ニュースから得たこと
今日は朝からニュース記事を観て思ったことがあった。
そんな話です。
個々
今日の朝、起きた時ニュースを観てふと思ったことがありました。
私は自分がすごい醜い生き物だなと感じながら生きてきたのですが、
自分だけでも自分を認めてあげないと、誰が自分を認めてくれるのだろう。
そう思いました。
そもそもいつから自分のことが醜いと思いはじめたのかについてですが、遡るとそう思いはじめた年齢に記憶がありません。
どういうことかというと、私は自らの足で歩いて外に出始めた時点で苦手なことが多く、他の子は当たり前のことのようにやっていることでも、私の場合はできないことが多かったのです。
例えば初めて外に出た頃(1〜2歳)は体に風があたっただけでも外に出るのを嫌がっていましたし、「たったそれくらいのことがなぜできない?」なことがたくさんありました。
それが幼少期だけで済めばいいのですが、年齢に線引きはなく人って変われないものです。
日常生活の中でちょっとしたことができなかったりして、それが「他の人はできているのに」となると、結果“自分は醜い”となってしまうわけです。
自分自身、改善できるように随分と色々なことをやってきたような気もしますが、それでもいくらでもできないことが出てくるので、常に「自分は醜い」の状態で生きてきました。
人は100%ではありませんが印象に左右されたり、他の人の意見で思い込んだりして、その人自身を見ないことがよくあります。
表面的で本当か嘘かわからない情報を信じ込んで、本人は消費されるだけの人になってしまっていることもあります。
一方で消費される側の人には発言権がないことがあります。
消費されることは需要があるということなので、本当に好んで消費してくれている人まで敵にしてしまってはいけない。
私は自分を醜いと感じている中で、消費してくれている(言葉が悪いので『好んでくれている』に変えますが)人まで敵にまわしてしまっていたように思います。
人と良好なコミュニケーションをとるには、まずは自分を認めるところからなのだなということに、まさかのニュースから気付かされました。
「他の人と違う」ということは生活を送る上で困難がたくさんありますが、個体として自分を見て、相手を見ることで、少しずつ生活が送りやすくなるのではないかと思っています。
今はこんなことを書いていますが、数日経つとまた自己否定が始まっているかもしれません。
そういう性格だと思うので、仕方がありません。
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