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巨艦を離れ、半導体の嵐の海に漕ぎ出した、技術者たちの物語 ──読書感想「異端者たちの挑戦」

 研究者として優秀な知人が、彼の研究成果に対する所属組織の取り扱いが不満であることをひと通りこぼした後、
「起業してやろうか、とも思っている」
 と言った。
 私はこの本の内容を思い出し、
「自分の発明品をもとに会社を興した場合、相当すごい執念が必要なようだよ」
 と応じた。

 自分の産んだ子供は誰でも可愛い。親バカになる。素晴らしい発明だ、と信じてしまう。
 いわゆる、
「手に惚れる」
 というやつである。
 手に惚れると、あばたもえくぼに見える。事業化への障壁、例えば量産化への課題、信頼性の問題克服、など冷徹に分析し、乗り越えることができず、とん挫する ──よくある話である。

 しかし、この本の著者、安部賛(すすむ)氏は、爆発事故から偶然生まれた真球状の二酸化珪素粉末を、
「美しい!」
「こんなに美しく、しかも世の中にないものならば、必ず用途があるはずだ!」
 と、完全に「手に惚れ」路線のまま、巨艦の自動車会社を離れ、異質の海の荒波に、仲間たちと小舟でこぎ出した。そして、苦難の末、今や半導体にとって「なくてはならない」重要な素材に育て上げた。
 荒波を超えた原動力は、事業化へのすさまじい「執念」である。その「執念」が、「手に惚れ」路線だった発明家を、スピード感を持って判断し、実行する経営者につくり変えたのだろう。

 技術用語が多いため、文系の読者には多少抵抗があるかもしれない。しかし、丁寧な説明や図解もされているし、何より、今、「足りない!」と大問題になっている半導体チップの構造とその変遷について、大いに勉強になります。

 

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