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【パリ7区】 Rapp大通り

Avenue Rapp(ラップ大通り)は、ナポレオン I 世帝政時代、エジプト遠征やオステルリッツの戦いなどで活躍した司令官の1人と言われている Jean Rapp(ジャン・ラップ(1773 - 1821))の名前が由来となっており、Place de la Résistance (レジスタンス広場)から Place du Général-Gouraud(ジェネラル=グロー広場)までの全長 440 m の通りを指します。

その歴史は、1858年に開通し、開通当初は、Avenue du Champs-de-Mars(シャン・ド・マルス大通り)という名称でしたが、その後、1864年に、現在の Avenue Rapp(ラップ大通り)に改称され、現在に至ります。

1894年から1899年には、1892年に閉場したアルマ橋競馬場から引き継がれたシャン・ド・マルス競馬場が存在していたそうですが、その後、1900年、パリ万博のメイン会場の一部の建設地となり、その後、競馬場は、1900年、モンマルトル競馬場へと移動されたそうです。

(参考資料:ウィキペディアフランス語ページ Avenue Rapp の項より)

▶︎通りの場所はこちら

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1900年頃のAvenue Rapp(ラップ大通り)の写真

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2019年8月現在のAvenue Rapp(ラップ大通り)の写真

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1900年頃のAvenue Rapp(ラップ大通り)の写真

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2019年8月現在のAvenue Rapp(ラップ大通り)の写真(向かって右側の通り)
正面の建物は別の建物になってしまったが、通りの名残は写真とほぼ、同じ。

撮影時期もあるかもしれないですが、この時期、木々が生い茂っている時期だったということもあり、街路樹の成長も手伝って、実際の昔の写真との比較のイメージが湧きにくいかもしれないが、1枚目の写真はしっかり、建造物が残っており、しっかりと現在の写真でも感じ取ることができます。

しかし、2枚目の写真は、通りの形こそはしっかり、保たれているものの、正面の建造物は全く、異なるものとなっておりました。しかし、通りの記憶はしっかり、感じ取ることができたひとときでありました。

通りの主な見どころ&記憶

1番地
20世紀初頭の邸宅。現在はブルガリア大使館。

23番地
1905年、この地の1階、店舗部分に、薬局が存在しており、1985年、店頭と内装部分が、歴史的建造物に指定される。

29番地

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Immeuble Lavirotte。1900年から1901年時期、リヨン出身、アールヌーヴォー建築家 Jules Lavirotteが手がけた建造物。1903年、パリ市主催の建築ファサードコンクールで、受賞。
アールヌーヴォー建築ファンは、絶対、押さえておきたい場所の1つ。

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33番地
1898年、建築家Albert Sélonierが手がけた建造物。現在はルクセンブルグ大使館。

(関連資料:ウィキペディアフランス語ページ Avenue Rappの項より)

通りまでのアクセス

- RER C線:
Pont de l'Alma 駅下車
- バス:
42番線/69番線/87番線(停車位置:通りの南側)
42番線/63番線(停車位置:通りの北側)

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在仏15年。リヨン経て、現在パリ在住。写真&執筆活動。Instagram仏、伊、英、西で多数ベストフォト受賞歴あり。複数媒体で写真名誉会員[Instagram] http://bit.ly/2NpY44o / [FaceBook] http://bit.ly/2NqJ8D4

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写真で比較するパリ今昔物語
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  • 6本

こちらは、自分の活動の1つである写真を生かしたパリの今・昔を写真でタイムスリップするページです。

コメント (2)
ラップ大通り✨いいですねぇ✨
素敵な街並みですねぇ🤗
エッフェル塔から近い通りなので、エッフェル塔とセットでこの通り覚えておかれるとまた、新たなパリの魅力が発見できそうです。✨
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