ミヒャエル・エンデ『モモ』(14)モモは灰色の男たちを追いかけて、時間の花を取り戻す。

とつぜんに、マイスター・ホラはまた想像をぜっするような老人に変わりました。

そして、「どこにもない家」の奥に入っていきます。ホラが眠りにつく時、この世の時間が止まります。

ぐらぐらっと、時間がゆれたような感じがしました。
周りにあった無数の時計が止まりました。

いま動けるのは、「時間の花」を持つモモと、カシオペイアだけです。

その時、灰色の男たちが<どこにもない家>に押し寄せてきました。ひとりが言いました。

「どうもおかしいぞ、諸君!」

彼らは気づきました。

「人間から一秒だって時間を取ることは不可能になった。補給はすっかりとだえたんだ! もう時間はない!」

男たちは大混乱になって、あっという間に町へ引き返して行きました。そちらに「時間の花」の貯蔵庫があるのでしょう。

モモは彼らを追いかけました。町ではすべてのものが止まっています。
偶然の再会がありました。

「ベッポ!」とモモはさけんで、うれしさにわれをわすれてかけよりました。
モモは首にとびつこうとしましたが、ベッポはまるで鉄でできているようで、

はじきかえされました。カシオペイアが「イソイデ!」と甲らにメッセージを出します。

モモがまた町を進んでゆくと、建設工事の現場にたどりつきました。穴が空いています。モモはなかへ入りました。

土管を抜けていくと、

目のまえには大きな広間があって、そのまんなかに、とてつもなく長い会議用のテーブルがあります。

その周りに灰色の男たちが、ボロボロの格好で座っていました。葉巻のうばい合いをしていたので、もう生き残りは少なかったのです。

「たくわえをだいじにしなくちゃいかん。」

彼らはコインを投げて、表が出ると、半分の男たちは葉巻をうばわれて消えました。自分たちで人数を減らしているのです。ついに6人になりました。

貯蔵庫のとびらは開いていました。彼らはまだまだ「時間の花」を補給できます。

「トビラヲ シメナサイ!」

とカシオペイアがモモに伝えました。

「ハナデ トビラニフレナサイ!」
「時間の花でふれると、動くようになるの?」
「アナタハ ソウシマス」

カシオペイアの予言が出たので、モモはカメをおろし、自分の時間の花をふところに入れました。

六人の灰色の男に見つからずに、モモはうまく会議用テーブルの下にもぐりこみました。
灰色の男はだれひとり気がつきません。
あいたとびらにたどりつくと、花でさわると同時に手で押しました。
ガチャンと錠がかみあいました。

これで、灰色の男たちは「時間の花」を補給できません。モモはぱっと逃げ出しました。

おおいにあわてた灰色の男たちは追いかけますが、

じぶんの葉巻をおとし、ひとり、またひとりと消えてゆきました。しまいには、ふたりをのこすだけになりました。

モモは花びらの散っていく時間の花をかかえて、会議室に舞い戻ってきました。

さいしょの追手が花に手をのばしかけると、二ばんめの男が彼をひきずりもどしました。
「だめだ! 花はわたしのものだ! わたしのだ!」

ふたりはもみ合い、ひとりの葉巻が叩き落されて、その男は消えました。

「さあ、花をよこすんだ!」

しかし、ちびた葉巻が落ちて、さいごの男も倒れました。

さいごの灰色の男はゆっくりとうなずきながら、つぶやきました。
「いいんだ──これでいいんだ──なにもかも──おわった──」

そこにカシオペイアが現れ、背中に文字が光ります。

「トビラヲ アケナサイ」
モモはとびらに近づき、さいごの一枚の花びらしかのこっていない時間の花でふれながら、とびらをいっぱいにあけました。

巨大な貯蔵庫には、何百万という時間の花が、ガラスのようにこおりついていましたが、だんだん温かくなってきます。

にわかに嵐のようなものがまきおこりました。

すべての時間の花が飛び立ちました。

あたたかな春の嵐のようです。でもそれは、自由となった時間の嵐なのです。

モモはいつしか体が浮かび、花の嵐にのって空を飛び、町へと帰りました。

やがて花の雲はゆっくりと空をおり、花々は静止した世界に雪のように舞いおりました。そしてまさしく雪のように、しずかにとけて消えました。ほんとうの居場所にかえったのです──人間の心のなかに。

時間が動き出しました。道路のわきではベッポがなにかを考えています。

ちょうどそのとき、だれかがベッポの上衣(うわぎ)をひっぱりました。ふりかえると、目のまえに小さなモモがいました。
ふたりは笑ったかとおもえば泣き、泣いたかとおもえば笑い、

再会をよろこびました。

そうして円形劇場あとへ帰っていきました。そこにはジジと子供たちもいます。

モモは下のまるい空き地のまんなかに立ちました。そしてあの星の声と時間の花に、じっと思いをひそめました。
 やがてモモは、すみきった声でうたいはじめました。

その頃、<どこにもない家>では、ホラが眠りから目覚めていました。カシオペイアがそばにいたので、ねぎらいました。

その甲らには、この物語をここまで読んできた人にしか見えない文字が、ゆっくりと浮かび上がりました。
オワリ


これで、『モモ』の本編はおしまいです。

『モモ』ミヒャエル・エンデ著、大島かおり訳、岩波少年文庫、2005





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