投手に必要な柔軟性【股関節編】
投球フォームの改善に悩む選手と、投球フォームやコンディショニングを指導しているトレーナーや医療従事者向けの内容です。
できる限り分かりやすく書いていきたいと思いますが、選手にとっては少し難しい内容や専門的な用語を用いる場合もありますので、ご了承ください。
はじめに
野球選手、特に投手は全身を大きく使った投球動作を行うため、全身的に高い柔軟性が必要となります。
もし柔軟性が低いと、十分に全身が連動した投球フォームでピッチングをすることができず、肩や肘、腰などに負担がかかりやすいという問題や、球速が上がらない、コントロールが悪い、スタミナがないなどといった問題が起きてきてしまいます。
そこで「投手に必要な柔軟性」と題して、いくつかの項目について解説していこうと思います。まずは土台となる【股関節編】です。股関節(下半身)の柔軟性は、スムーズな体重移動と回転など投球動作にとって欠かせないポイントとなります。
柔軟性はスポーツ動作を行う上で最もベースとなる身体機能であり、柔軟性が低いままでは、どれだけ筋力を上げてもパフォーマンスアップには限界があり、ケガのリスクに関しては逆に高くなってしまう場合もあります。
練習やトレーニングはポジティブな面があり積極的に取り組んでいる選手も多いと思いますが、柔軟性にも十分に目を向け、不足している場合には早急に改善に向けた取り組みをしていく必要があります。
どんな柔軟性がどれくらい必要なのか?
なぜ柔軟性が低いとダメなのか?
これらを投球フォームを踏まえて具体的に解説し、さらに改善方法についても紹介します。選手だけでなく、パフォーマンスアップのために指導にあたるコーチやトレーナー、投球障害のリハビリとして投球フォームチェックを行う理学療法士や柔道整復師などの医療従事者の方々にも参考にしていただきたいと思います。
投手に必要な柔軟性【股関節編】
一言に「股関節」といっても、非常に多くのチェックポイントがありますので、投球フォームへの影響が大きい柔軟性の上位5項目に絞って、一つずつ解説していきます。
1.立位体前屈(ももうら)
最も基本的な柔軟性です。パフォーマンスを考えてもケガ予防として考えても、しっかりとした柔軟性を獲得しておきましょう。特に中高生の年代では、ももうらの硬さは膝痛や腰痛(腰椎分離症など)の原因にもなります。
まっすぐ立った状態から股関節を使って身体を前に倒し、膝を伸ばしたまま手をどこまで下げていけるかを評価します。
基本的にハムストリングス(ももうらの筋肉)の柔軟性を反映しています。ハムストリングス以外に多裂筋や脊柱起立筋といった背筋群も関与しますが、主にチェックしたいのはハムストリングスです。
野球選手の身体特性として、右投げの場合は左のハムストリングスの柔軟性が高い(左投げの場合は右のハムストリングス)という研究結果がありますが、左右どちらとも問題なく大きな可動域を有していると良いでしょう。
立位体前屈の基準
床に手のひらがつくこと
2.開脚前屈(またわり)
またわりは全ポジションの選手に重要になりますが、投手は特に必要とされます。投球フォームのなかであれだけのステップ幅をとりますので、分かりやすいですよね。最近ではSNSでプロ野球選手が開脚している写真を見ることができますが、ほとんどの選手が高い柔軟性をもっています。
座った状態から脚を大きく開き、そこから前屈していきます。
つま先が内側に向かないこと(股関節外旋位)と、骨盤から前に倒していく意識が必要です。骨盤が前に倒せないと、腰や背中を丸めて前傾する形となり股関節の動きが少なくなってしまうため、正しく評価ができません。無理矢理やるのではなく、正しい形で行うことが大切です。
多くの組織の複合的な柔軟性が必要となる前屈開脚(またわり)ですが、メインは内側ハムストリングスと内転筋群の柔軟性がチェックできます。
開脚前屈の基準
開脚で135°以上
前屈でおでこがつくこと(理想は胸がつくこと)
この開脚の柔軟性は硬い選手が非常に多く、開脚が90°ほどの選手も少なくないですし、骨盤を立てて座ることができない選手も多くいます。ただし、そういった選手は投球フォームのなかで硬さが悪影響を及ぼしていることがほとんどなので、ケガ予防とパフォーマンスアップのために早急な改善が望まれます。
3.屈曲外旋(おしり)
簡単に言えば、殿筋群、もっといえば「ケツ」の柔軟性ということです。
ケツは野球選手にとって柔軟性も筋力も必要な非常に重要なポイントとなります。
プロ野球選手を見ていても、良い投手はみんなケツでかいですよね。
なぜあんなにでかいのかと言えば「ピッチング動作ではそれだけの筋力が必要になるから」です。
柔軟性に関してはフォームを見ているだけでは確認しにくいですが、きっととても優れた柔軟性をしていると思います。
開脚の状態から片方の膝を90°に曲げ固定し、曲げた膝の方へ骨盤を回転させていきます。伸ばしている脚は外くるぶしが床につくように内旋し、上半身は曲げている膝へ向けて倒します。なるべく背中は丸めずに骨盤を動かす意識が大切です。
主に曲げている脚側の殿筋群(おしりの筋肉)の柔軟性を評価できます。ハムストリングスの柔軟性が低い場合はハムストリングスに張り感が出ることもあります。
股関節屈曲外旋の基準
骨盤が曲げている膝に向けて正対する
前の膝が浮かない
おしりが浮かない
前の膝にみぞおち(胸)がつく
4.内旋
普通の生活ではあまり動かすことのない可動域ですが、野球選手にとっては非常に重要な動きとなります。ピッチングはもちろん、バッティングにも必要となります。
男性は硬い選手が多く、しかも柔軟性が向上しにくい部位でもありますが、地道に取り組んでほしいと思います。もしどうしても柔らかくならない場合は、それを踏まえた動作への修正が必要になります。
股関節内旋は2パターンで評価することができます。
まず一つ目はうつ伏せに寝て膝を曲げ、足部を外へ倒していくことで内旋可動域を評価します。
(この写真では、右脚45°、左脚40°ほどです。)
二つ目は膝を立てて座り、股関節と膝を90°曲げて足を開いた形から、膝を内側へ倒していきます。
股関節内旋は非常に多くの筋肉が関わる可動域ですので、どの筋肉がというより「内旋可動域」として把握しておくと良いでしょう。
投手にとって非常に重要な可動域ですが、筋肉だけでなく靭帯や骨の噛み合わせの関係で制限されていることもあり、なかなか改善してこない動きでもあります。
股関節内旋の基準
うつ伏せで60°以上
座位では45°以上(60°以上あれば理想的)
5.屈曲・伸展
股関節の屈曲と伸展は、単純動作なのでまとめて解説します。
まず屈曲の評価ですが、仰向けに寝て片膝を両手で抱え、胸まで引き寄せていきます。スムーズに抵抗感なく胸まで引き寄せられると良いでしょう。
このときに反対側の股関節は、骨盤の後傾により伸展位となり、同時に評価することができます。伸展の柔軟性が低い場合は、片膝を胸に引き寄せると伸ばしている脚の膝が浮いてきてしまいます。
またもう一つの方法として、前後に広いスタンスで脚を開き、片膝をついて骨盤を前方へ移動させることで評価する方法があります。骨盤と体幹は前傾しないようにできるだけ直立位とします。こちらは後脚の伸展可動域メインの評価となりますが、反対側の股関節は屈曲位となります。
股関節屈曲・伸展の基準
仰向けに寝て太ももが胸まで引き寄せられる(屈曲)
その際に反対側の足が浮かない(伸展)
片膝をついて行う方法では、骨盤より膝が後ろにある(伸展)
この屈曲・伸展の評価方法は、可動域の評価方法として厳密な方法ではありませんが、グラウンドレベルで簡単に評価できる方法として紹介しました。
ここまで5つの項目について、評価方法と目安となる基準を解説してきました。基準については、科学的な根拠があるものではなく、私のこれまでの経験則に基づくものということをご了承ください。
さてここからは、なぜそれらの柔軟性が必要なのかということを、投球フォームを踏まえながら解説していきます。ご自身の投球フォーム、または指導している選手のフォームと照らし合わせながらお読みいただけると良いかと思います。
なぜ股関節の柔軟性は必要なのか?【投球動作から考える】
冒頭にも書いた通り、投球動作は全身を使った動作のため、全身的に高い柔軟性が求められます。前項までに解説してきた柔軟性が、投球動作の中のどのタイミングで必要になるのか?を理解できるとフォーム修正に向けて取り組みやすくなりますし、ストレッチを頑張るモチベーションにもなると思いますので、しっかりと理解できると良いかと思います。
ここから、各項目ごとに投球動作を踏まえて解説していきますが、投球フォームの修正方法や身体の使い方を示すわけではなく、『投球動作の中でなぜその可動域が必要となるか』を解説するものです。フォームを修正するための意識とはならないことをご理解ください。
なぜ「前屈」は必要なのか?
前屈は主にハムストリングスの柔軟性を反映していますが、投球動作中にこのハムストリングスの柔軟性が必要となるのは、ボールリリース後のフォロースルーと、次いで最大外旋位からボールリリースまでです。
つまり、最大外旋位からボールリリース、フォロースルーと、投球動作において最も重要なタイミングで必要となる柔軟性が前屈ということになります。
具体的には、投球動作において高い出力を発揮するためには、最大外旋位からボールリリースにかけて骨盤の前傾とステップ足の着地による膝の伸展運動が重要になるのですが、ここでハムストリングスの柔軟性が低いと骨盤の前傾が十分に行われずに体重移動が不十分となってしまいます。
そうするとそれを補うかたちで肩や肘で力を発揮しようとする、いわゆる手投げとなってしまい、高い出力を発揮できないばかりか肩や肘の負担が増加し、野球肩や野球肘を引き起こす原因となることも考えられます。
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