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掌編小説「汗まみれのトド」(1200字)

「次はトド先輩、やりませんか?」

その声を聞き、柔道部三年、東堂(とうどう)が無言で新入部員の田原(たはら)に目を向けた。

田原は高校生に上がったばかりの一年だが、中学で全国ベスト16という結果を残している。

その田原と組んでみたい、という声が部員から上がるのは自然なことだろう。

すでに数人の上級生からあっさり一本を奪ってしまった田原が、逆指名したのは三年の東堂。

入部して半年ほどの東堂に、輝かしい成績はない。

部員不足に喘いでいた柔道部顧問の私が、彼の巨躯に目を止めて声をかけた。そうして、たまたま入部してくれただけ。

身長198cm、体重117kg。

相対すれば、柔道歴25年の私ですら軽い目眩を覚える。

その東堂に挑むとは。

田原の体格は決して恵まれていない、170cm半ばの身長に、体重は多く見積もっても80kgかそこら。


「いいですよね、トド先輩?」


トド、というのはその体格からつけられた東堂の愛称、だと思っていたが。
入部して三日、田原の呼ぶそれには、およそ友愛や尊敬の意は込められていなかった。

ピリピリとした緊張感。
東堂が前に出る。



決着は、一瞬でついた。




左手の小指を押さえてうずくまる、田原。

本気で一本を取りに行った田原の前に、東堂は素人同然だった。


だが、本能で自身を守ろうとした東堂の力は、組み合った相手の指など破壊するのに十分なものだった。




病院に田原を連れて行くために、修練場を後にする。痛みに苦しむ田原よりも、東堂の方が苦悶の表情を浮かべていたことが私の胸に突き刺さった。






「東堂先輩…」

翌週、校門を出たところで声を掛けてきた田原。
左手小指に巻かれた包帯が痛々しい。

ケガなどしていないはずの俺の指にも、鈍い痛みが広がる。


「先輩、部活行きましょうよ」

「聞いたんだろ。俺はもう、柔道を辞めた」


あの後、田原の親が学校に乗り込んできたらしい。顧問の相沢先生が全て対応したと聞いた。内容は想像がつく。

ただ図体だけデカくてボーッと生きていた俺に、柔道を通じて礼儀や仲間の大切さを教えてくれた相沢先生。

その大恩ある先生に、これ以上迷惑をかける訳にはいかない。



「このケガは、僕の自業自得です。僕は自分の強さを見せることしか考えてなかった。勝つことしか頭になかったんです」

「別にそれは間違ったことじゃない」

「他の先輩たちが教えてくれました、東堂先輩は誰よりも受け身の練習をしていたと。大きな体の自分を投げてもらえれば、新入生たちに柔道の面白さをわかってもらえるからって」

「…」

「僕は東堂先輩の優しさを踏みにじったんです、申し訳ありませんでした」

田原が頭を深く下げる。




「すまなかったな。うまく投げられてやれなくて」

田原がゆっくりと顔を上げた。

「持ってやるよ、部活行くぞ」


重そうに持っていた田原のカバンをぶん取って、校内へ走る。

「はいっ!」

後ろから田原がついてくる。

気が付けばもう、俺の指に痛みは残っていなかった。





【1,195字】







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