【創作小説】イーリータウンの花 第1回 失業
シロは夕暮れの町をとぼとぼと歩いていた。
肩を落とし、今にも泣きそうだ。
それも仕方ない。彼は今日、職場をクビになったのだ。
勤め始めて3ヶ月。うまく周りに馴染めず、仕事にも一向に慣れることができなかった。
「この根性なし。もう明日から来なくていいから」
シロはため息をついた。
この町、イーリータウンでは18歳以降は生産年齢。学校を出て働かなければならない。
イーリータウンの中央部。
その中心にそびえ立つ、この町のシンボルである時計台を見上げる。
午後6時を知らせる時計の音が町に鳴り響いた。
町で働く人々が一斉に後片付けを始め、帰路に着く。
町はそうやって毎日動いている。
決められた時間に、決められたように働く。
シロは、その町からひとり仲間はずれにされたような、そんな気がしていた。
一刻も早く働き口を見つけなければ。
シロは沈む気持ちをなんとか奮い立たせ、再び歩き出した。
自宅近くの路地。
街灯に貼られた求人のチラシ。
"アルバイト急募。東部の町工場でネジの検品。アットホームな職場。面接無し、即採用"
「……」
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翌朝。
6畳ほどのワンルームに差し込む朝日。
朝の6時になると同時に、時計台の音が鳴る。
ボーン。ボーン。ボーン。
シロはむくっと体を起こした。
ある程度の身なりを整え、カバンを持って部屋を出る。
爽やかな風。まだひんやりと冷たい空気。
今日も町が動き出す。
昨日と同じように。きっと明日も同じように。
僕らはこの町の歯車だ。
シロは求人の出ていたネジ工場にやって来た。
勇気を出して声を掛ける。
「あのう、すみません。チラシを見て来たのですが…」
すると作業着を着た髭面の男が反応した。
「あ?…ああ、バイトね?じゃあそこ座って。置いてあるカゴの中に入ってるネジ、曲がってないか選別して」
「あ…はい」
シロは言われた通り、カゴをひっくり返しただけの椅子に座った。目の前にはカゴいっぱいのネジとボロボロの雑巾が置いてある。
そして、周りにはひたすらにネジと睨めっこをする人々。彼らもアルバイトなのだろう。
シロも彼らと同じようにした。
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時計台の針が午後6時を指す。
「おい、こら!あんた!」
背後から怒声を浴び、シロはびくっと身体をこわばらせ、後ろを振り向いた。
先ほどの男が立っている。
「作業の半分も終わってないじゃないか!今日一日何やってたんだ!」
「す、すみません…」
「明日もこんなようなら辞めてもらうからな!」
シロはその男の険しい表情に恐怖を覚えた。
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皆が帰って静かになった町。
もう辺りは暗い。
街灯の下、古びたベンチで、シロはカバンから設計図を取り出す。
大きな紙に描かれた耳飾りの設計図。
シロの唯一の趣味であり、夢。
クリエイターになること。
この設計図を書いている時、心が温かくなる。沈んだ心もほんの少し救われる。
シロは鉛筆を出して設計図に線を書き足していった。
冷たい風に頬をくすぐられ、はっと我に帰る。
「もう帰らなきゃ」
シロは設計図を丸めてカバンに入れ、歩き出した。
自分のアパートの角を曲がろうとしたその時。
どんっ!
「いたっ!」
出会い頭に向こうから走ってきた誰かと衝突してしまった。尻もちをつくシロ。
「ちっ、気をつけろ!」
背の低い小さな男だった。シロに悪態をつくと、さっさと走り去ってしまった。
「なんなんだよ、もう…」
悪いことは続くものだ。心が弱っている時は、ほんの少しのことでも心が揺れる。泣きそうになる。
シロはなんとか腰を上げた。
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「ただいま…」
今日の出来事を思い返した。
まだ身体が緊張している。
手足は震え、身体は冷たいのに汗ばんでいる。
「どうして僕はいつもこうなんだよ…」
ベッドに体を倒し、腕を額に持ってくる。
涙が頬を伝った。
シロは疲れでそのまま眠ってしまった。
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「ん…」
何分、何時間経ったのか。
体感では分からなかったが、シロはゆっくりと体を起こした。
「よう、起きたか」
自分以外誰もいるはずのない部屋に、見知らぬ男の声。シロは驚いて振り向いた。
「き、君は…」
窓際には、先ほどシロにぶつかってきた小さな男が立っていた。
次回に続く
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