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SaaSサブスクリプションビジネスモデルの事業計画KPIシミュレーション

インターネットを経由して、必要な機能を必要な分だけ利用するSaaS(Software as a Service)へのシフトに伴って、サブスクリプション型のビジネスモデルが広がっています。

サブスクリプションモデルとは、ユーザーが期間、量、機能などを利用した分だけ、サービス提供者へ料金を支払う形態で、海外でもNetflix(ネットフリックス)、Salesforce(セールスフォース)、Adobe(アドビ)などの注目企業が採用しています。

日本でもクラウド財務会計ソフトのfreee(フリー)、人事労務ソフトのSmartHR(スマートHR)など、SaaSサブスクリプションのITベンチャーとして注目を集めています。また、飲食店業界といったIT業界以外でもサブスクリプションモデルを採用したビジネスが増えてきています。

今回は、SaaSサブスクリプションモデルにおけるKPIが業績にどのような影響を与えるのか、シミュレーションで調べてみます。

サブスクリプションモデルが注目される理由

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まず、サブスクリプションのビジネスモデルが注目されている理由を少し考えてみたいと思います。キーワードとして、「Shareable」「Predictable」「Available」が挙げられるのではないでしょうか。

1. 所有からシェアへの時代の流れ(Shareable)
一般消費者においては、モノ消費からコト消費へ移り変わり、企業においてはクラウド化による業務効率化が推し進められ、所有からシェアへ時代が流れています。

スマートキャンプ、富士キメラ総研の報告によると、海外・国内両方ともSaaS市場規模は成長していることが分かります。海外SaaS市場規模は、2014年の3.2兆円から2020年には9.8兆円(3倍以上)へ、国内ではSaaS市場規模の比率が、’14年18.8%から’22年37.0%(2倍)へ成長すると言われています。

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また、クラウドサービスを利用している企業の方が、利用していない企業よりも生産性が高いというデータもあったり、クラウド化へのシフトを後押ししています。

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このような時代の流れとサブスクリプションモデルがマッチしているのも注目を集める一つの要因として考えられそうです。

2. 見通しを立てやすい(Predictable)
サブスクリプションモデルは、利用ユーザーが継続的にサービスを使用することで、ユーザー数が蓄積しやすいため、ストック型のビジネスモデルとも言われます。

そして、継続的に課金してもらうことで、サービス提供者は安定的な収益を得られ、将来の業績の見通しや計画も立てやすい特徴があります。

将来の先行きが見えづらいことに対する不安感がある時代背景もあり、サブスクリプションのような比較的見通しを立てやすいビジネスが注目を集めるのかもしれません。

3. 蓄積したデータを活用できる(Available)
サブスクリプションモデルは、利用ユーザーの行動ログデータを蓄積しやすく、サービス改善にデータを活用しやすいメリットもあります。

データ活用しやすい点において、機械学習などのAI分野が盛り上がりを見せていることが、サブスクリプションにおけるデータ活用の期待を更に押し上げてるのではないでしょうか。Googleトレンドにおいても「機械学習」や「AI」といったキーワードの検索ボリュームが上昇した後に、つられるようにして「サブスクリプション」の検索ボリュームも増加しているように見えます。

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また、データはそのサービス自身の改善だけでなく、新たな事業を創造することにも活用が期待されています。

例えば、クラウド名刺管理で有名なSansanは名刺管理ソフトに留まらず、名刺のデータで蓄積した人材情報を活用して、人材マッチングビジネスを展開し始めました。今後、各企業の人材データベースを活用して、企業と企業との業務提携支援やM&A支援にまで展開を広げることも可能かもしれません。

また、自動車IoTベンチャー企業であるSmartDrive(スマートドライブ)は、一般ユーザーへ定額でコネクテッドカーをレンタルするサービスを運営していますが、ユーザーの運転記録のデータをもとに保険料金を最適化するようなサービスも展開しています。

以上のような「Shareable」「Predictable」「Available」といった理由からサブスクリプションビジネスが注目を集めていると考えられます。

サブスクリプションモデルの収支構造

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サブスクリプションモデルのKPIシミュレーションを行う前に収支構造やKPIツリーを簡単に整理していきます。

まず、上図のように1ユーザーのみだった場合の収支構造を見ていきます。初月にユーザーを獲得するために①CAC(Customer Acquisition Cost:顧客獲得コスト)がかかります。色々定義があるかもしれませんが、CACを販管費と考えます。次月よりユーザーから利用料金が支払われますが、これが②ARPU(Average Revenue Per User:顧客あたりの平均売上)です。

ARPUは、③粗利と④サービス提供コスト(原価)に分けられます。そして、ユーザーが解約するまでの期間をLT(Life Time)と言い、LT = 1 / 解約率の式が成り立ちます(解約率:チャーンレート)。このLTと粗利を掛け合わせたものをLTV(Life Time Value = 粗利 × LT)と定義します。

収益性・効率性KPIツリー

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次にサブスクリプションモデルを評価するKPIを考えてみます。一つ目は収益性のKPIで、営業損益(率)をみる方法がありますが、KPIツリーは以下のように分解できます。

・営業損益 = 粗利 – 販管費(顧客獲得総コスト)
・営業損益率 = 営業損益 / (ARPU × 顧客総数)
・粗利 = ARPU × 粗利率 × (新規顧客数 + 既存顧客数)
・既存顧客数 = 前月顧客数 × (1 – 解約率)
・顧客獲得総コスト = CAC × 新規顧客数

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二つ目は効率性をみるKPIが考えられますが、KPIとしてROI(Return On Investment)、回収期間が挙げられます。それぞれ、以下のように分解できます。

・ROI = LTV / CAC
・CAC回収期間 = CAC / (ARPU × 粗利率)

SaaSサブスクリプションモデルの事業KPIシミュレーション

それでは各指標を変化させた時にKPIやキャッシュフローがどのように変化するか、シミュレーションしてみます。

基準値を以下の表のように設定し、各指標を一つずつ変化(基準値よりも20%UP、40%UP)させていきます。

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ARPU(顧客あたりの平均売上)の影響

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ARPUを増加させると、LTは変わりませんが、LTV、ROI、回収期間が改善されます。

最大マイナスキャッシュ(下のグラフにおけるマイナスの深さ)も軽減され、資金面でも余裕ができます。また、累積キャッシュの黒字化時期(下のグラフにおけるマイナス期間の長さ)も短くなり、累積キャッシュ額や営利増額分(下のグラフにおけるキャッシュの立ち上がり具合)も増加します。

累積キャッシュを時系列にプロットすると以下のようなグラフになります。

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粗利率の影響

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粗利率を増加させた場合は、ARPUと全く同じ挙動を示すことが分かります。

CAC(顧客獲得コスト)の影響

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CACを低下させると、LTやLTVに変化はありませんが、ROI、回収期間が改善されることが分かります。

最大マイナスキャッシュや累積キャッシュの黒字化までの期間が大きく減少します。また、5年後のキャッシュも基準値と比べると増加しています。

累積キャッシュのプロットは以下のグラフのようになります。

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解約率(チャーンレート)の影響

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解約率を減少させると、回収期間は変わりませんが、LTが増加することによって、LTV、ROIが改善します。

最大マイナスキャッシュ、累積キャッシュの黒字化期間も減少することが分かります。また、5年後の営業利益の増額が比較的大きくなることも特徴的です。

累積キャッシュのプロットは以下のグラフのようになります。

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新規獲得顧客数の影響

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新規獲得顧客数を増加させても、LT、LTV、ROI、回収期間、累積キャッシュ黒字化までの期間は変化しません。

最大マイナスキャッシュにおいては減少せず、新規顧客数が増える分、増加してしまうことが分かります。5年後の累積キャッシュや営業利益増額は、基準よりも増えるものの、他の指標よりも伸び率が小さくなっています。

これはサービス自身を改善しないで、営業ばかりを集中的に強化しても大きな成果が得られにくいことを示唆していると考えられます。

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各指標の比較

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これまでにシミュレーションしてきた各指標を40%向上させた状態を上の表にまとめました。

ARPUと粗利率は、ある程度の期間を経た時の累積キャッシュを向上させるのに最も影響を及ぼすことが分かります。

CACは、他の指標に比べて、ROI、回収期間、最大マイナスキャッシュ、累積キャッシュの黒字化までの期間へ与える影響が大きいと言えそうです。

解約率は、LT、LTV、ROIに比較的大きく寄与することが分かります。また、営業利益の増額(累積キャッシュの立ち上がり具合)にも大きく影響し、経過時間を長く取れば、解約率を改善した方が、ARPUや粗利率を改善した時の累積キャッシュを追い越します(今回のシミュレーション値では115ヶ月後に追い抜きます)。

また、各指標の比較においても、新規獲得顧客数を増加させたものは、他の指標より改善しにくいことが分かります。

それぞれの累積キャッシュを以下のグラフにプロットしました。

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KPI(ROI、回収期間)の参考値

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最後にSaaSサブスクリプション業界において、目標と言われている値をご紹介しますので、事業計画を立てる時などのご参考にしてみてください。

・ROI > 3.0
・CACの回収期間 < 12ヶ月

まとめ

サブスクリプションモデルが注目されている理由、収支構造やKPIツリー、各指標を変化させた時のシミュレーションを考察してきました。

今回は、あくまでシミュレーションですので、事業環境が違えば、各指標の改善のしやすさ、変化率なども異なるかもしれません。

サブスクリプションモデルを運営していたり、検討されている方は、ご自身の事業指標をもとに値を色々変化させてみたりすることで、新たな発見ができるかもしれないので、シミュレーションしてみてはいかがでしょうか?

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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