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創業100年の老舗だからこそできた、 広告費ゼロの若者獲得マーケティング

「下剋上鮎っていう焼き菓子かわいすぎて笑っちゃった」「鮎に食いつかれている鵜の構図がシュール!」2019年の発売から度々SNSを賑わせている和菓子がある。岐阜の老舗和菓子店の玉井屋本舗が手掛ける「下剋上鮎」だ。そんな下剋上鮎の商品開発〜マーケティング戦略を、本商品を手がけた白木佑典さんに聞いた。

・日本パッケージデザイン大賞2021 菓子部門 銅賞受賞

白木佑典/下剋上プロデューサー
玉井屋本舗、下剋上プロデューサーとして、下剋上鮎とその兄弟菓子、下剋上竜の商品企画、開発を含めた事業プロデュースを務める。


若者にターゲットを絞りUGCを生むことに全振りした戦略

- まず会社について教えてください。

玉井屋本舗という岐阜にある創業約120年の和菓子の会社です。メイン商品は「登り鮎」という牛皮でできた和菓子で、(諸説ある中で)玉井屋本舗が全国で1番初めに作ったといわれています。

玉井屋本舗の目と鼻の先には「鵜飼」で有名な長良川が流れていて、それで鮎をお菓子にしようということでこのお菓子を作ったと聞いています。岐阜県民からすると、昔から家の棚のどこかに置いてある和菓子で、老若男女問わず、地元に愛される和菓子となっています。

- なんで下剋上鮎を作ろうと思ったのですか?

2020年の大河ドラマ「麒麟が来る」で、明智光秀の地元の岐阜がフィーチャーされることを機に商品を作ろうとなりました。ただ明智光秀の家紋を饅頭に入れて麒麟が来る饅頭ですとかだと、あまりにも単発的でドラマが終わったら、売れなくなるから意味ないということで。ちゃんとしたものを作ろうとはじめました。

- 「麒麟が来る」から「下剋上鮎」のアイデアに至った考え方を教えてください。

2つポイントがあります。1つは「登り鮎」という創業約120年を誇る玉井屋本舗の歴史/商品にちゃんとルーツがあること。もう1つは、明智光秀のストーリーになぞらえるということです。それを考えながら開発していきました。

日本最大のブルータスと言われる明智光秀の生涯と、120年間のロングセラー商品である「登り鮎」をうまくブリッジさせ「信長みたいな鵜飼にずっと虐げられてきた明智光秀よく頑張ったよね。そろそろ鮎も頑張らないといけない、今こそ鵜に対して下剋上を起こそう」というストーリーを作り、それを模したお菓子を開発しました。

- 商品開発のこだわりはどこですか?

今言ったような、若干複雑なストーリーをいかに分かりやすくユーザーに届けるかということをまず意識しました。和菓子としては珍しい”コンセプトシート”を商品と一緒に入れています。

また和菓子業界には若者離れという課題もあり、(岐阜県内だけでなく)全国の若者をターゲットとすることにしました。食べられている鵜のアンニュイな表情だったり、ちょっとゆるい感じは若者向けにデザインしています。若者がSNSで取り上げてくれるようにするために、今のトレンドみたいなのを意識して、「あれ、食われてんのかな?」みたいなポケッとした感じの「ゆるカワ」なデザインで商品を作っていきました。

- 若者がSNSで取り上げてくれるというのを重視されたんですね。

そうです。戦略は1つで「若者の中でバズる、UGCを生む、SNSで勝手にみんなが取り上げてくれ、遊んでくれるような世界観」を目指して、そこに全てをかけました。そのために若者が勝手に取り上げてくれるような、デザインとストーリーをちゃんと作るということを意識しました。
※UGC(User Generated Content / ユーザー生成コンテンツ)=企業側でなく生活者側によって制作・発信されるコンテンツ

結果的にバズがしっかり起き、twitterトレンドにも乗りました。そうするとメディアが取材させてくださいって話が出てくる。で、取材を受けるとまたバズが起きる。という好循環が1年間ずっと続いて、成功した形にはなったかなと思います。売り上げとしても玉井屋本舗の売上の20%を占めるまでの商品になりました。広告や宣伝には本当に1円も使っていません。あくまでSNSのバズ・UGCに商品開発を全振りすることで達成しました。

- 売りへの結果が出てるんですね。ちなみにチャネルの新規開拓などにもつながりましたか?

下剋上鮎によって新規に開拓できたチャネルもいくつかあります。例えば、日比谷にある岐阜のアンテナショップ「岐阜トーキョー」。その他にも、玉井屋本舗はずっと高島屋と松坂屋の付き合いはあったものの、西武や他の百貨店はあまりタッチできてなかったのですが、そういったところの開拓もできました。あとは賞やメディア露出とかも1つの結果だと思っています。

- 様々な結果を出している中で、最も意義があったのは何ですか?

冒頭でもお伝えしたように、これまでのお客さんは岐阜の方だけだったのですが、下剋上鮎のおかげで、知名度が上がり全国的に売れるようになったことです。
ECを通じて、北は北海道から南は沖縄まで、下剋上鮎を買ってくれて、そのついでに登り鮎など他商品も買ってくれるみたいなことが起きています。


利益率50%越から逆算し、普段の2倍をかけたパッケージ原価

- パッケージでこだわったことを教えてください。

若者に刺さるようなパッケージにしなくてはいけなかったというのが1番です。渋い普通の田舎のお菓子のパッケージではなくて、ちょっとモダンなデザインを取り入れ、若者がちゃんと手に取ってくれるようなデザインを意識しました。ただ、そこで格式から大きく外れると、玉井屋本舗というブランドを使う意味がなくなるので和菓子っぽさも出しつつ、地に足のついた少しモダンなデザインです。 

それ以外のところで言うと、価格の調整の部分は大きかったです。これまでは、パッケージにいくら使うと適切だというロジックがなく、安ければなんでもいいよとなりがちでした。この商品に関しては営業利益をどのぐらい残しましょうというところから入って、パッケージの費用は大体このぐらいが、限界だよねみたいなところも踏まえて、作って行きました。

- 今までの「安けりゃいい」でなく、利益から逆算し「ちゃんと費用をかけた」ってイメージでしょうか。

そうです、ちゃんと費用をかけました。とはいえ無尽蔵にかけるってことじゃなくて、事業的な側面から考えた上で、適切な費用で作っているという感じです。ざっくりですが普段のパッケージより1. 5〜2倍ぐらいは費用をかけているイメージです。


老舗ならではの既存顧客を着火点にした緻密な仕掛け

- 下剋上鮎は老舗企業にとって学びが多い事例だと思うのですが、改めて最大の成功要因はなんだったのでしょうか?

UGCが生まれる仕組みを設計してたってところが1番で、これはすでにファンがいる老舗だからこそできたと思っています。ファンの母体がまずあって、それをどういう風にアクティブにさせるか?を考え、そこにUGCが生まれるようなものを投げかけるというイメージです。UGCの原理として、そもそもファンがいるということが必要です。

結局ファンマーケティングに近く、玉井屋本舗のファンをどのくらい動かせるか?を目指すと、ちゃんと歴史や過去商品などのアセットとブリッジのあるものを作らなければいけず、その時に、ちょっと面白いデザインとかストーリーとか、そういうUGCが生まれやすい環境を投げかけてあげることだと思います。

- つまり、下剋上鮎の見た目やコンセプトだけを他の企業がなぞってもダメということですね。自社のアセットをちゃんと活かして考えないと上滑りするだけという。

そう、間違いなくダメだと思います。 結局、その会社がどういうアセットを持ってるのかっていうのを、1回棚卸しして、そのアセットに根付いたアイデアや新商品を、開発していくのが大事だと思っています。その企業のアセットによっては、今回のようなUGC戦略は全然できないこともありうると思います。

- すでにファンがいる老舗にとってはすごい役に立つケーススタディですねこれは。

老舗はこういうことができる可能性があるというのは間違いないと思います。逆に言うと老舗しかできないことなのかもしれません。


編集後記

ファンを着火点にバズを作る。そのために、これまでの会社の歴史や商品を大事にしながら、ファンが驚いたり楽しんだり話題にしたくなるアイデアを投げかけていく。日本全国にある老舗企業にとって非常にヒントとなる話しでした。まずは自社アセットの棚卸しから始めてみるといいのかもしれません。


[玉井屋本舗]
創業1908年、鮎菓子の元祖と云われる「登り鮎」をはじめ、四季折々にうつろう岐阜の花鳥風月を、素朴ながらも味わい深い和菓子にする老舗の和菓子会社。
 https://tamaiya-honpo.co/

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