見出し画像

科学技術と伝統文化。遠く見えるこの2つが近づく瞬間|内田まほろ #4

ポーラ「WE/Meet Up」が主催する、たったひとりのための特別な場。今回の舞台は、東京・お台場にある日本科学未来館です。展示企画開発課課長でキュレーターの内田まほろさんと展示を見て回り、対話し、人生100年時代について考える。その体験は、ひとりだけ招待されたゲストにどのような変化をもたらすのでしょうか。

地球を表現した着物姿で登場

画像1

日本科学未来館の応接室にすてきな着物姿で現れた、ゲストの中根多香子さん。中根さんは、輪島塗を国内外に広める「漆芸プロデューサー」の仕事をしています。この日の着物は「能登の海風」と呼ばれるものだそうです。

「未来館といえば、吹き抜け空間にある大きな地球のディスプレイ「ジオ・コスモス」。だから着物で海と風、そして帯の緑を加えて地球を表してみたんです」(中根さん)

画像2

「と言っても、自己満足なんですけど……」とあくまで控えめな中根さんに、内田さんは「その『見立て』の文化が今とても大事なんです!」と話しかけます。

「私が今興味を持っているのが、日本のアニミズムの文脈で先端技術を語るということ。コスプレやゆるキャラって、ベースには『二次元のものを三次元に見立てる』『無生物を生きているものに見立てる』など、見立ての文化が基本にあります。それはとても日本特有の考え方なんです」(内田さん)

画像3

「いきなりディープな話をしちゃってすみません」と笑う内田さんに、「そのお話、すごくおもしろいです」と重ねていく中根さん。さらに、内田さんが自宅で使っている漆のサラダボウルの話などで盛り上がりつつ、未来館3階の常設展へと向かいます。

中根さんには大学生と中学生の二人のお子さんがいます。お子さんが小学生の頃には、よく一緒に未来館に来ていたそう。今回の来館は4年ぶりです。

画像4

「未来館の展示は答えを教えるものではなく、問いを考えるためのものなんです」。そう説明しながら内田さんが、それぞれの展示に案内します。

「未来をつくる」というテーマの展示スペースの入り口には、「Q」という文字の中に書かれたノーベル賞受賞者からの問いが並びます。「展示のデザインが凝ってらっしゃる……!」と中根さん。中には、前アメリカ大統領のバラク・オバマ氏の問いもあります。

画像5

内田さんが、「来館した日にオバマさんが書く時間がなかったときのために、あらかじめオバマさんに確認して問いを用意しておいたんです。そうしたら時間があったので、オバマさん自身がその問いに答えちゃった(笑)。一部が手書きになっているでしょう」と裏話を教えてくれます。

宇宙と素粒子を行き来しながら

画像6

5階から3階に降りる回廊を歩いていると、ジオ・コスモスのコントロールルームに差し掛かりました。ガラス張りで中がよく見えます。
「デザインがちょっと近未来的でしょう? データやシステムの整備をしてくれるエンジニアのみなさんが、かっこよく見えるしつらえにしたかったんです」と説明する内田さんに、「私も漆の職人さんに対して、同じ思いを抱いています」と中根さん。

「職人さんは控えめな人が多く、表にはほとんどでてこないんですけど、文化を支える主役なんですよね。もっと光を当てたいと思っています」(中根さん)

画像7

2019年2月からは、未来館で企画展「『工事中!』〜立入禁止!? 重機の現場〜」という展覧会をやるそう。これは、重機と工事現場の世界を、実物展示を通して体感する異色の企画展です。

「建築や土木はものづくりのなかで最も大規模であり、なおかつ緻密に計算しないと人に被害が出てしまいます。そうした難しくて大事な裏方の仕事を、大々的に取り上げたいと思ったんです」(内田さん)。

画像8

5階の「フロンティアラボ」というコーナーには、有人潜水調査船「しんかい6500」の展示や、東京から大阪にある一円玉を判別するほどの視力をもつ「アルマ望遠鏡」の展示などがあります。

画像9

「空は100キロ上空から『宇宙』で、飛行機でも高度1万メートルは飛べる。でも、深海はまだ1万メートルまで有人で潜れていない。実は人間が到達できていないのは宇宙よりも海なんです」と語る内田さんに、「深海には美しさとロマンがありますよね。深海生物にもすごく興味があります」と中根さん。二人でしばし人類のこれまでの挑戦の証を眺め、その冒険に思いを馳せました。

画像10

隣の「ニュートリノの観測」コーナーには、ニュートリノ観測装置「スーパーカミオカンデ」の模型があります。ニュートリノは分子よりも原子よりも小さい素粒子と呼ばれるもの。

「未来館で働いていると、何億光年というとんでもなく長い距離の話と、こうしたミクロの世界の話を行き来することになる。大小さまざまな視点で物事を考えるというのは、ここに来てから得た新しいものさしです」(内田さん)

それに対し、「私は普段から漆の悠久の時間軸に焦点をあてて活動しているので、行き来というよりは、ゆったりした方に傾いているかもしれません」と中根さん。なんと、日本では約9000年前の漆を使った副葬品が出土しているそう。9000年前の人も、漆の技術を活用していたのです。

みんな100年生きられるようになる

画像11

「100億人でサバイバル」のコーナーで地球のシステムと人間社会との関わりの模型を眺めたあとは、「生命」にまつわるコーナーを観に行きます。

ゲノム解析によって遺伝子疾患が発病前にわかるという研究の話をした後、内田さんが「なにかご病気をされたことはありますか?」と聞くと、中根さんは「40歳を手前にして大きな病気を患ったんです。その時は、『この先10年生きられたら』と思いましたが、それからもう10年以上経ちました」と教えてくれました。

画像12

内田さんは「もっともっと生きられますよ。がんも治療法が開発されて、治らない病気ではなくなるでしょう」と言います。さらに、今後はAIによるゲノムの自動解析の技術が進み、オーダーメイドで一人ひとりの体に適した治療薬を開発できるようになるだろう、という話をしました。
「これからは、運が悪くなければみんな100年生きるようになります」と言う内田さんに、中根さんは「本当にそうなんですね」と感心した様子。

人生100年時代が、内田さんとの対話で自分事として感じられてきたようです。

画像13

「ドームシアターガイア」で「万物の理論(Theory Of Everything)」をテーマにした映像作品「9次元からきた男」を観たあとは、UNI-CUBというパーソナルモビリティに乗って移動します。UNI-CUBは重心移動だけで、自分の体の一部のように操作できます。

着物のままですいすい乗りこなす中根さん。その姿を見て内田さんは「こんなにエレガントにUNI-CUBに乗る人見たことない!」と思わず笑顔に。中根さんは「このまま乗って帰りたいくらい」というくらい、UNI-CUBを気に入ったようです。

画像14

最後は未来館の名物でもある、アンドロイドを見学します。明らかに人間っぽくはないけれど周りの環境に反応して複雑な動きで生命らしさを表現する「オルタ」、そして見た目が人間の女性そっくりな「オトナロイド」。さて、どちらに生命らしさを感じるでしょうか。

画像15

オトナロイドは、人間が遠隔操作できるようになっていて、今回は内田さんがその「中身」として、中根さんと会話してみることに。オトナロイドの目に映る光景は、別室の内田さんにも見えるようになっています。
そして、オトナロイドからは内田さんの声がします。若干表情がうつろなものの、ずっと眺めていると、内田さんではなくオトナロイドと会話しているように見えてくるのが不思議です。

「どこでもドア」的なものは、もう実現している

画像16

一通り展示を観たあとは、二人でしばし会話を楽しみました。

「リンダ・グラットンが書いた『ライフ・シフト』という本には、今10歳の子が104歳まで生きる確率が半分以上あると書いてありました。すごいとは思ったのですが、高齢で寝たきりになったりするのが不安で……」と中根さん。

すると内田さんは、SF小説のようなことを言い始めました。

「体が動かないことは、ロボット工学の技術と情報技術でカバーできるようになるはずです。もしかしたら85歳でも脚に機械を装着したら、今より早く走れるかもしれない。目が見えづらくなったら、カメラと脳をつないで、画像を直接頭に映し出す、なんてこともあり得るかも」(内田さん)

会話やSNSのデータから配偶者の人格を再現できれば、先立たれたあとも日常のおしゃべりが可能に、なんていう話に目を丸くする中根さん。未来の老人は、今とは全く違う生活を送ることになるのかもしれません。

画像17

そして、そこまで遠くの未来ではなくても、情報技術はいま私達の生活を確実に変えています。
娘さんがオランダに留学しているという中根さん。中根さんのお母さんは、海外にいる孫の様子がInstagramにアップされるのを楽しみにしているそう。中根さん自身も頻繁にインターネット通話で会話しているため、そんなに距離を感じていません。
これも、数十年前には考えられなかったこと。情報技術が発展することで、遠隔地の人とのコミュニケーションも容易になりました。

画像18

「遠くの人にすぐ会いに行けるような、『どこでもドア』はできないんですか?」と聞く中根さんに、「それは物理的には難しいかもしれません。」と苦笑いする内田さん。でも、「どこでもドア」的なものはもう実現できるそう。

「この部屋と私達の姿を高い解像度で再現し、同じ空間にいるような感覚を味わうことはもうできます。しかも、特殊な電子デバイスを使えば、触覚の感覚も伝えることができる。握手だって可能です。これってもう、ほぼ『どこでもドア』ですよね」(内田さん)

50歳は折り返し地点。新しいことを始めるタイミング

画像19

お子さんがある程度手を離れた8年前に、漆の仕事を本格的に始めたという中根さん。女性は妊娠出産によって、人生のフェーズが決められている……というのも、もしかしたら過去の話かもしれません。

「私は40代後半で、結婚・出産は経験してないのですが、まだしていないという感覚をどこかにもっています。あと、50年あるわけですから。たとえば、出産しないでも自分の遺伝子をもった子どもを持てるようになるかもしれないとか、自分を冷凍保存して、寿命を延ばせるかもしれないとか、宇宙に移住するかもしれないとか、かなりSFの世界の話ですけど、いずれにしても、人生100年時代にあわせて、生命の持っているリミットや、生き方の概念が変わってくると思います」(内田さん)

内田さんは、最先端技術にふれる仕事をしながら、日本の伝統文化にも強く惹かれているそう。そして、漆は先端技術でも再現できない素材。それはすごいことだと内田さんは言います。

中根さんは漆について、「塗料としても、接着剤としても、そして不思議な力があると信じられ魔除けなどにも使われていたんです」と説明。「そのマルチユースがすごい!」と内田さんが感嘆します。
でも、いまや国産の漆は2%。絶滅の危機にあるのだそうです。「すごくクリエイティブで、魅力的な素材なのに……」と顔を曇らせる中根さんに「そうだ、漆の展示をやりましょう!」と内田さんが提案します。

画像20

「私は、日本刀の素材である玉鋼の文化保護のお手伝いをしています。漆や玉鋼などの日本のマテリアルと、それを活かした先端技術。組み合わせて展示したらおもしろそうです」(内田さん)

なんと、ここで一つ企画展のアイデアが生まれました。「うれしい! 全力で協力します!」と中根さん。内部を漆で塗った「世界一美しい漆の町家」がある輪島の塗師工房もぜひ見に来てほしい、と内田さんを誘いました。

画像21

最後は、ジオ・コスモスの前で記念撮影をします。「夜になると、さらにきれいでしょう」と言う内田さんに、「漆黒に浮かび上がって、本物の地球みたい」とうっとりする中根さん。

内田さんと過ごした時間を振り返った中根さんは、「とっても楽しく、あっという間の3時間半でした。内田さんに未来の具体的な展望をうかがって、100歳まで生きるのが楽しみになってきました」と目を輝かせて言いました。まさに、未来への希望が持てる対話の時間となったようです。

さて、次回はどんな出会い、そして対話の化学反応が起きるのでしょうか。


■科学と文化を、楽しく、美しく結びつける。それが私の使命|内田まほろ ♯1

■遊びを企画していた子どもは、大人になって企画展を考える仕事についた|内田まほろ #2

■遊びと学びは対立するものではない|内田まほろ #3

この記事は、POLAが発信するイノベーティブ体験「WE/」のコンテンツを転載したものです。ぜひ「WE/」のサイトもご覧ください。
POLA「WE/」