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【木曜日連載】虎徹書林のチョイ怖シリーズ第三話『そば処千妖にいらっしゃい』 第十四回【書き下ろし】

 初めましての方、ようこそいらっしゃいました。
 二度目以上お運びの方、本日もありがとうございます。
 こんにちは、あらたまです。

 木曜日は怖い話の連載。
 第三話は第二話に引き続き【御愛読感謝企画】でまいります。
 テーマは『御蕎麦屋さんの話』です。
 読者様アンケートにお答えして「憎めない、愛着湧くような妖怪」が出てきたり「悶絶するような、美味しいアテ」で皆々様の唾液腺をぐいぐい刺激したり。その合間に「チョイとだけ怖い」思いを楽しんでいただけるような……そんなお話を目指します。
 連載一回分は約2000~3000文字です。
 企画の性質上、第三話は電子書籍・紙書籍への収録は予定しておりません。
 専用マガジンは無期限無料で開放いたしますので、お好きな時にお好きなだけ楽しまれてくださいね。
 ※たまに勘違いされる方が居られるとのことで、一応書いておきますと『無期限無料の創作小説ですが、無断転載・無断使用・まとめサイト等への引用は厳禁』です。ご了承くださいませ。

かんだやぶそばさんのエントランス


【五把目】雑炊は春の海の味~其之二~

 如何せん経験不足で判断がつけがたい。おばあちゃんに相談しようにも、この手のお客様を一秒でも長くお待たせしたら、それを利息にどんな厄介事に巻き込まれるかわかったものではない。
 迷いつつ、私とおばあちゃんでのんびりする時間用のほうじ茶を淹れ、お出しした。
 「良いねえ!生き返るよ」
 食後にお出しするほうじ茶と、私たちがプライベートで飲んでいるそれとは、茶葉がちょーっとだけ違う。食後にお出しするほうが飲み口が爽やかで、疲れた体にホッと染み入る感じが好評なのだけど、いらしたばかりのお客様にそれをお出しするのは流石に嫌味かと思ったので、失礼を承知でプライベート用を淹れた。
 お客様は、茶碗を両手で包み込むように持ち、一口ずつ愛おしそうに飲んでいた。
 生き返る、という言葉に引っかかりを覚え、また私の悪い癖が出た。
 「あの、失礼ですけど、随分と御顔の色が悪いようなのですが」
 「あー、やっぱりそう見える?だよなあ、こんななりしてるし」
 ついさっき河から上がってきたばかりなのだと、ヘラヘラ笑いを交えつつお客様は言った。
 「そこの、河ですか?」
 お客様を疑ったわけではない。ここは河口の近くだから、マリンスポーツ目当てでやって来る人が居ないわけではない。とはいえ、この時期はクラゲが多くて役所から注意喚起が出るほどだ。
 「ああ、それじゃあ……ボートですか。ジェットスキーとか」
 「いやいや、泳ぎだよ!海から昇ってきてさ、いやもう腹減ってるから体力持たねえわ。だからとっとと岸にあがっちゃったわけ」
 「はあ……え?」
 全ッ然、話が見えてこない。
 「一応ね、本性上、あちこちの海を泳いできたんだけどさあ。ぶっちゃけ?もう何百年も陸サーファーみたいなもんだったわけよ。あー陸サーファーってのは良く言い過ぎか……アレだな、無職。プータロー。そしたら、何なんだよ、ここんとこ急に忙しくてさ!いまどきはアレだ、いんたーねっつっての?アレのお陰で、日本近海だけじゃねえのよ。世界中!わーるどわいど、よ!場所とイベントによっちゃあコスプレもしないといけなくなっちゃったりな……大変よオ、もう。アレ、なんつったかな?アレのせいで参っちゃうよなあ」
 アレ、アレ……ばかりで、これまたさっぱり話が見えてこない。ここまで一ミリのブレも無く、利き手の理解を度外視して話を進めるというのは、嫌がらせというよりもこの人の持って生まれたもの――まさしく、お客様が仰ったところの【本性】によるものなのかもしれない。
 それにつけても、である。
 泳いで、とは?
 海から昇ってということは遠泳をしてきたというのか……ズタボロの服からすらりと伸びる手足には、クラゲに刺されたような跡は無い。カラフルな髪はファッション誌から抜け出てきたモデルも嫉妬するほどに、ツヤッツヤのサラサラだ。
 河を経由して、海から上がりたてなんて与太。そんなの信じてやる方がどうかしている。
 けど――私は何とはなしに厨房に目を向けた。
 おばあちゃんは私と目が合っても驚くこと無く、身振り手振りで暖簾を下げたでしょう?と伝えている。つまりは【そういうお客様】なのだろうと、だんだんと察しはついてきたけれど。
 この底知れなさ。開けっぴろげのように見えて、核心を巧妙に外す、徹底した隙の無さ。
 何処のどなた様なのだろう?
 
 
 
 「ごめんなさいね、店じまいを始めようかってとこだったもので。こんなのしかできなくて」
 おばあちゃんがお出ししたのは、柔らかな湯気が立つ蕎麦用丼だった。
 「ああ!いいよ、イイ!このさア、あっさりとした出汁の香りが欲しかったんだよお!むしろ、イイ!日本だわー。帰って来たああって気分、盛り上がるわあ。ありがとね、ホントありがと!」
 自称陸サーファーのお客様の肩越しにそっと覗くと、丼の中身は蕎麦ではなかった。
 私にも大変に馴染みのある一品――軽く炒った蕎麦の実をコトコトやった、卵雑炊だ。
 パックの削り節をそのまま具材として、蕎麦の実と一緒に煮込んだのを、卵でふんわりとじてある。醤油だけの軽い塩気と食欲をそそる香りだけで味を付け、仕上げにたっぷりの刻み三つ葉をあしらってある。
 実はこれ、私たちのランチ時の賄いの定番だ。プライベートど真ん中、である。
 お客様は胸の前で静かに手を合わせた後、木製のスプーンを摘まみ上げる前に丼を持ち上げ、ズズズうぅぅっと汁を啜った。
 「あああああ……温まるなあ。この、素朴さなのよ、欲しかったのは。相変わらず『食べたいもの』をサッと出してくれるねえ……いやさ、実はほんの十五分前よ?ほんとに、さっきだよ?海から上がったばっかり。まさかこんな百年単位の時間が経っちゃってからお呼びがかかると思わねーじゃん。海外でも大人気とかさあ……いやあ、あの【九州少年】イイ仕事してくれ過ぎじゃね?」
 海外……さっきから外国の話がちらほら出ている。え?つまり、それってまさか……
 「まさか……」
 「お、なになに。ぼくのファン?サインはやってないのよ、似顔絵と写メはオ――」
 「お客様、実は不法入国ですか」
 「誰がセキショヤブリだ、誰が」
 奇妙な抑揚が消え、バリトンボイスが馴染みある下町のリズムを刻んだ。と、同時に、おばあちゃんが右手で顔を覆いながら天井を仰いだ。
 どうやら私、久々に特大級をやらかしたらしい。
 お客様はもう一口、汁を啜りウメ―と唸りながら、
 「なめんなよ、若人。ぼく、こう見えても【ほぼ神】だから。神が税関を違法に突破するわけねーじゃんよ?ちゃーんとホレ、さっき入口で、ふわーっとやってもらってただろう?」
 ふわーっと?
 潮の薫りを思わせる妙に爽やかな風が吹いた【あの瞬間】のことを言ってる?
 「そう、それ。ぼくはちゃんと招かれたからね」
 ……私はまだ何も言ってなかったのに。
 それまで感じていた奇妙な違和感が、確信的な怖さに変わった。この種類の怖さは、つい最近も味わっている。
 ということは――【ほぼ】でもなんでも、このお客様は――いや、この御方は。



【五把目 其之三に続く】


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 それでは。
 こーんな端っこまでお読みいただいて、感謝感激アメアラレ♪
 次回をお楽しみにね、バイバイ~(ΦωΦ)ノシシ
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