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一歩下がって立てること③

前々回から書き始めて、
まさかこんなに長編化するとは
思いませんでした。

少しずつ少しずつ生きてきた中で
思っていたことや
経験を自分で紐解いていく中で
この出来事があったから
素直にこう思えないのか 
などと自分でも書いていく中でかなり発見があります。

良かったら①②と書いているので
今回の記事に興味を持っていただけたら
そちらも見ていただけると嬉しいです☺︎

①です。

初めての縦社会の経験の話を書いてます。


②です。

その土地柄での話や、
そこでの経験で感じたことを書いてます。

①②繋がりがあるようで最終的には繋がってくると思いますので見ていただければと思います。


少しずつ近場での話に今回はなりそうです。


1.家庭での父母の不平等さ

男女平等ってなんだろう、
そんな疑問を持つようになったきっかけなのではないかなと思う。

私の家庭は父が医療従事者
母がパートで働いている。
母がパートを始めたのは
私が小学校3年生頃だったと思う。
私が小学校低学年の時は帰ったら
母が家にいてくれた環境であった。

父の仕事がかなり不定期な時間帯での職なので
1日おきに家にいなかったり、
深夜にいなかったりという形で
ほぼほぼ母と夜も過ごす形だった。

父は休みの日には
必ずどこかへ連れて行ってくれたり、
家の中でも一緒に遊んでくれたり
料理が得意なので新しいものを作って
振る舞ってくれたりと
多忙な仕事の中でもたくさん関わってくれ
今も変わらず父のことは大好きである。

時代柄というのもあるが
やはり家事全般を担っているのは母だ。
元々最初が専業主婦ということもあるとは思う。
けれど母がパートを始め、一日5時間ほどの勤務ではあるが共働きであることには変わりない。

母が仕事で父が休みの日は
父がご飯を作ったりしていた。
ゴミ捨ても積極的に行っているらしい。
これだけで母はだいぶ助かるんだと話しているが
高校生くらいになった時に
私だけが母は不平等なのではないのか
というように感じ始めてしまった。

父は料理を作っているではないか
と言われるかもしれないが
父にとっては料理は苦ではない。
苦なことをやっていない、という訳でもないが
趣味の一環であるのだ。
もちろん、母が仕事に行ってるから自分が作るという気持ちもあるからこそ
作ってくれてはいるけれども
その気持ちがあるのならば
洗濯機の1つは回さないか??
洗濯物を畳まないか??
アイロンかけをしないのか?
というように私は思ってしまうのだ。

誰だって自分の得意なものだけやっていたい。
自分が楽しいと感じるものだけをやっていたい。
父が料理を作ってくれることによって
私たちはしっかりとした時間に
食事を摂ることができていたが、
では母が洗濯機を回すことが特別好きなのか
洗濯物を畳むことが好きなのか
そう問われたら母は絶対好きではないだろう。
ましてや趣味ではないだろう。
でもそれを母はやらなければならない。
家が回らなくなってしまうから。

そう考えた時に、
もっともっと父が家事に対して
介入できるところは
たくさんあるのではないかと思った。

休みの日1日中家にいて、
食事の材料を買いにスーパーへ行くけれども
ティッシュなど使い切ってしまったら
仕事終わりの母に連絡して買ってきてもらっている。
母は家の物の在庫を常に把握しており
いつも特売を見つけては買いに行っている。
父は家の物がなくなるのに気づくが自身では買ってこない。
別に悪口ではないが、母が家にいると
箸すらも母に持ってきてもらっている。
酒も冷蔵庫から取ってきてもらっている。

これははたしてどういうことなの?
自分でなぜ動かないの、
午前中母は働いてきてるのであって
もちろん、夜中長時間父も働いていたけれども
夜勤が明けて、今日は一日休みで
父は家にいたよね??
今日のトータルで行ったら母の方が
動いてるんだよ?働いているんだよ?
と高校生頃からモヤモヤしている。

もちろん家での生計を大きく立てているのは父である。
けれどもそれで家事が免除になるのはおかしいのではないかとも感じている。

母は、こんなにやってくれる父はいない、
助かる。と言っているから父に対しては満足しているようである。
父のパートナーは母であって
母がそこで満足をしているのならば
全然それは2人の話だから良いと思う。

けれど私だったらと考えた時に
高校生の頃から一生働いていたいという
ビジョンを描いていたものだから、
こんな家事比率はありえない、と思っていたし
自分のことすら相手に甘えて頼んでくるのは
相手に対しての好意があっても、
信頼があっても私は絶対的に無理だと思っていた。
働いている時間や金額が違くとも
労力の一つとしては変わらないし
自分達の生活のことは相手に任せるのではなく
しっかり自分たちで考えて動けるような相手がいいと思った。

そもそも家のことがまわらなければ
私も妹も学校へ行けないし、
父も職場へ行けない。
母が衣類を洗濯をしてくれて整えてくれて
食事を用意してくれて、
安心して生活できる空間を作ってくれることによって私たちは初めて外の世界へ出ていけた。

母は基本おしゃべりで、
私たち子供の気持ちを全て受け入れてくれて
でも少し口が悪くて、
同世代のように関われる母が大好きだ。
けれど外へ出て親戚の集まりなどにいくと
台所で静かに過ごし、
持論を振りかざす生き物に呼ばれたら
愛想よくして、普段の口調を隠し
父の面子を持ちながら空気を読んで
形にハマった妻をする母は
あまり好きでなかった。
母だけでなく、親戚の集まりで言えば
従兄弟の母、つまりはおばちゃんにあたる人も
大好きだが、この場では好きでなかった。


私は絶対的に田舎の集まりに行った時の
母たちみたいに周りの空気を読んで
自分の旦那のアクセサリーみたいな
扱いをされて、
年だけ取った年配の奴の機嫌を
とりながら愛想笑いをして酒
を注ぐような人生にはしたくないと
心から思った。

それと同様に土地柄もあるが、
このように妻、女性が
おとなしく一歩下がることによって
旦那や年配のおじさんが上に立てるように
それが当たり前だと思う男性や、
私が下がって始めて立てるような人を
絶対にパートナーに選ばないと決めた。

同等な立場で互いが生きていけるような
相手と結婚がしたいと思えた。

2.憧れの職業に就き社会人になった


将来を考えた時に、
この職業に就きたいと目標を絞り、努力して
その道を進んだことにより、
無事夢が叶い社会人として就職した。

過去の記事でもいくつか書いているが
私は専門職なので、
本当に人により経験はもちろんのこと
技術、時には残酷だなと思うが才能も
腕の1つだと思っている。
だからこそ、同じ年数経験を積んでも
それを生かすか殺すかで
かなり実力に差が出るような
世界だと思っている。

社会に出て、基本的な社会人としての教えを
教えてもらったことはもちろんだが
専門的知識な部分で、先輩の腕を見て
かなり勉強になり感動したことや
逆にその対応でいいのか、、
もっとこうしたらいいのではないか、、
ということも働いていれば数多くある。

過去に経験したように、
口は悪いが名ばかりの先輩と
経験の積んだ先輩はやはりどの業界にもいて、
尊敬できるような人もいれば、
プライドだけが高くて危なっかしい人もいて
けれども歳上、経験値の高さから
否定はできなかったりと
社会あるあるを目の当たりにしながら
私自身も経験を積んだ。

経験を数年積み、
今では中堅のポジションひなった。
上には尊敬できる先輩も数人おり、
分からないことや悩んだことを相談すると
教えてもらえたり、救ってもらえたりする中で
後輩も先輩と同じくらいの人数が出て
私なんかでも頼ってくれる子たちも増えた。

後輩に教える中で感じることは
下の代の子たちに下がって貰ってまで
前に立ちたくない。
自分の能力で前に立っていたいし
自分の詰んだ少しの経験で後輩たちが
迷わず進めるような道を作ってあげたい。
綺麗事なしに本当にそう思えるようになった。

だからこそ、
後輩たちには同じ土俵で
常に立っていてほしいし、
私ができなかった経験を
後輩がしている可能性もある、
その分野に関しては後輩の方が上なのだから
教えてほしい。
それが将来的にも絶対的に自分のためになる。
だからこそ、引かないで隣で一緒に頑張ってほしい、と思えるようになった。

反対に考えると、
私が一年目の時に意見をすると
面白くなさそうな人がいたなあ、、、
私はこのような考えだけれども
人によってはもしかしたら違くて
後輩は黙って後ろにいろっていう考えの人も
いるんだろうなあ、、なんて思った。

自分が教える立場になって、
立ててもらえる立場になって
立ててもらえるという行為に関して
気持ちの良さなんて
全くないということに気付いたし
むしろ後ろに引いて立たれることによって
前に立たされた私は何にも先が見えない

ということに気付かされた。


想像以上に長くなってしまっている、、
次で完結できるとは思います☺︎

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