【お題エッセイ】#008 ハンガー
なんだか今日はすべてがしっくりこないなあ、と畳にひっくり返ったとき、室内物干しにかかったたくさんのハンガーたちが目に入った。
ぼんやりとした頭で、それを見つめる。
ああ、ハンガーだなあ。普段は意識さえすることのないそれを見て、やあハンガー、そこにいたのね、なんて思う。
もういいや、今日は君に決めた。ハンガーについて、何かしら思いつくことでも書こう。そんな流れでいま、この文章を書いている。
* * *
我が家の室内物干しにかかっているハンガーたちは、我ながらあまりにごちゃごちゃだと思う。
クリーニング店でもらう黒色のプラスチックハンガーに、黄色やピンク、黒や青の針金ハンガー。バスタオルを干す用に100均で買った、横幅の伸縮が可能な白いハンガー。
こどもが生まれてからはそこに、こども服を干す用のキッズハンガーが加わった。保育園に入って着替えと洗濯が増え、数が足りなくなったので、先日少し買い足した。新入りは色とりどりのビビッドカラーで、わかりやすいのはいいけれど、ちょっと目がちかちかする。
結婚した当初、それぞれが持っていたハンガーが混ざってごちゃごちゃしているのが嫌で、なんとかしようと思っていたはずなのに、気づけばごちゃごちゃ度は増していて、もはやなんとかしようとすら思わなくなっている。
それはそのまま、こどものいる生活をようやくなんとか回せるようになってきた、いっぱいいっぱいの我が家の、ごちゃごちゃした日常をあらわしているように思えた。
* * *
理想のイメージからはほど遠い。
いくら雑な性格といえど、わたしだって人並みに、おしゃれな室内に憧れくらいはあるものだ。
ハンガーだって理想だけをいえば、シルバーの針金ハンガーと、木製の、ほどよい厚みの同種類のもので統一してみたい。そんなクローゼットに憧れてしまうし、実際にそんな暮らしをしている方を見かけると素敵だなあとため息が出る。
まあため息が出るあたり、自分には無理だなとはなからあきらめているのが、実際に素敵なインテリアを整えているひととの違いなんだろう。
たしかに、毎日の暮らしにおいて何を優先するかの優先順位はひとそれぞれで、ハンガーを始めとするインテリアは現時点では、わたしの限られたリソースをさいて取り組むべき対象にはなっていない。
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子育てをするなかで、いろんなものを削ぎ落としてきた、と思う。
いわゆる「ていねいな暮らし」に分類されると思われる、かつて自分が憧れていたようなスタイルの、いろんなものを。
育児において、限られた体力と時間をどう分配するかは、家庭内の平和を保つために死活問題だ。一時的な無理はできても、無理は長くはつづかない。すべてを理想通りに整えようとしていると、必ずどこかに負荷がかかって破綻する。「無理をしない」ことを覚えないと、継続ができない。
1歳を過ぎてからこそ、食洗機を導入したり、保育園に通い始めたりと頼るものを増やし、わたしは自分のリソースの分配を変えて少しずつ、「仕事」を取り戻しはじめた。
いま考えれば食洗機なんて、生まれる前に買っておけばよかったなあと思うけれど。そのころは「ていねいな暮らし」ができると、きっとまだ思っていただろうから、必要性を感じずに、夫もわたしも結局買わなかっただろう。
つくづく、状況は変わってみないとわからない。
* * *
まだまだ、我が家のリソース分配はいろいろと手探りだ。
いつか、統一されたシンプルな木製ハンガーを、クローゼットに並べ、シンプルに選びぬかれた洋服をつるして、微笑みながらその日の一着を選ぶような暮らしができるんだろうか?
そんな日は我が家には永遠に来ないような気もするけれど、でも確かなことは、この安っぽいビビッドなキッズハンガーはそのうちに色あせ、数年後にはこども服のサイズも大きくなり、必要すらなくなっていくんだろう。
気づけばいつのまにか、物干しにはまた大人用のハンガーだけになり、こどもたちが巣立てば、数だって少なくなる。脳内にぼんやりと、閑散とした光景が浮かんだ。
そう考えると、この雑多なハンガーたちも、「今」限定なのかもしれないなあ……。
室内物干しにだまって連なる、ごちゃごちゃのハンガーたちが、なんだか急にいとしく思えた。
(おわり)
↓関連note:子育てに都合のよい「ていねいな暮らし」の解釈で、しばらくは乗り切っていこうと思った話
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■お題エッセイを書き始めたワケはこちら
→【お題エッセイ】#000 お題エッセイ
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