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【短編小説】人の見た目がこの世の全て なんて言葉があるけど悪いやつがそれを逆手に取るので中身もなんやかんや重要 第一話

こちらの続きです。


 商業都市アルシュには地区と紛れるようにして歓楽街がある。いわゆる「夜の店」というものが多数並ぶそこで、二人は例の女性を助けたのだという。近くを歩いていた時に悲鳴が聞こえ、ヒョウガが思わず飛び込んだというのだ。
 女性は「お礼に」と二人を食事に誘ったが、コガラシマルはもともと食事を必要とはしない。ヒョウガとの付き合いで食物を口にすることはあれど、それが生命維持のために必要な行為というわけではないのだ。とはいえ、女性が「どうしても」というので、二人は仕方なく食事に付き合った。そこから二人は急激に距離を縮め(このあたりの説明をするコガラシマルの魔力が異常な挙動を見せたので、ノアが魔力を操作する羽目になっていた)、なんだか仲良くなっていたのだという。
 徐々に暗雲が垂れ込めていく。嫌な予感がする。笑いながら首を突っ込んだ己の浅はかさをラスターは呪う。しかし時すでに遅し。女の正体を調べて報告しなければならない。
 だが、ヒョウガは結構な人間不信だ。女が本当に金に困っていて、ヒョウガがそれを見かねただけかもしれない。そう信じたい。信じたいが問題はコガラシマルである。フロルとヒョウガが仲良くしていても全く嫉妬を見せなかった彼が、あれだけ警戒を強めて嫉妬心を見せている時点ですでにすべてが怪しい。これも本人曰く「嫉妬などしておらぬ!」とのことだが、外野から見ているとどう見ても嫉妬だ。
 歓楽街に足を踏み入れると、例の女はすぐに見つかった。傍にヒョウガがいるのですぐに分かった。二人は手近な飲食店に入っていく。ラスターは外から二人の動向を伺う。窓際の席だ。
 ラスターも自然に店に入る。二人の席の近くを何とか陣取った。気づかれていない。それもそうだ。こういうのはラスターの得意分野である。
 改めて、二人を観察する。
 露出の多い服はこの辺りでは珍しくもなんともない。大胆に胸元を空けたドレスはラスターの趣味ではなかったが、ここいらの常連にはウケがいいのだろう。女は金色の髪をなびかせて、ヒョウガに寄りかかっている。一方でヒョウガは鼻の下を伸ばすでもなく「大丈夫か?」と素直に心配していた。
 ラスターは天を仰いだ。終わった。この界隈のことを知っているからこそ言える。終わった。
「あなたのおかげで、父さんの借金をかなり返済できたわ、でも……」
 女の目が潤む。
「私、もうダメかもしれない」
「また借金取りに何か言われたのか?」
「母さんも借金をしていたみたいなの」
 そんなやりとりを、ラスターは二人にばれないように聞いていた。心に隙間風がしみる。女がさめざめと泣き始めた。泣きたいのはこっちだ。
「いくら?」
「銀貨二万枚」
 時が止まる。ヒョウガの息が詰まる。ラスターは気を失いそうになった。
「あなたのおかげで父さんの借金は返済できそうなのに、母さんまで……私、もうあなたに迷惑かけられない。ただでさえいっぱい立て替えてくれたのに」
 ラスターの豊かな想像力が、この場にいない精霊の姿を描く。商業都市アルシュが冬に閉ざされる挙句、なんかすごい罵詈雑言を吐きながら女を斬殺する――容易だ。
 女がさめざめと泣いている。さすがのヒョウガもうろたえている。銀貨二万枚。賢者の塔の新人魔術師の年収がそのくらいだった気がする。それをすぐに用意しなければならないのだ。どう逆立ちしても無理な話だろう。
「お、オレ、まだ頑張るよ!」
 だというのにこの健気で愚かな少年は希望を見ている。ラスターは泣きそうになった。ヒョウガがかわいそうだからというわけではない。これをあのポンコツ精霊にどうやって説明しろというのか。説明した瞬間どうなるか分かる。絶対に刀を抜く。
 ラスターはさめざめと泣いた。近くの席にいた客が気味の悪いものを見るときの視線を投げてくるが、構わずさめざめと泣いた。
 二人が席を立つ。ヒョウガは早速彼女に貢ぐための依頼を受けに行ったらしい。ひとまずラスターは女の情報を拾いに地区へと向かった。すでに写真は用意してある。
「コバルト!」
 酒場・髑髏の円舞ワルツへ足を踏み入れたラスターは速攻で鼻をふさぐ羽目になった。
「最悪なタイミングで来たね」
 コバルトの鼻には洗濯ばさみがくっついている。厨房を見ると、店のマスターが創作料理の真っただ中。
「悪魔でも召喚するのか?」
「さあね。……それより、何か用か? 手短に終わらせないとお前さんもあの料理の餌食になるぞ」
「こいつ、知ってる?」
 ラスターは店主の死角に陣取り、コバルトに写真を見せた。
「ああ、こいつか。ドゥーム派の幹部のお気に入りの女だ」
 ラスターは倒れそうになった。ドゥーム派の幹部のお気に入り……つまり地区の反魔術師の過激派幹部のお気に入り。なにもかも終わりだ。
「最近男遊びが激しくなったらしいな。なんでも『親の借金を返済しないとならない』とかなんとか言って、アマテラス人の子供からたんまり巻き上げてるみたいだが」
 コバルトの視線がラスターに向く。ラスターは死んだ魚の目……どころか死んだ魚の顔をしていた。
「なるほどね」
 意地の悪い笑みを浮かべたコバルトは、女の写真をつつきながらラスターに言う。
「こいつのカモが、お前さんの関係者と」
「はい」
 先手を打って返事をしておいた。コバルトが喉をぐうぐう鳴らした。
「俺からすれば、あんな手垢のついた作り話に騙される方も騙される方だと思うがね」
「ぐう」
「ぐうの音は出るのか」
 コバルトの視線が厨房に向いた。ところどころ黒くなっている玉ねぎを目の前にして、店主が何か考えている。
「で、俺はこいつのことあんまり知らないんだけど」
「男遊び大好きで、適当なカモをひっかけては金を巻き上げて、それを全部男に貢いでるようなヤツのことなんざ俺も知らん」
 ラスターは気を失いそうになった。薄々気づいていたというかどうせそんなことだろうなとは思っていたが、いざ真実を目の当たりにするとむなしくなる。
「最近見つけた獲物は本当にいいカモらしいね。お気に入りの男に金の時計をプレゼントしてるところを見たやつがいるくらいだ」
「…………」
「ラスター、何があった? 知り合いが餌食になったくらいでやたら凹みすぎじゃないか?」
 鼻の洗濯ばさみの位置を調整しながらコバルトが尋ねてくる。ラスターは気を失いかけながら事情を説明すると、コバルトは腹を抱えて笑い出した。
「今のご時世そんなバカ正直なカモがいるとは思わなかった!」
「笑いごとじゃねぇんだよ! 聞いてなかったのか? そのカモは精霊との契約者だ!」
「精霊と契約していたら何か問題なのか?」
「めっちゃ強くてめっちゃ過保護なんだよ。村一つ冬に閉ざすくらい余裕だった」
 コバルトの笑みがだんだん曇ってくる。
「……プレメ村か?」
 真顔の問いに、ラスターは素直に答えた。
「プレメ村」
「もし、その精霊が暴れたらどうなるんだ?」
「俺の予想だけど、地区含めて商業都市アルシュが極寒の冬に閉ざされて、あの女は斬殺される」
「冬になる部分を差し引けばむしろ万々歳じゃないか?」
「なわけねーだろ」
 その「冬になる」部分が大問題なのだ。プレメ村の積雪記録を大幅に更新した挙句、作物の大半をダメにした。キュローナ村の一件だって結果的にいい方向に進んだだけであって、「湖に冬の魔力を溶かして流域の植物を枯らす」という事例は文字だけ見れば大問題だ。それに例年の冬より何倍も強い冬が訪れたとき、貧困層から凍死者が出るのは目に見えている。
「俺も詳しくないからなんともだけどな、アレはヤバい。マジで。そもそも地区としても余計な火種はない方がいいだろ」
「ノアはどうしてるんだ? あれの説得があればさっさと手を引きそうなもんだが」
「そのバカタレ過保護精霊を抑えるのに手いっぱいなんだよな」
「…………」
 コバルトがいよいよ頭を抱え始めた。
「だからそのカモを傷つけることなく、やさしく、お勉強させた上で穏便に終わらせたいんだって」
「その女をお前さんが暗殺すれば早いんじゃないか?」
 ラスターはカウンターを殴りそうになった。
 こいつもあの精霊と同じだ。変なところで良識のネジがぶっ飛んでいるせいで思いつくものが物騒オンパレードすぎる。
「うん、それが一番だ。それなら地区が冬に閉ざされる心配もない」
 ラスターは泣きそうになった。相談する相手を間違えた。それだけならまだいい。厨房の方から「できた!」という死刑宣告まで飛んできたので、ラスターは命からがら新作料理の試食から逃げ出す羽目になったのだ。
 ヒョウガに真実を伝えたうえで、コガラシマルを抑えてもらう方が早いかもしれない。ただ精神的なダメージを受けた際、魔力操作に影響が出るというのは有名すぎる話だ。ノアのサポートがあったとしても、まず「傷ついた主」を見た時点であの精霊は激昂するに決まっている。
 気が付けばギルドの前に来ていた。ラスターの頭が急に働く。
 ――路銀に手を付けるほどではない故、今のところは問題ない。
 コガラシマルの言葉を思い出す。路銀に手を付けない、ということは、すでに金をどこからか調達しているということだ。ラスターはギルドに飛び込み、書類の処理真っただ中のシノに告げた。
「ウチの依頼受注履歴ってある?」
 シノの目が光る。猛禽のごとく光る。
「そのことについてお話があります」





気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)