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【短編小説】人の見た目がこの世の全て なんて言葉があるけど悪いやつがそれを逆手に取るので中身もなんやかんや重要 第ニ話

 こちらの続きです


「何?」
 地雷を踏んだかもしれない、というラスターの勘は正しかった。シノがラスターの目の前に紙の束を置く。
「あなたたちの新入りくんがね、これだけのクレームをもらっています」
「くれーむ」
「新人教育はちゃんとしてもらわないと困るのよ」
 ラスターはざっと中身に目を通した。

 ゴブリン退治をお願いしました。迅速な対応で大変助かったのですが、ただのゴブリン退治にしては随分とケガをしていました。今までこんなことがなかったので心配です。きちんと教育をしてあげないとかわいそうです。

 仕事は早かった。逆に言えばそれまでである。一日しないうちに別のゴブリンが来たのかと思って調べたところ、どうやら倒し切れていなかったらしい。詐欺。金返せ。

 緊急案件だったのですぐに受けてもらえて助かりました。しかし仕事は雑の極みで、ゴブリンの住処となった洞窟の近くにあった畑は傷つけないでくださいねと言ったのに実際は氷漬けでした。信じられません。どうしてこんなに雑なのですか?


 こんなクレームが数十件。ラスターは気を失いそうになった。泣きそうにもなった。ヒョウガは危険な依頼をこなすことはしないが、簡単な依頼を片っ端から受注し回転率を上げて金を稼いでいるらしい。だから無茶もするし雑だし畑も守らないし(以下省略)ということである。日付はここ一、ニ週間で固まっている。つまりニ週間で数十件のゴブリン退治をこなしているということだ。依頼は一日一件まで、が魔物退治屋の基本である。一日に複数の依頼をこなしては心身に疲労がたまり、いらないところでミスが生じて命とり……ということだってありうる。
 こうなるとあの温厚大魔神のノアですら流石に怒る案件になってしまう。地獄すぎる。この世で一番怖いのは、拷問の際に爪をはがされることではなくノアが怒ることだ。
「どうすればいい?」
「本人か責任者が報告書を書いてちょうだい」
 責任者というのは魔物退治屋の代表……つまり、ノアということになる。
「これ、全部?」
「当たり前でしょ」
 シノが呆れたようにして吐き捨てた。ラスターは限界だった。ノアが怒り、ヒョウガが傷つき、あの過保護ポンコツ精霊が都市を冬に閉ざす。最悪すぎる。
「もう俺には荷が重いよママ」
「誰がママよ」
 シノが冷たい。ラスターは「ママーッ!」と既成事実を作ろうとした。だが、シノは徹底的に塩対応である。
「その『ママ』っていうのやめてもらえる?」
「もう俺は気分が赤ちゃんなんだよ、ほんとつらい」
「ここ、そういうお店じゃないんだけど」
「ばぶー」
「……あんたを出禁にしようかしら」
 シノはため息をついた。
「ほら、噂をすれば戻ってきた」
 ラスターがばっと姿勢を正す。ヒョウガの姿があった。左腕には雑に貼られたガーゼが見え、頬にも擦り傷がある。
「依頼に出たのか?」
「あたしが担当だったら止めてたけど、別の子が対応しちゃったから」
 またクレームかしら、とシノは小声で付け足した。
「ありがとな、シノちゃん。また後で」
「報告書、よろしくね」
 シノがひらひらと手を振るが、ラスターはそれを見ていなかった。
 ヒョウガは再び依頼書の前にいる。チェックのペースが速い。報酬と所要期間しか見ていないというのがよくわかる動きだった。ラスターの頭が全力で回る。怪しまれないようにするというのは盗賊の初歩の初歩。ある程度の信頼がある相手ならばもっと容易だ。
「よ、ヒョウガ。久しぶりだな」
「あ、ラスター!」
 ヒョウガの顔がぱっと輝く。
「コガラシマルはどうした? 別行動か?」
「あ、う、うん。なんかちょっと、別行動。たまにそういうこともあるだろ?」
「ケガ、大丈夫か?」
「依頼でちょっと、ヘマして」
 へへへ、と笑う。何かをごまかすときに出る笑みである。
「手当ちゃんとした? ノアのところ行くか?」
「だ、大丈夫! このくらい大したことないから」
 分かりやすい。ラスターはわずかに目を細めた。これは大したことがあるときの反応だ。
「じゃあ、ノアには内緒だな」
 ラスターはヒョウガの手を引いた。どのみちケガをしたままのヒョウガを放っておけば、今の精霊がどう出てくるかが分からない。
「金に困ってるのか?」
 だからラスターはあえて女のことには触れなかった。あくまで旅の収支が合わずに苦労しているのかという雰囲気を出す。ヒョウガはちょっと何か言いにくそうにしていたが、借金に困っている女を助けようとしている、といううしろめたさを隠せるチャンスだと思ったのだろう。
「オレは困ってない、けど……いろいろあって、困ってる人がいてさ」
「なるほどねぇ。その人を助けるためにお金が必要ってことか」
「うん……」
 この声色が、もっと明るければよかったとラスターは思う。あの女の不幸を真実と妄信するようなバカだったらまだ救いがあった。ヒョウガはある程度現実を見ている。そのうえで借金を返すつもりでいるらしい。
 胃が重くなる。憂鬱になる。ラスターは覚悟を決めて、ヒョウガを一軒のアパートへ連れていく。階段を上り、奥の部屋。ドアを思いっきり叩きながら叫んだ。
「アングイス! 俺だ、ラスターだ!」
 しばしの間を置いて、ドアがゆっくりと開く。眠そうなアングイスがそこにいた。
「何をそんなに切羽詰まって。見たところかすり傷じゃ……」
 目元をごしごし擦っていたアングイスは、ヒョウガの傷を見てみるみるうちに顔色を変えた。
「オマエ、その程度のケガなら死なないと思ってるクチだな?」
「べ、別にそんなこと」
「だったらなんだこの雑な手当は! このアンポンタン!」
「あ、あんぽんたん……」
 初対面だろうが容赦ないアングイスにヒョウガが怯む。だが、アングイスはじーっとヒョウガを見て、そして「なるほど」とつぶやいた。
「オマエ、ケガの手当の方法が分からないんだろう」
 そして、半ば強引にヒョウガの腕を引いた。ラスターも遠慮なく室内に入る。相変わらず乱雑な部屋だ。アングイスはヒョウガをベッドに座らせると、雑に貼られていたガーゼを剥いだ。
「ちょっとの切り傷や擦り傷が命取りにならないのは対処が容易だからだ。逆にそれができていなければ簡単に死ぬぞ。そう教わらなかったか?」
「……教わって、ない」
「ふむ。訳ありか。だとしたらすまなかった」
 治癒の魔術がぱっと展開される。ラスターはずるい、と思った。いつも人の傷口を嬉々として抉り、ご丁寧に痛い治療ばかりを展開するアングイスがこの調子。
「包帯の巻き方を教えてやる。死なずに済むところで死ぬのは嫌だろう」
 ラスターは息をついた。やっと休める。手に持ったクレームの束が重いが、別の荷物を降ろせたなら万々歳だ。コガラシマルはしばらくナナシノ魔物退治屋の拠点に滞在するだろうし、ヒョウガを一応隔離した方がいい。ラスターはノアに報告したい事項がたくさんある。幸いにもアングイスとヒョウガはわりとうまくやっていけそうな感じがする。
 多分、そのあたりをアングイスも感づいていたのだろう。手をひらひらと動かして「さっさと片付けてこい」と伝えてきた。
 少し元気が出てきたラスターは、やや軽い足取りでナナシノ魔物退治屋の拠点へとやってきた。だが、扉を開くと同時に出迎えてくれたノアに元気がない。
「何があった?」
「まぁ、色々とね」
 ラスターは視線で精霊の所在を訪ねた。ノアの指が天井を指す。二階にいるらしい。
「二階で何を?」
「精神統一だって。自分の魔力が不安定だっていう自覚があるみたいで……」
 二人はそれ以上何も言わず、リビングのテーブルへ向かった。ノアがメモ用の紙を大量に敷いている。筆談を意味している。それもそうだ。主の様子に不安を覚え、精神が揺れている精霊の耳に入れたくない話がたくさんある。
 ラスターはまず、シノから預かったクレームリストをノアに渡した。
「何これ」
 早速筆談の意味が薄れている。ラスターはリストをめくるジェスチャーをした。ノアの目が動く。みるみるうちに顔から感情の類が喪失していく。最後のひとつを読み終えたとき、ノアは長いため息をついた。長い長いため息をついた。手元の紙に文字が刻まれる。
 ――どういうこと?
 筆跡は若干震えていた。
 ラスターはノアの顔を見ずに、それに返事を書いた。
 ――精霊くんの不安的中。
 ――詐欺女に騙されて金を貢いでいる。
 ――本人は人を助けるためにやってるつもり。
 ノアが再び長いため息をつく。彼の手がサラサラと動いた。
 ――そのためのお金稼ぎで、これ。
 これ、の文字を書いたとき、ノアの目はクレームの山にあった。ラスターは頷いた。
 ――シノちゃんが報告書欲しいって言ってた。
 ノアの手元は動かなかった。しばらく動かなかった。
 ――ごめん。
 ようやっと紡いだ言葉がそれだ。続けて、
 ――なきそう。
 そんな言葉が、弱弱しい筆跡で刻まれた。
 ――俺も手伝うよ、頑張って終わらせよう。
 ラスターは物凄いスピードで返事を書いた。気が狂いそうになった。もう狂っていたかもしれない。コバルトのセリフが脳内で反響する。
 ――その女をお前さんが暗殺すれば早いんじゃないか?

 ああ、そうだよコバルト。あんたの言うことは一切間違っていないよ。
 なんかもう、それでもいい気がしてきてる。


 7/11 21時頃 更新予定



気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)