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医療と介護と年金と。その1

来年には90歳になろうとしている義理の母が、圧迫骨折で入院したのは6月の末だった。カウンセリングの臨床の授業で精神科医の先生から、最近は病院も、3ヶ月をめどに、元の生活に戻れるように退院させる事が多いと聞いていたが、義母の場合、骨折した部位が神経に触っていても高齢のため手術もできず、4ヶ月半、痛みが止まらないと言う状態が続いていた。

毎晩うめくようにして、1日おきに痛み止めを打って、自分では、身体の管理ができない状況になった。今までいたサービス付き高齢者住宅は、看取りまでしてくれると申し出てくれたのだが、パーキンソンという難病を抱えているため、医療行為をある程度行える介護付の施設に移ることになった。

しかし、そこに移って3日目でコロナに感染。北海道は介護施設や老健や老人病院などで大きなクラスタがいくつも発生しているから確率的に言えばしょうがないのだが、そのまま急性期の病院に搬送され、直接会うこともできずに数日がたった。認知症もなく、頭もはっきりしている義母にとって、最初は自分がどこにいて何をされているのかわからない状況は極めて不安なようだったがやっと落ち着いてきている。

しかしお医者さんから連絡があり、誤嚥性肺炎も起こしているとの事。本人は熱が下がったと言っているも、酸素の投与はされ続けていて日に日に声が弱っていくような気がする。

10日後にはコロナの隔離が終り、移ったばかりの医療介護施設に戻れるはずだが、体の状態が悪かったり、クラスターがおさまっていない場合は、また別の病院に転院しなくてはならない。その場合、退院した病院への支払い、新しい介護施設への支払い、そしてコロナでかかった病院への支払い(調べてみないとわからないが)のほかに、さらに療養のための転院先の病院への支払いが私達夫婦に待っている。年末の主人のボーナスは、たぶんすべての支払いに使われるだろう。

経済的な問題も含めて、これが本人にとって本当に最善の事なのか、私にはわからなくなってきている。どこまで生き続けなくてはならないのか、日本にはそれしか方法がない。医療費を減らし、介護に回したくても回せず、若い人たちのための年金が剥られていく。

これで本当に良いのだろうか、スエーデンでは60歳以上の人の透析はしないというのに代表されるような、高齢者の終末期の医療に対する考え方がまったく日本とは違う。病気になっても緩和ケアのみで、最後まで介護施設で暮らせるし、寝たきりにならずに亡くなっていく。しかも長生き・・・スウェーデンに憧れて、福祉の国だと崇めているひとも多い?はずなのに、日本は変わらない。

本当の意味での人権とは何か、人生の最後をどうするか考えなくてはならない時期が日本にも来ているような気がする。

そして義母はいつまで戦えばいいのだろう。😭

続く、、、。


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