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【短編小説】様子のおかしい住人たち -1話-

 ナタリア・ヨーカー氏講演!
 テーマ:これからの社会に充てて~ルーツの方々との歩み~

 ……等と書かれた紙がラスターの手の中で綺麗に折られて、お見事な鳥の形になった。ギルドの応接室で目をキラキラさせる女がそのナタリアとやらである。この胡散臭い講演は先日実際にあったイベントで、当然ながらノアもラスターも参加していない。
「私たちに護衛依頼をしてほしいとお聞きしましたが」
「はい。私は魔術師でもありますが、同時にルーツの人権擁護活動をしています」
 彼女の発言にラスターは思わず舌を噛んだ。そうでもしないと笑いを堪えることができなかったからだ。
 ルーツ――通常、アンヒュームと呼ばれる事が多いが、「魔力を持たない者」を指し示す用語である。魔術師中心で構成された社会において、彼らは迫害されてきた。そういった背景があるので、人権擁護活動家が出てくるのはおかしい話ではない。ただ、それにも種類というものがある。
「アンヒュームの人権擁護活動ねぇ」
 ラスターがそう反応した瞬間、ナタリアの顔は一気に赤くなった。ノアが警戒するよりも先に、彼女は手元のカップをひっくり返す勢いでラスターに怒鳴る。
「ルーツ!」
 テーブルを叩きながら勢い良く立ち上がった彼女に、さすがのラスターも仰け反るほど驚いていた。ノアに関しては反応がなかったが、これは動じていないわけではなく、驚きすぎて声も出なかったというだけの話である。
 ナタリアは瞳孔をこれでもかと開き、ラスターをただただ見つめている。
「魔力のない人のことをそのように呼ぶのは差別的です」
 体を震わせて怒るナタリアにラスターは笑いそうになった。多分コバルトなら笑い転げている。
「その無意識の差別がどれだけルーツの人を傷つけているのか、分からないのですか?」
 ラスター脳内のコバルトが確実に笑い転げた。もうおしまいだ。色々な意味で。
 ……これは良くない方の活動家だ。魔力のない者を助けるためではなくて、魔力のない者を助ける自分に酔うために動くパターン。
「えっと、すみません」
 舌のふちを噛みながら謝罪するラスターに、ノアの心配の目が向けられる。付き合いの長い彼はラスターが今何と戦っているかを分かっているはずだ。
 ナタリアはゆっくりと息を吐いた。私は怒りを抑えていますというアピールだ。
「ルーツの方々をアンヒュームと……」ナタリアは忌まわしい言葉を口にしたといわんばかりに、震える手で口元を抑えた。
「そのように呼ぶのは、『私は差別主義者です』と自己紹介しているようなものですよ」
「はぁ……」
「話を戻しますが、私はこれから、エタラブ地区を慰問しようと思います」
「エタラブ地区?」ノアが聞き返すと、ナタリアは意気揚々と答えた。
「ルーツの方々が暮らす場所には名前がつけられなかったでしょう? 私がつけてさしあげましたの。地区だと味気ないですから」
 おそらく、というか確実に浸透はしていないだろう。それこそ「ルーツ」という呼び名よりもはるかになじみがない。
「エタラブ地区……というのは、名前の由来か何かがあるんですか?」
 ナタリアはいよいよ目をギラギラさせて、興奮に鼻の穴を拡大させた。
永久の愛エターナル・ラブの略で『エタラブ』です」
「ダッ……!」
 ノアは慌ててラスターの足を思いっきり踏みつけた。ここで「ダサい」なんて言ってしまえば目の前の女が何をしでかすか分からない。ラスターは体をビクンと跳ねさせて何も言わずに済んだ。ナタリアはラスターを冷ややかな目で見たが、それだけだった。彼が何と言おうとしたのかは彼女には聞き取れなかったらしい。
「ともかく、私は明後日にエタラブ地区を慰問する予定でして、お二方には護衛をお願いしたいのです」
「護衛ですか?」
「ええ。残念ながら、ルーツの人々の中には私のことを敵とみなしている方がいらっしゃいます」
「そ……!」
 ノアは、再びラスターの足を思いっきり踏みつけた。ここで「そりゃそうでしょうねぇ」なんて言わせるわけにはいかない。ナタリアの冷ややかな目は再びラスターに向けられたが、やはりラスターが何と言おうとしたのかは理解できなかったようだ。
「…………」
 ノアは沈黙してしまった。この依頼にあまり乗り気ではない、というのが正直なところだ。ナタリアの態度に思うところがある。というより、思うところしかない。ナタリアは渋るノアの態度に少しいら立ちを見せた。
「何か気に入らないところがありますか?」
 ラスターは思わず「あんたのアンヒュームに対する姿勢」と言いそうになったが、足を踏まれたくなかったので黙った。
「気に入らない、と言いますか……引っかかるところがありまして、」
 沈黙を悪手だととらえたノアはうまく言葉を紡ごうとした。しかしこちらも悪手だったようである。何をどう勘違いしたのかナタリアの顔は一気に赤くなった。
「お二人はルーツの方々のことをかわいそうだと思わないのですか? ずっと迫害され、時に虐殺され、魔術師社会の犠牲になってきた彼らの悲しみを、あなたがたは……」
 ナタリアは上着のポケットからハンカチを取り出して、目元を抑えた。その一瞬の隙をついたラスターはテーブルに突っ伏して笑いをこらえていたが、ノアがつま先でラスターの足をつついたらすぐに姿勢を正した。
「あなたがたは、まったく理解できていないのですね」
 嗚咽をこらえるナタリアに、ラスターは自分の頬をつねる。一方のノアは彼女へ何と声をかければよいのかが分からない。
「私が言いたいのはそういうことではなくて……」と彼女の誤解をなんとか解こうとしたところで、ナタリアの耳には届いていないようだった。
「こうなったら、私はあえてあなたがたに護衛依頼を出します」
「え?」
 ……ノアとラスターの声は見事に重なった。ナタリアは強く脆い使命感を瞳に宿し、アンヒューム差別主義者を相手取るかのような振る舞いで高らかに宣言した。
「私の護衛という仕事を通じて、あなた方のルーツに対する差別意識をなくしてみせます。まさに一石二鳥」
「えっと……一応聞きますが、もしも私たちがこの依頼を断ったとしたら、どうするのですか?」
「そのときは、『ナナシノ魔物退治屋はルーツに対する差別意識が高い、極悪非道の魔物退治屋』という事実を広めるまでです」
「最悪だ……」
 幸いにもノアの呟きはナタリアには聞こえなかったようだが、ラスターの耳にはばっちり届いていたようだ。猛烈な勢いでこちらに顔を向けてきたラスターの足を、ノアは思いっきり踏みつけた。
 正直、八つ当たりである。


To be continued


気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)