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シナリオ「雪は黄昏」(2700字)

①レンタカー店、店内(夜)

若いカップルが楽しく会話している。
木戸有吾46が返却手続きを済ませる。

木戸「またのご利用をお待ちしております」

木戸、笑顔でカップルを見送った後、無表情でシャッターを降ろす。
同、外観。店の明かりが消える。

 

②木戸のアパート(夜)

玄関ドアの前。コンビニのビニール袋を手に帰ってくる木戸。
なにかを見つけ、顔をしかめる木戸。

ドアの前に一匹の猫が座っている。

猫「よう、また来てやったぞ」

木戸「頼んでないが」

木戸、鍵を開ける。

☓  ☓  ☓

同、室内。簡素な和室。

木戸、座ってコンビニ弁当を食べ始める。
猫、物欲しそうにしている。

木戸「(うっとうしそうに)ほら」

弁当のフタにちくわを乗せてやる木戸。

猫「ありがたい」

ちくわを食べ始める猫。

猫「私は魚のすり身が好物なんだ」

木戸「へえ、そりゃ貴重な情報だ」

嬉しそうにちくわを食べる猫。

木戸「ところでお前、一体何者なんだ」

猫「(食事を止め)なんだ、藪から棒に」

木戸「まあこんな野良猫に、さして興味もない」

猫「野良猫とは、失礼だな」

木戸「なら、なんなんだよ」

猫「旅人さ。昔も今も」

猫、食事を再開する。

木戸「旅人……? ……人?」

木戸、首を傾げる。

 


③同(朝)

夜が明け、室内に朝日が差し込む。
目を覚ます木戸、あたりを見回す。

窓際に座り、外を見ている猫。

猫「雪が降っている」

興味がなさそうにそっぽを向く木戸。

猫「なんだ、もののあはれを解しない男だな」

木戸「ろくなもんじゃない、雪なんて」

ため息をつき、起き上がる木戸。

木戸「出かけてくる」

猫「雪が嫌いという割りに嬉しそうじゃないか」

木戸「まあな、家族に会うんだ」

猫「家族か」

木戸「生きがいだ、俺の」

猫「なんだ、急に。照れるじゃないか」

木戸「いや、お前は入ってないが」

ショボンとする猫。

 


④平泉駅、駅前(昼)

腕時計を見ながら立っている木戸。
駅から出てくる木戸絵里39。

絵里「あなた、お待たせ。少し電車が遅れてね」

木戸「そうか」

絵里「(あたりを見回し)良いトコだね」

木戸「そうか?」

木戸、歩き出そうとする。

絵里「ねえ、物件探す前にお茶でも飲まない?」

近くの喫茶店を指差す絵里。

木戸「(嫌そうに)高いだろ、喫茶店なんて」

絵里「でも」

木戸「飲み物ならコンビニでいいだろ」

木戸、歩き始める。
その後をトボトボと付いていく絵里。
絵里の方を見ずに歩を進める木戸。

 

⑤不動産屋(夕)

不動産屋を出てくる木戸と絵里。

木戸「なかなか良い物件がないな」

歩きながら考え込む木戸。

木戸「少し狭くなっても費用を抑えるべきか」

絵里「でも部屋はそれぞれ必要よ」

木戸「節約するに越したことはないだろ」

絵里「順平も来年中学生なのよ? 自分の部屋が欲しいに決まってるじゃない!」

木戸「(不服そうに)……ああ」

無言で歩く二人。

 

⑥平泉駅前(夜)

木戸の後ろを少し離れて歩く絵里。

絵里「ねえ」

木戸「(前を向いたまま)なんだよ」

絵里「無理に一緒に住む必要ないよ」

振り向く木戸。

木戸「なに言い出すんだよ急に」

絵里「今住んでる地下の仮住居より、私は、あなたの傍が息苦しい」

驚き、言葉に詰まる木戸。

木戸「息苦しいって」

絵里「お金が大切なのはわかるよ、でもそれで順平にも我慢させ続けるの?」

木戸「そ、それは」

絵里「あの子の誕生日、あなたは交通費がもったいないからって会いにも来なかったわね。図書カード一枚送りつけて、何のつもり!?」

木戸「(気圧されながら)あれは、その」

絵里「私だって!」

絵里、言葉に詰まる。

絵里「私だって、久しぶりに会ったんだから一緒にお茶くらいしたかった」

涙を滲ませ、木戸を睨む絵里。

絵里「ごめん、今日は自分で宿を取るから」

木戸「お、おい」

絵里「(涙を拭いながら)考えておいて、これからのこと、私達のこと」

 戸惑う木戸。

木戸「それって、おい」

絵里「明日また、会ってちゃんと話そう」

立ち去る絵里と、立ち尽くす木戸。

 


⑦木戸のアパート室内(夜)

暗い室内、月の明かりが差し込んでいる。
壁に寄りかかる木戸。月を見ている猫。

猫「妻と息子がいたんだな」

木戸「ああ、だが離れ離れになった」

猫「なぜ?」

木戸「雪のせいだ。俺達が住んでた青森は、元々日本で一番雪の降る街だ。異常気象だがなんだが知らないが、冬の間はもう人の住める場所じゃなくなってしまった」

猫「家族は」

木戸「地下だ、冬の間は地下の仮設住宅に避難している」

猫「地下……」

木戸「そんな所じゃ、ろくに仕事もない。だから俺だけ単身赴任で岩手へ来た」

木戸、ため息をつく。

木戸「俺はただ、早く金を貯めて家族と一緒に暮らしたかっただけなんだ」

木戸のそばへ来る猫。

猫「まっすぐ目的地を目指すだけじゃ、旅はつまらんぞ」

木戸「はあ? 旅なんてしてないが」

猫「お前は前しか見てないから、すぐ傍にある美しい景色に気がつかない。そしてなにより、後ろについてきている家族の存在にもな」

木戸「……」

猫「生きがいじゃ、なかったのか?」

木戸、携帯電話を手に取り、力強く握る。

 

⑧平泉駅前(昼)

絵里が元気のない表情で立っている。
1台のセダンが絵里の前に停まる。

運転席から降りてきた木戸に、驚く絵里。
無言で助手席のドアを開ける木戸。

絵里「きゅ、急になに?」

木戸「たまにはいいだろ、ドライブも」

絵里、困惑しながら助手席に乗り込む。

絵里「(後部座席を見て)え? 猫?」

猫が後部座席に丸くなっている。

猫「ニャア」

木戸、運転席に乗り込んでくる。

絵里「(木戸に向かって)なんで猫?」

木戸、軽く笑って車を発進させる。


⑨そば屋、店内(昼)

美味しそうにそばを食べる木戸と絵里。

窓の外で二人を恨めしそうに見ている猫。

 

⑩中尊寺金色堂(昼)

お堂に向かい、賽銭を投げる絵里。
絵里、賽銭を渋る木戸を急かす。

木戸、嫌そうに賽銭を投げる。
手を合わせ、願いごとをする二人。

 


⑪走る車内(昼)

広大な自然の中を走る車。

絵里「(満面の笑みで)最高だねー」

木戸「(笑顔で)そうだな」

木戸、後部座席の窓を開ける。
猫、風を感じつつ二人を見ている。

 


⑫高舘城跡(夕)

広大な自然の中、夕暮れの風景を見ている木戸と絵里。
松尾芭蕉の石碑の上でまるまっている猫。

木戸「悪かった」

絵里「ううん」

木戸「前しか見てなかったから」

絵里「うん?」

木戸「気づかなかったんだよな、周りにあるきれいな景色とか、それを楽しむことに」

絵里「うん」

木戸「今度は三人で来よう」

絵里「うん、絶対ね」

景色を見ながら微笑む木戸。
雪が降り始める。

絵里「あ、雪」

木戸「おっと。冷えてきたし、戻ろうか」

歩き始める二人。

絵里「あれ、猫ちゃんは?」

木戸「(笑って)さあな」

松尾芭蕉の石碑、傍にもう猫はいない。

木戸「また、どこかへ旅に出たんだろう」

雪が降る中、寄り添い歩く二人の後ろ姿。





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