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遊びと学びは対立するものではない|内田まほろ #3

日本科学未来館に入り、奥に進むと見えてくる地球ディスプレイ「ジオ・コスモス」。見た目の美しさはもちろん、そこに使われている先端の技術のすごさに圧倒されます。
そのジオ・コスモスをはじめとして、展示企画開発課課長でキュレーターの内田まほろさんは「未来館を実験場として使ってほしい」と言います。科学館でも美術館でもない、これからの未来館の目指す姿とは。そして内田さんが抱く、「世界一」の野望とはいったいどんなものなのでしょうか。

内田まほろ
日本科学未来館 展示企画開発課課長 キュレーター。アート、テクノロジー、デザインの融合領域を専門として2002年より勤務。05~06年から文化庁在外研修員として、米ニューヨーク近代美術館(MoMA)に勤務後、現職。 企画展キュレーションとして企画展では、「時間旅行展」「恋愛物語展」「チームラボ展」、常設展示「ジオ・コスモス」、ビョークやジェフミルズとのコラボレーション企画を行うなど、大胆なアート&サイエンスのプロジェクトを推進する。ロボットや情報分野の常設展示開発および、「メイキング・オブ・東京スカイツリー展」「The 世界一展」など、技術革新、日本のものづくり文化の紹介にも力を注ぐ。

最新技術とデザインの出会いから世界でひとつが生まれる

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地球を映し出す球体ディスプレイの「Geo-Cosmos(ジオ・コスモス)」は、日本科学未来館のシンボル展示です。実は、2011年にリニューアルして、現在はバージョン2。バージョンアップでLEDから有機ELになり、解像度が10倍くらい上がりました。

――10倍も!?

有機ELパネルを1万362枚使って球体を作っています。画面を流れる雲の映像は、気象衛星が撮影したデータを毎日取り込んで反映しているんです。

――リアルタイムの地球を見ることができるんですね。

ジオ・コスモスのシリーズで、国内外の科学者や研究機関から集めたさまざまな地球観測データにアクセスできる「Geo-Scope(ジオ・スコープ)」、世界の国と地域に関する情報を元にオリジナルの世界地図を描くことができるオンラインサービス「Geo-Palette(ジオ・パレット)」というものがあります。それらの一部には、建築家の鳴川肇さんが考案した「オーサグラフ 世界地図」という、新しい地図を採用しているんです。

――従来の地図とどう違うんでしょうか。

オーサグラフは3次元の球体を、面積比を保ちながら二次元の平面である長方形に投影するシステムで、大きさや形の歪みをおさえた正確な地球の全体像を示すことができます。見てみると、私たちが地図帳などで慣れ親しんできたメルカトル図法の地図とは、違った印象を受けるでしょう。オーサグラフ 世界地図は、2016年度のグッドデザイン大賞を受賞したんですよ。

――デザインとしても優れているんですね。

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AR(拡張現実)技術を用いて、ジオ・コスモスにデータやシミュレーションを重ねて表示できるシステム「Geo-Prism(ジオ・プリズム)」は、Rhizomatiks Researchが担当してくれました。見せ方もすごくシャープです。
また、これらの「ジオ・ツール」のデータを一括管理するコントロールルームは「Geo-Cockpit(ジオ・コックピット)」と呼んでいます。3階と5階をつなぐオーバルブリッジの途中にあるんですけど、とても薄い強化ガラスで作られたユニットで覆われていて、中が見えるんですよ。

――まるでSF映画に出てきそうです。

ジオ・コスモスは世界で一つの高度なシステムです。中にいるエンジニアがめちゃくちゃかっこいい仕事をしているように演出したかったんです。

これからは、見たものを球体で保存できるようになる

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ジオ・コスモスは未来館のシンボル展示であり、これを起点にいろいろなアクティビティが生まれています。コミュニケーションのエンジンになっているんです。ジオ・コスモスのためにジェフ・ミルズが音楽を提供してくれたり、ビョークが「ここを舞台にしてコンサートをやりたい」と言ってくれたり。

――世界的な一流アーティストが、ジオ・コスモスからインスピレーションを受けているんですね。

海外の学生が作ったシナリオを、日本の女子中高生が映像化するワークショップを開催したこともあります。ジオ・コスモスで上映するコンテンツを募集するコンテストも定期的に開催しています。やっぱり、映像作家からすると、球体での映像作品は一度挑戦してみたいようですね。

――そして、有機ELの球体ディスプレイはいまのところジオ・コスモスしかないんですね。

球体の映像表現は、これからどんどん主流になると思います。いまは、映像が四角から丸になっていく大革命の最中だと考えています。じつは私たちの見ている世界は、丸なんですよね。目自体は球体ですから。それをこれまで私たちはずっと、強引に四角に変換し、代替してきたんです。本や映像、写真など、保存するには四角にするしかなかったので。
もうこれからは球体で捉えて、そのまま保存して、そのまま経験できる時代がやってきます。そうすると、人類の記録の仕方、あり方も大きく変わるでしょうね。

――ジオ・コスモスは、それを一歩先取りしているんですね。

そうなんです。私は未来館自体を先端科学やテクノロジー、そしてクリエイティブの実験場にしていきたいんです。そうなるように、仕掛けているところです。ジオ・コスモスでは、その目論見がうまくいっている気がします。

――未来館は、展示場であり、実験場でもあるんですね。これからの未来館の、日本における使命はなんだと思いますか?

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未来館には、掲げている使命のようなものがあります。このまま人口が増え続けて100億人を突破した未来で、みんながどう生き延びるかということを念頭においているんです。その人数で生き延びるためには、知識も、論理的な思考力も、パワーも、資源も、芸術も、エンタテインメントも必要だと思うんです。もちろん、科学技術を正しく使いこなすことも。
でも、「さあ、100億人で生き延びるために勉強しましょう」って言っても、誰もついてこないですよね。だから、私たちはいろいろな人の興味や嗜好をうまく包括しながら、自分で考えて行動する力がつくような、そんな展示やイベント、アクティビティのデザイン目指しているんです。

――なるほど。そういう未来の世界で、ちゃんと生きていけるような人を育てていく、と。

科学館で世界一になる

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そして、私個人としては、日本科学未来館が世界で一番の科学館になったらいいなと思っているんです。それは2005年から1年間、文化庁在外研修員としてMoMA(ニューヨーク近代美術館)に赴任したことをきっかけに考えたことです。1年の任期を終えて、ニューヨークに残る、もしくは東京に戻って美術館に勤めるという選択肢もあったんですよ。でも私は、未来館に戻ろうと思いました。

――MoMAは世界でもトップクラスの現代美術館ですよね。日本に戻りたい理由があったのでしょうか?

日本の美術館は、どうがんばっても世界で1番になれないからです。日本美術だけを扱っていれば、その業界では1番になれるかもしれません。でも西洋美術の分野まで広げると、フランスやイギリスなどのミュージアムのコレクションに絶対負けてしまう。また現代美術のマーケットも小さいから、やはり日本でやっている限り世界の1番になれません。でも、科学なら、科学館ならいけると思ったんです。

――子どもの頃に、 競争が好きだったお話とつながりましたね。

そうなんです。やっぱり私は、1番を目指したい。1番という順位自体に意味があるわけではないけれど、やはり世界が変わる瞬間に立ち会いたいなら、1番を目指すような場所やタイミングにいたほうがいいと思うんです。
科学技術というものを観光資源にしている都市って、いまはほとんどないんですよね。この未来館に来れば、日本が得意とするヒューマノイドロボット「ASIMO」など、アンドロイドロボットが見られます。そして、未来館があるお台場の街には『AKIRA』や『ブレードランナー』みたいな雰囲気があって、等身大のガンダムもあるし、運がいいと東京ビッグサイトのイベントでコスプレした人たちと出会えます(笑)。

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――日本独特のカルチャーが集まっている、と。実際、館内を歩くと外国人のお客さんも多いですよね。

そう、時期にもよりますが、平日だと4〜5割は海外からのお客さんなんです。

――すでに海外から、観光スポットとして認知されているんですね。内田さんがこれからの未来館でやっていきたいことはなんですか?

この未来館の中でやっていることを、もっと外に広げていきたい。オンラインでも、巡回展でもいいんですけど、この建物の中で完結してしまうのではなく、うまく外にネットワーク化していきたいです。

――やってみたい企画展、などのお話をされるかと思ったので、そのお答えは意外でした。

企画展でやってみたいテーマは、常に100個くらい頭の中に持っているんですよ(笑)。でもそれは、テーマが旬だったり、目玉になるようなプロジェクトがあったりしたときに、タイミングを見計らって実現すればいいことなので。それよりいまは、この未来館をもっと空間に縛られない存在にしたいんですよね。

――それはもう、科学館やミュージアムといった定義を超えている感じですね。

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未来館はいま、従来の科学館でも美術館でもない、独自のポジションを確立できたと思うんです。私が未来館に来た当初は、「そういえば未来館って、科学館だったよね」と言われたら勝ちだな、と思っていました。その目標は、だいぶ達成されてきたと思います。
だから今度は、また違う境界線を取り払っていきたい。科学館っていうと学びや勉強という要素が強いと思われがちですよね。でも、遊びと学びって対立するものではないと思うんですよ。

――たしかに未来館は遊びと学びが同居しています。

本来はよく学んだらそこには絶対遊びがあるし、ものすごく遊んだら必ず学びもある。だからその境界線を、未来館の活動を通し、内も外も含めて取り払っていきたいですね。あとは、理系と文系の境界線もなくしていきたい。そういう意味では、未来館でできることもありますが、未来館というよりは、ミュージアムの業界、クリエイティブや研究の業界、そして、日本社会や、海外も含めて、そういう世界に貢献できたらいいなと思っています。


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この記事は、POLAが発信するイノベーティブ体験「WE/」のコンテンツを転載したものです。ぜひ「WE/」のサイトもご覧ください。
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