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ノウ

温かい。
いや、そんなはずはない。
安心する。
何故だ。まさか本当に。
ああ、そうだったのか。
それなら、安心して死ねる。

「生まれ変わりって信じる?」
突拍子のない言葉に僕は内心いらだちを感じていた。
彼はノウという。事あるごとに僕にかまってくる。

僕は彼を疎ましく思っていた。
そんな彼に言われた言葉が僕には聞き流すことができなかった。
僕は父親の顔を知らない。僕が生まれる前に亡くなった。僕を残して。

だから彼の生まれ変わりなどという戯言が
たとえ他意のない発言だと分かっていても気に入らなかった。

「あるわけないだろ。からかうのもいい加減にしてくれ。」
そう答えると、悲しそうに彼は去っていった。

僕たちは弱い生き物だ。
この世に生まれてから死ぬまでに長い時間は残されていない。
セミは成虫になってから七日しか生きられないというが、
僕たちは七日も生きられれば長寿に分類されるだろう。
そこに父親が亡くなったことも相まって、
僕は生まれてすぐ死というものを意識する羽目になった。
そして多分に漏れず死を恐れてきた。

「お父さんはきっと生まれ変わってどこかであなたの幸せを願っているわ。」
お母さんは、父親を知らずに寂しがる僕にこう言い聞かせた。
僕はこの優しさが嬉しかった。たとえその言葉が妄言だと分かっていても。

僕はもう長くは生きられないかもしれない。
そう直感した時にふとノウのことを思い出した。
彼は今何をしているだろうか。彼と話したくなった。
死を身近に感じて生まれ変わりなどという言葉にすがりたくなったのか、
ただ彼に謝りたいのか、それとも他の理由があるのか僕には分からなかった。

今まで感じてた浮遊感がなくなった。本当に死ぬのか。
僕は消えてなくなるのか。怖い。嫌だ。誰かそばにいてくれ。

「大丈夫だよ」
そこにはノウの姿があった。
「僕が、いや俺がお前のそばにいてやる。最後くらい近くでお前を見守らせてくれ。」

あれ?何故だ。何故か分からない。だけど確信があった。
「お父さん?」
温かさの中にくすぐったさを孕んだその言葉は、
初めて口にするとは思えないほどすんなりと僕の喉を震わせた。

僕たち雪は積もることができなければ、地面に落ちてすぐに融けてなくなる。
ノウ、いやお父さんは確かに融けたはずだ。なのに僕の目の前にいる。

「俺は融けた後、また空に昇って雪として生を受けたんだ。それから必死でお前を探していた。やっと見つけたんだが、なかなか正体を明かせなくてな。許してくれ。」
融け始める僕にお父さんは優しく微笑みかける。
「遅いよ。ずっと会いたかったんだ。僕の方こそひどいことを言ってごめん。」
だけど融けている時に再会できてよかったかもしれない。
融けて水になることで涙を誤魔化せる。

僕は生まれ変わりを信じることができた。
お母さんは嘘をついていなかった。

これで安心して死ねる。
来世はどうかまた家族みんなで。

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