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追憶の葬送

オンラインサロン「私」物語化計画推薦作品
ブンゲイファイトクラブ51次予選通過作品

記憶の波の打ち寄せる浜辺で、まだ懊悩と憧憬とを抱きしめていたかった。焚き火はもはや燃え尽きようとしている。やがて星もめぐり、今夜、残された時間は限られているなかで、星々の運行の軌跡をなぞって記憶が駆け巡る。いつしか訪ねたおまえの館に、今はもう作られなくなった陶器製の人形が並んでいたのを覚えている。そのうちのひとつを割った罪と、破片で裂かれた指先の傷とがかすかに残っているのをゆらめく炎の影のうちに見たのだった。おまえは海の彼方に去り、もはやその舟の軌跡も残ってはいない。凪いだ水面を眺め、虚ろな小舟が風に揺れるのに任せて歌を口ずさむ。かれこれ九年の月日を費やしてもなお、ぼやけながらもおまえという人間が私の胸の内にとどまり、薄らぐ気配はない。幼い日に見た陽炎のうちにおまえの母が日傘を差してこちらにふと見返る、その顔がぼうっとおぼろげなひかりにつつまれて判然としない。あの顔に刻まれた微笑みを求めておまえは舟を漕ぎ、もう二度と帰らない日のおもかげをその白い船体のどこかに見出そうとしていたのだったか、母の名を冠した舟はやがて沈み、氷海の底に眠ると聞く。私の旅はまだつづく。明日は海鳥にパンを奪われるその前にこの浜辺を発たねばならない。沖に眠る島の奥に秘められた墓に、新たなおまえの一族の遺髪を収めるために。

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