掌編小説「座して燃ゆ 上」(1000字)
病院の一室。夏の盛りを前にして、蝉の声が院内にもよく届く。
ベッドには老人が力なく横たわっている。
「失礼します、千月(せんげつ)師匠、見舞いに来ました。具合はどうですか」
千月と呼ばれた老人は落語家であった。
菊乃家(きくのや)千月は、江戸の落語家には珍しい力強さを全面に押し出した芸風で名を知られた。
しかし今、病室で四肢を投げ出し横たわる彼に、かつての姿を重ねるとこは難しい。
誰よりも彼をよく知る、私でさえも。
「小千(こせん)か、見舞いにはもう来ないでいいっ