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#20 生活のため

クラゲってゆったりと泳いでて気持ち良さそうだなーと
水族館に行くとクラゲの所で足を止め
しばらく魅入ってしまいます
パリの水族館はクラゲの展示スペースが多くて自分はしばらくボーッと眺めて
こんなふうに気持ち良さげに泳いでみれたらいいのになと想いを寄せます

ポイは泳げませんが


定まらない


飲食派遣をやっていく内に
自分の中で何がやりたいのか
どういった仕事をしていきたいのか
どうしても定まらずにいて
明確ではなくても目標を持てない時期に
歌舞伎町のときのOさんから

Oさん「ポイくんなにしてんの?ひま?
  飯でも食いに行こうよ!」

二つ返事で受け、神田の寿司屋へと

Oさん「ポイくんどう?俺はさー腰やば
  くて、歌舞伎町のときもヤバかった
  けどそろそろ手術するわ!」

ポイ「ヘルニアですもんね、仕事に影響
  でちゃってるんじゃないですか?」

Oさん「そう、だからさ、ちょっと安定
  しててサラリーマンやろうと思っ
  て、調理はするんだけどさ」

ポイ「サラリーマンですか、自分達会社
  員だったはずなのにあんなんじゃ全
  然会社員って感じじゃなかったです
  もんね」

Oさん「そうだね!総上がりとかやっち
   ゃったもんな!」

ポイ「Oさん、自分もあれから色々やっ
  てみたんですけど派遣とか、なんて
  いうか自分の中で目標が定まらない
  というか、やっていきたい事が見え
  ないというんですかね?浮いちゃっ
  てるなーって思うんですよ」

Oさん「そうか、じゃあなにも見つから
  なかったらとりあえず俺がこれから
  行く会社で人欲しかったら入ってみ
  る?ポイくん次第だけど」

ポイ「そうですね、考えさせてもらいま
  す、ありがとうございます」

と自分の中の悩みを話したり、お互いの近況を話に食事をしたあと、電車の中で深く考えても気持ちははっきりしませんでした

その頃、ポイは歌舞伎町で出会った女性と結婚して二人暮しでして
勢いのみで結婚したことは後に後悔するんですが笑
結婚していることも派遣の仕事に不安を抱える一因でした

何を仕事にしたいのか
お金を貯めて何をしたいのか
目的が定まらないから手段も選ぶことが難しくなるという状態

考えた末に「会社員」ということ
会社は上場企業である
ボーナスも年2回出る
仕事の内容は栄養士と一緒に仕事をする
都内に相当数の事業所があり委託業務
調理技術を持った上で事業所責任者となり、人員管理、発注業務、管理栄養士の指示に沿った提供等など
施設における食堂、会社の社員食堂
その委託業務を受ける会社でした

以前の職と比べれば、大きな会社で上場企業というところが会社としてしっかりしていて魅力的に思えて、管理職、責任者という肩書があるのでやってみようと思いました

入社後、歌舞伎町の8さんも同じ会社にいることがわかりまして
トラブルの予感は後に的中します笑

ここで衛生管理者の資格を取り
感染症、栄養士の影響での知識
管理職としての勉強をさせてもらえ
実践することができたのはとても良い経験で今に生かされてますね

しかしいい事ばかりではなく
人員不足から来る休日出勤
3ヶ月ほど休日無し
目標利益に達することが出来なければボーナスは無し
そもそも調理技術を持っている従業員がいないので指導が必須
約3年続けましたが、こんな生活を続けていれば結婚生活に支障が出るのは当然ですよね

辞める頃には結婚の生活の破綻は始まってました


語学留学


休日出勤が連続して続いていた頃
嫁さんから語学留学に行きたいと話をされ

嫁「カナダに語学留学に行きたい、難しいのはわかってるけど出来れば一緒行きたい」

ポイ「いや、それは無理でしょー、仕事辞めざるを得ないし、行ったとして帰ってきてから無職再スタートは怖いよ」

嫁「若いうちに行きたいし、今しかないと思ってる、後悔したくないんだよね」

ポイ「嫁の両親はなんて言ってるの?
 それも考えないとさ」

嫁「離れるのは良くないけど、後悔したくないなら行ったほうがいいって」


こんなやり取りを1年ほど続けた後
ポイは折れて嫁は語学留学へ
半年ほど独身状態になり
嫁に国際電話をかける毎日でしたが
徐々に電話には出なくなっていきました

1人休日も働き、友人と会える時間などなく、一体なんの為に働いてるのか
なんの為にこの仕事を選んだのかわからなくなっていきましたね
睡眠時間も1日少ないと3時間ほど
多くても5時間、職場に常駐するのが当たり前になっていた頃
語学留学から嫁が帰ってきましたが
態度がガラリと変わり
一緒にいてもポイに興味も無いようでした
そりゃ毎日語学留学で知り合った人達とスカイプしてりゃそうなるわ笑
食費も入れなくなったしね
そもそも家で食事もしなくなったし

これはもうだめだなと腹を括りました
仕事でこの状態の自分も悪いと思います
あちらも生活を共にするのが難しいのであれば無理に一緒にいる事はない
まだお互い若いからね

協議


会話という会話が一切なくなった頃
いろんな質問をポイはしましたが
曖昧だったり無視されるのみ
だったのでいい加減ストレートに切り出しました

ポイ「こんな状態じゃもう仕方ないでし
 ょ、離婚したい?僕はしたほうがいい
 と思ってる、どう思ってる?」

嫁「私もそう思う」

ポイ「じゃあ離婚しよう」

既に役所から緑の紙を貰ってきていたのを出すと嫁の表情が強張った
お互いに書類に記入し、協議離婚の欄に記入
ポイ2日で出ていくことを告げ即座に荷造りを開始
ポイ名義で借りた家だったんですけどね
出来るだけ早く離れたかった
それくらい愛情はもうお互いに無いなと思ってたから

前もって目をつけていた不動産屋に連絡を取り、敷金礼金無しの即入居可能な物件をキープしていたのを契約した後
レンタカーでヘルプを頼んだ友人と速攻で運搬転居
友人に事のあらましを説明しながら
夜更けまで飲んだあと〆にラーメンを食べ、結婚の終わりを実感していました

翌日、最後のチェックで大事な書類
自分の物を忘れていないかを確認に訪れ
た時の嫁と最後の会話が

ポイ「それじゃ!忘れ物も無いし」

嫁「元気でね….何かあったら連絡して」

ポイ「役所関係ならともかくほかは連絡
  しないよ、そちらも手続き関係の連
  絡があったら言ってね、じゃ!」

嫁は別れ際にハグしようとしましたが
さらっとスルーして車でGO!
それ以来顔を合わせる事はなかったです


海外


嫁が常々言っていた

嫁「日本を出たい、海外で暮らして行きたいから私の目標は海外移住」

今色んなsnsで海外にいても簡単に日本の友人と連絡が取れますが
サラッと会話で

友人「嫁じゃなくてお前が海外移住しち
  ゃったのはなんだか皮肉だね」

ポイもそう思います
嫁があれだけ言っていた、したいと願っていた海外移住を
なんの因果か当時そんなこと不可能だと思っていた自分が今フランスで暮らしているっていうのは不思議に思います

ほんとに人生どうなるかわからない


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