、コバルトは思いっきり狼狽えた。
「まぁ……前回の『ハピホリ』地区より……いや、どっこいか?」
「ダッサ! 何ハピホリって、何の略?」
幸福中毒ハッピー・ホリックの略だよ」
 コバルトが喉をぐうぐう鳴らす傍で、ラスターはゲラゲラ笑っていた。
「何だよハッピーホリックって、ここにいるのはせいぜい薬物中毒者ぐらいでは?」
「ラスター、それはいくらなんでも失礼だよ」
「そうだぞ、ラスター。忘れられたアル中が泣いてるぞ」
 ノアが思いっきりコバルトの方を向いたが、コバルトはどこ吹く風であった。だが、思い出したかのようにして口を開いた。
「ところでノア」
「何?」
 本心から疑問をぶつけてきた彼に、コバルトは少し呆れていた。
「お前さん、いつまで俺にしがみついてるつもりなんだい?」


 護衛当日。
 コバルトは、あの後「準備がある」と言ってどこかへ向かって以降姿を見せなかった。ノアは詳細を知らないが、ラスターは何があるのかを分かっているらしい。
「面白いものが見れると思う」
「本当に?」
 ナタリアに押しつけられた「ルーツ人権擁護団体」のバッジを弄びながら、ラスターは頷いた。ピンク地にヒョウ柄をプリントした超絶なダサさに気が狂いそうになる。本人曰く、力強いヒョウと愛を示すピンク色をあしらったデザインらしいが……もっと他にやりようはあるだろう。
「これ、つけなくてもいいって言ってたよな?」
「ナタリアは襟につけていたね」
 待ち合わせ場所に指定されたナタリアの事務所には例のピンク地ヒョウ柄Tシャツを着た人々が集っている。前面には赤いハートと気味の悪い虎(ラスターが「そこはヒョウだろ」とツッコんでいた)のイラストがでかでかと印刷されている。
 おそらく彼女の思想に共感した支持者だろう。そうでなけれは、あんな罰ゲームのようなTシャツを好き好んで着るわけがない。
「ナナシノ魔物退治屋の方ですね!」
 朗らかな声で話しかけてきた少女も、やはりピンク地にヒョウ柄のダサTシャツを着用していた。しかしノアもラスターもそこに意識はいかなかった。彼女の手には、彼女が着用するTシャツと同じ柄の布がある。
「こちら、お二人のTシャツ・・・・・・・・です」
 ふたりは、顔を見合わせた。
 支持者が、「ここで着替えろ」と言わんばかりに更衣室を示している……。

「嫌だ! 絶対に嫌だ!」
 とりあえず大人しく入室したふたりだったが、Tシャツを広げたラスターは嫌悪感を隠す素振りもせず、それどころか地べたに転がってイヤイヤをする。ノアはかつての弟妹たちを思い出して懐かしくなった。
「こんなクソダサTシャツ着るくらいなら、全裸で街を歩く方がマシだ!」
「普段着での活動は許されてないのかな……? すみませーん」
 部屋の窓を開けて、ノアは近くに居た支持者に声をかける。
「護衛任務に支障が出るので、できれば普段着で活動したいのですが」
「大丈夫ですよ!」
 朗らかに応えてくれた支持者に、ノアはほっと息をついた。「ありがとうございます、それでは普段着で……」と言う前に、支持者は続けて絶望を言い放った。
「このTシャツは伸縮性に富んだ生地を使用していて、水に濡れても乾きやすい素材なんです! 汚れもすぐに落ちますし、ルーツの支援活動にぴったりの服になっているんです。ですから、普段着よりも活動しやすいはずですよ! さあ、ナタリア様が来る前に急いで着替えてくださいね!」
 そう言って支持者の女は、ぱたぱたと走り去ってしまった。
「…………」
 耳のいいラスターには今のやりとりが聞こえているだろう。窓を閉めてから振り向くと、ラスターは何かを書く素振りをしていた。
「何してるの?」
「遺書書いてるの。親愛なるお父様。お母様。兄上。妹君。ペットのインコちゃん。ラスターは一生懸命頑張りました。でもクソダサピンクヒョウ柄クソTシャツからは逃れられませんでした。死んであの世に逃げます……って」
「ラスター」
 ノアは、そんなラスターの手を握った。
「ノア……」
「俺も着るから、腹をくくろう」
「え」
 ノアが詠唱省略で発動させた魔術は、ラスターの動きを封じる類いのものだった。
「嫌だぁああああ! 死にたくない、死にたくない!!」
「ほらバンザイして! 脱ぐよ!」
 といいつつ、ノアは着せ替え人形のようにしてラスターの腕を動かし、無理矢理服を脱がしている。
「あ、そういうのずるい! そうやって俺のこと好きにするなんて! 順序ってものが……ひゃっ……」
「ヘンな声出さない」
 おふざけにピシャリと冷静な牽制を入れたところで、ラスターの口は回る回る。
「待って優しくしてほんとちょっと待ってまだ心の準備が色々な意味でできていないんですけど……おま、ほん、ちょ、ラスターちゃんの純粋なオトメゴコロをもてあそぶなんてノアくんサイテー!」
「正直、弟の着替えを手伝ってたときの事を思い出してる」
「俺あんたの弟さんと同列なモガモゴボガ……」
 ダサTシャツに袖が通り、首をすっぽりねじ込む羽目になる。ラスターは腹の辺りで布が張る感触を覚えた。ノアが裾を引っ張っているのだ。
「よし、できた!」
 手際よく着替えを終わらせたノアは、そのまま自分の着替えに移る。流石にダサTシャツを前にして一瞬怯んだものの、ラスターに着せておいて自分は無理ですと逃げるわけにもいかない。やけっぱちというコトバが相応しい勢いで着替え終えたノアは、諦めの感情をため息にした。
「ノア」
 そんな彼を、ラスターは優しい声で呼んだ。
「何?」
 バンザイのまま、固定されたポーズで彼は言う。
「魔術、解除してくれ……」
 ……見方によっては泣きそうな様子のラスターであった。


To be continued



気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)