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柳亭小痴楽『まくらばな』

柳亭小痴楽の落語が好きだ。

落語家だし、高座から受け取ったことがすべてだと思っていたのだが、彼の落語を聞けば聞くほど、やっぱりご本人がどんな人なのか知りたくなって本書を読んでみた。


柳亭小痴楽の半生を辿る一冊

タイトルの「まくらばな」は、漢字で書くと「枕花」。

仏事用語で、亡くなった人の枕元に飾る花のことだ。

この本には、そんな手向けの花のような何ともいえぬ鮮やかさがある。

全編を通して、両手でそっと包み込むようなぬくもりが感じられるのは、小痴楽師匠の家族や恩師への思いが滲み出ているからだろう。


中でも亡き父・先代の柳亭痴楽や桂歌丸との思い出は、愛情に満ちあたたかい。

愛犬との16年間を綴った「シェリー」もなんだか色っぽくてドラマチックだ。

時おりグッとくるんだけど、最後はちゃんとクスッとさせてくれるのが、何とも読み心地がいい。

思い出のアルバムを懐かしみながら眺めるようなあたたかみと、思い出話を目の前で話して聞かせてくれているような軽やかなことば運びが大好きだ。


落語家・柳亭小痴楽

小痴楽師匠に関するインタビューをいくつか読んでみると、彼の落語はよく「華がある」「軽妙だ」「小気味よい」「色気がある」などと形容される印象が強い。

しかし、まだまだ落語ド初心者のわたしには、比べる対象や前提がそんなに多くないのでピンとこなかったりする。

わたしが生で小痴楽師匠の落語を聴いて感じるのは、「なんか好きだな」「聴きやすいな」「元気が出るな」という親しみやすさだ。

だが、彼の何がそう思わせ、ここまで魅了するのか、そこまで深く考えたことはなかった。

そんな折に読んだのが、この『まくらばな』だ。

ちょっとここらで、小痴楽師匠の魅力の正体をわたしなりに探ってみたい。


柳亭小痴楽の魅力

まず、小痴楽師匠の魅力のひとつに「危なっかしさ」があるんじゃないかと思う。

先に書いておくが、これが「頼もしさ」と表裏一体だ。

例えば、彼はマクラで際どい(時に、もはやアウトな)話をすることが少なくない(生配信されている落語会でド下ネタをぶち込んできたり)。

彼の危うさにはそうやってよくドキドキハラハラさせられる。

しかし、次の瞬間にはそんな不安を忘れさせる、軽快で愉快な落語を聴かせてくれる。

その安定した頼もしさたるや、マクラでの危なっかしさがむしろいい「フリ」になるくらいだ。

たしかに、彼の「思いきりのよさ」は時おり、まあ、その、なんというか、ブーイングというか……反感を買うことも……無くはないみたいだ(し、そのきもちも分からなくもなかったりするだなんて口が裂けてもいえない)。

しかし、彼の落語はそれを凌駕するくらい圧倒的で、唯一無二で、魅力的だ。

落語が聴けない日が続くと、禁断症状とまではいわないが無性~に小痴楽師匠の落語が聴きたくなってしまうくらい、心を掴まれる。

推しバイアスがかかってるとはいえ、彼の落語が支持されているのは寄席や落語会での客席の反応を見れば一目瞭然だ。

というか、その反感も含めた反応の幅・にぎやかさがむしろ、彼の落語の体温をグンッと上げてくれることすらあるから不思議だ。


しかしその「危なっかしさ」の一方で、小痴楽師匠はとても「細やか」な人だと感じる。

これは具体的な根拠があるわけではなく、小痴楽師匠の落語を生で聴いていてわたしが個人的に感じたことだ。

特に、彼の客席を見る目。どういう点をどのように見ているのか、その景色はわたしには全く想像できないが、よ~く客席を見ている(ようにわたしからは見える)。

それにこの『まくらばな』をはじめ、彼の書く文章もまた細やかだ。

物事や出来事の描写が、というよりも、彼の感じとり方・思考のめぐらし方・その表現が繊細な印象だ。

小痴楽師匠は、その破天荒さがフィーチャーされがちだが、彼の細やかさこそが「信頼できるなあ」と思わせてくれるのだ。


そんな具合で小痴楽師匠は、生き様にしろ落語にしろどこか危なっかしいけれど、なんだかんだでまあ大丈夫だろう、と思わせてくれるから実に不思議な魅力の持ち主だ。

その頼もしさに、最近はもはや「いいぞ~もっとやれ~」とすら思ってしまっているのが悩ましい。

わたしはいつの間にか彼を芸人として信頼しているのだと気づかされる。


柳亭小痴楽に教えてもらったこと

『まくらばな』を読んで改めて、落語が好きだと思った。

落語家の高座での数十分には、何百人・何十年分もの歴史が詰まっているのだと思い知らされ、その尊さを噛みしめるなどした。

何十年と受け継がれてきて、これからもさらに何十年と続いていくであろう演芸の歴史の中で、まず落語に出会えたこと、推しの落語家に出会えたことが本当に幸せだ。

だって何百年の中の、何百人・何千人の中で、同じ時代を生きられてちゃんと出会えているのって、もう意味が分からないくらいめちゃくちゃ奇跡じゃないか????

ああ、なんて奥深くステキな趣味に出会えたんだろう。

このご縁に感謝するばかりだ。


さいごに

『まくらばな』は小痴楽師匠のことも、落語のことも、もっともっと知りたいと思わせてくれる1冊だった。

見える景色にグッと奥行きをもたせてくれた。

出会えて良かった本のひとつである。



▼柳亭小痴楽師匠の連載、どれもおもしろくてオススメです


追記:小痴楽師匠が上の世代から受けた恩恵を、どう下の世代に渡していくのか、刮目していきたい。



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