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観梅ノ記 春の声は風に乗って

菅公に合わせる顔もないままに無学の散歩梅ばかり美(は)し 虫干しの散歩に出(いで)て鄙の里梅はこぼれて社(やしろ)へつづく 枝垂れ梅菅公しのび咲きそろい昔日の影たちのぼりゆく 情念の宿木として髪のばしレースを纏い春の墓地ゆく 百花より先駆けて咲く梅の香が眠れる人の声となりゆく 春の声は風に乗って 築城され、かつて言葉の砦だった廃墟を探しあぐねて、墓地を彷徨っているうちに、曇天からこぼれる雨があり、もはや骸と化した言葉の亡霊が、水中に溶け出して体に染み入ってくる。このどこかに

花と遺詩

血痰の出てのちに観る散り桜やがて常世の扉を開く 血痰の出てのち吹雪く花びらに真白い衣濡らしゆきつつ 血痰の出てのち吹雪く花びらを集めて死者を今喚ぼうとし 観桜に高橋睦郎『花行』抱き遺詩は静かに電子に眠る 花筏流れる午后に子らあそび鴨追い立てるこころ真白く 花筏流れる午后に子らあそびひとりからだを日傘にゆだね ネメアに眠るティエラに 春の街象牙の館その奥に眠れるきみに身を重ねつつ 春の暮臥せる日々にも倦みねむる身には歌なき造花群れなす 2024.04.13

弓の軌跡は春へとつづく

まだ、遠い汽笛の声が耳の奥に残っている。航海の果てにさまよって、どこにも行きつかないまま別離を経たおまえの姿を見出そうとしても、ぼんやりとかすみがかって、その面影はいくつもの人影に重なって判然としない。そのうちに亡父の静かなまなざしがあったことを受け止めかねて、彼の遺したコントラバスが船室の奥に残されたまま、延々と航路がつづいているという報せを記した新聞記事を切り抜いて、日記帳の奥深くに挟み込んだのだった。主役になりえぬ父と、華々しくコンサートマスターの座についたおまえとの交

碧玉の足輪

痛苦さえも忘却してゆくからだの奥に湧き出るかなしみの泉も枯れ果てて、望むべくもない健やかな魂を求めて墓地を歩く私に、木陰にわだかまる死者の泣き声が迫る。そのうちの一つにおまえの魂があり、零落したのちに手放した本の一節を墓標にとどめているのも、風になぞられて朽ちてゆく。もはや花を手向ける者もなく、時折置かれる煙草のケースも、雨に打ちひしがれてゆがんでしまう。画家だったおまえが、画題として選んだ生贄、それが私に他ならなかった。裸身に纏うレースの影を描きこむおまえを、私は悦楽にほど

大鴉の喪章

痛苦ばかりが呼び起こされるからだの奥に記憶の扉があり、そこから溢れてくるかなしみはとめどもなく流れ出し、奔流となって私に迫る。歌声を押し殺し、言葉を喉の奥に詰まらせたまま、声にならない叫びを上げて大鴉が斃れる。その羽のひとひらを拾いあげ、黒々とした闇のうちに開かれる扉の前に佇んだまま、閉めることもできずに羽根の喪章を握りしめる。どこか遠い、あの海の果てから飛んできたのだろうおまえを葬ることも叶わず、濡れてゆくからだは冷えて、流されてゆく。たどり着く先に花園があることをおまえは

罪業の門を叩いてのちに

癒えない痛みばかりがわたしにとってのはじめの証だったと記すにはまだ早すぎる。疼痛を至るところに抱いた体を縮めて紅茶碗を持つ指先もまた、傷つき果てている。治癒には程遠い道のりをどのように歩んできたのだったか、その迂回路にあったはずの歌声ももう忘れ果ててここまでたどり着いたのだった。ひとりきり、衣を擦り切れさせて裸足のままで。途絶えたあなたからの便りをまだ鞄の底に入れて、その宛名が水を満たした壜の向こうで揺らいでにじんでいるのも忘れて、新たな手紙をまたしまっては忘却してゆく。手書

追憶の葬送

オンラインサロン「私」物語化計画推薦作品 ブンゲイファイトクラブ51次予選通過作品 記憶の波の打ち寄せる浜辺で、まだ懊悩と憧憬とを抱きしめていたかった。焚き火はもはや燃え尽きようとしている。やがて星もめぐり、今夜、残された時間は限られているなかで、星々の運行の軌跡をなぞって記憶が駆け巡る。いつしか訪ねたおまえの館に、今はもう作られなくなった陶器製の人形が並んでいたのを覚えている。そのうちのひとつを割った罪と、破片で裂かれた指先の傷とがかすかに残っているのをゆらめく炎の影のう

虎狼の疾る雪原の果てに

ポケモンSV(スカーレット・バイオレット)に登場する、ナッペ山オマージュの連作散文詩集です。 ナッペ山の入り口でルガンルガン(まよなかのすがた)と出会った鮮烈な印象を元に書き下ろしました。 また作中にはスター団のフェアリー組のアジトがある花園も登場します。雪山を降りて花園が広がる、あの風景をカタルシスとして詩として形にしたいという思いから、取り入れることにしました。 世界観はこうしてポケモンSVに依拠するものですが、そこから生まれた詩は必ずしもあの世界の登場人物たちに根を下

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異形のものたちへの交響詩

ポケモンSV(スカーレット・バイオレット)に登場する、エリア・ゼロへのオマージュを込めた四篇の連作散文詩集です。 作中に登場する人物は、主人公でもなく、また他の登場キャラクターでもありませんが、「こういう人たちもかつてエリア・ゼロを訪れていたかもしれない」という別の世界線の詩と捉えていただければと思います。 この連作に登場する「翼あるもの」はいずれもウルガモスを指しますが、あくまでも二次創作というよりも、オマージュという色合いが強いので、その点ご了承ください。 この詩集には

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雪花の契りは時を超えて

──あれから数刻、数日、幾年(いくとせ)を経て、白梅というおまえの名を片時も忘じ得ない呪いにかかった私は、白い無精髭を持て余しながら、その花がふたたび開く時を待っている。 ──無謬の愛などないのだと知りながら、未だ硬い羽の結晶を握りしめる。 古典の『和漢朗詠集』に収められた、冬〜春にかけての題材(霜・雪・梅・桜)を主題とした四篇の詩歌をベースとして生まれた、創作BL連作掌編集。 A4一枚、全年齢向け作品です。 名もなき老学者の主人公と娼妓の少年・白梅との時空を超えた切な

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詞華集「月冴ゆる頃にヒュプノスの恩寵を」

獣なるきみのねむりにヒュプノスの恩寵あれと祈りつつ詠む 冴ゆという名にはなじまぬきみがいてねむりひとしくやさしくつつむ ──「獣よりもなお修羅として眠りを捧ぐ」 立冬へと駆け抜ける風を追いかける獣でありたかった。隔たった大地から吹き荒れる厳冬の嵐を肌で感じ、そのただなかに身を置いて、失われた調べであなたを呼びたかった。──「立冬の使者」 保護猫の生後3ヶ月のキジシロの子猫・冴ゆを膝に乗せて詠んだ短歌と書いた散文詩をまとめた詞華集です。 今の時期にしかお届けできない詩

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ねむれるものにはすみれの花を

群れ咲くすみれ色の花々だけをおまえのねむれる瞳に贈る──。 人を狩る吸血鬼×眠りつづける吸血鬼の全年齢向け創作BL連作散文詩集。 耽美主義に再び回帰することを志向し、その思想をベースとした、嘉村詩穂名義の第一詩集『挽歌-elegy-』、第二詩集『真珠姫の恋』につづく詩のあり方を志した、連作散文詩4編を収めた詩集です。 -収録作品- エリザベト・バートリの裔として ねむれるものにはすみれの花を 人形師の恋に寄せて やがてめざめる、春の世にて

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詩集『凍蝶の弔い』

中里介山『大菩薩峠』の主人公・机竜之介にフィーチャーしたオマージュ散文詩作品集。 和風ホラーや耽美な作風がお好きな方におすすめしたい作品集です。 もう幾百人の血を吸った懐刀も錆び果てて、我が身も朽ちると思えば侘しさよりも虚ろさが募るばかりで、枯野の向こうに迫る夕日に我が身を焦がしてしまいたかった。──「凍蝶の弔い」 -収録作品- 初秋、修羅は往く。 修羅桜 妖魚譚 凍蝶の弔い

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虚ろな夢の名残り

おまえは海の底から産まれ出て、やがて痛みをなぐさめるためにこの地上に遣わされた使者なのだ。──「この痛苦を慰撫するものとして」 ポケットモンスター サン・ムーンに登場する、アシレーヌ・ウツロイドへの憧憬から生まれた散文詩4編を収めた詩集です。 -収録作品- この痛苦を慰撫するものとして(アシレーヌ) 無謬の抱擁(ウツロイド) 原初の海へと還るまで(ウツロイド) 虚ろな夢の名残り(ウツロイド) ポケモン好きな方はもちろん、水無月となり、海を感じたい方にもおすすめの詩集で

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