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若林正恭『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』

「ぼくは今から5日間だけ、灰色の街と無関係になる」

キューバに向かう飛行機に乗った若林さんが、東京のまちを見下ろしたときのことばだ。これを読んだわたしは、いろんな含みを込めた結果「街が灰色」なのだと思っていた。しかしキューバ編を読み終わる頃には、これが「自分の目が、心が、街を灰色に映していた」という意味なのだと気づいた。



この本を読むまでわたしは、旅に出る行為は「逃げる」ことに等しいと思っていた。

わたしが旅に出るときの表向きの理由は、行ったことのない街・知らない人たち・行き当たりばったりのぶらり旅……とにかく「初めて」と「知らない」が好きだ、というもの。しかしわたしが旅に出るほんとうの理由は、部屋を出る時にいつも頭によぎる、あの感覚にある。

未完了のタスクを閉じ込めた仕事用PC・長いこと積ん読になったままの書籍たち・とうに乾いてたたまれ待ちの洗濯もの・もうこんなに寒いというのに衣替えを知らない洋服たち、冷たくなったコーヒーが一口分入ったマグカップ……いつまでたってもわたしを追いかけてくる生活の何もかもを、「いったん旅に出るから」と後回しにして部屋を出るのである。その時の「ああやらなきゃ」「あれ終わってない」「めんどくさ……」そんな感覚をいったん保留にする口実が「旅」なのである。

旅は、逃げる行為だと思っていた。



それがどうだろう、本の中で若林さんがキューバから帰国すると同時に、ああそうか、と。旅は向き合う行為なのだな、と。景色を灰色にしか映せなくなってしまった心に鮮やかな色を流し込み、その色をたずさえてもう一度この街や生活と向き合うために、わたしは旅に出ずにいられないのかもしれない。

この本はそんな、わたしが旅に出ずにいられない理由を教えれくれた一冊だ。


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