片田舎のオートリキシャで満杯のインド人から、底抜けに明るい「サヨナラ」を貰う
悠久の国インド。
海外に全く興味がなくて、私の人生はきっと海外に行くことはないだろうと思っていたのに、初めての海外旅行がインドになった。衝撃。
はるばる飛行機に乗ってもまだ着かず、はるばる車に乗って、さらにインドの北の片隅の、ヨガの生まれた街に行く。そうしてそこに何度も行った。
しかし未だに他の国には行ったことがない。
当時のインドのその小さな地域は、まだとても安全だった。インド人の間でも観光地として有名なその街が、私は心から気に入っていた。
夜にデリーに到着して、そこから何時間もの道を往く。そうしてその街に着くと、見るものすべてが、感じるものすべてが自分に馴染み、すっかり本当の自分に還った気がした。
ここでは誰も、何かを押し付けたりはしない。
◾走り回る異国のチョティワラ
到着した日の朝から私は、インドの民族衣装のパンジャビを着た。
地元の優しくしてくださったオジサンからの頂きもので、その奥様の手作りだという。当時ベリーショートだった私は、その格好でパタパタと街中を走り回った。なんで走っていたのだろう。
ところで、インドの妙齢の…というか、小さい頃からの教育として、女性は髪を長くし、走らないのがレディの印だ。
ひとり坊主頭のような髪型で走り回る異国のコドモ…いや既に30も半ばを越えていたが、日本人は若く見えるのかもしれない。
地元のオジサンたちに「チョティワラ!」と声をかけられることが良くあった。チョティワラとは小僧ということである。とにかくどこにいくのも楽しくて、小さな街をパタパタ野良犬と一緒に走り回る。
一緒に行っている他の日本人が入る店を横目に、いつも行く小さなお店にばかり行き、インド人の街往く人々に混ざって、プラプラとひとりきりで気ままに街を回った。
インドの公用語はヒンディーと英語だ。だから多くのキレイな土産物屋は英語が喋れるものなのだが、地元の小さな店の人は、たいてい英語が喋れない。
というか、そもそも私は英語が喋れない。だから会話はボディランゲージか、日本語か、片言の英語だ。
そんな私に、インドの人はいつもとても親切だった。
◾オートリキシャの大合唱
オートリキシャという乗り物を知っているだろうか。バイクの後ろに人が乗れるようになっている、いわばインドの三輪タクシーだ。
朝から行きたいちょっと離れたところがあるときは、リキシャを捕まえる。リキシャには定員がない。
大体の乗り場はあるのだか、まぁ、走ってるやつに手を振って、テキトーに乗れたら乗るのだ。壁なんか無いほうがいい。
ポールに捕まって足さえ乗せられれば、何人でもいける。バイクの馬力に適うところまでなら、何人だって乗れるのだ。
ちなみに一応椅子はある。元々3人座るのだって大変な長さの椅子が向き合いについてる。膝がぶつかりそうな距離の向き合った椅子に、どちら側にも4人座る。
時にはその膝の上に、アラ失礼、とばかりにフツーに人が座るのだ。もちろん知らない人だ。降りるときには屋根をドカドカと叩く。そうしてヨイヨイと乗っている人をかき分けて、降りる。
日本人や他の外国人はもちろん、ちょっと小綺麗な女性は、こんな満杯リキシャに乗りたくないから、何台かやり過ごしたり、キレイなリキシャを選んだりする。
私は構わずブンブン手を振って、どのリキシャにもエイヤと乗り込む。キレイなリキシャは値段をふっかけてくることがあるからだ。
その日も捕まえたリキシャが、いつの間にか満員になろうとしていた。何人乗ってるんだろう?というくらい、ポールに掴まり立ち乗りしている人がいた。
こんなリキシャに乗る、異国のチョティワラは目立つ。
そしてインドの人はとても素直だ。見たいときに見たいものをじっと見る。だからいつもリキシャに乗ると、何だコイツは? とあたかも珍獣を眺めるが如く、容赦なく視線を浴びせてくる。
慣れっこだ。
突然、私の膝の上の人越しに…というのも、既にその時私の膝の上に人が座っていた。見知らぬ異国のチョティワラに座るとは! どこの国もオバちゃんスゴイ。
そうして人越しに目があった向かいの席の、白い服を着た小綺麗な男性が「ジャポネ??」と声をかけてきた。
私はブンブンうなずきながら「ジャポネだよ!」と答えた。すると向かいの男性はカタコトの英語で、日本はたいそういい国だ、素晴らしい国だと褒めちぎってくれた。
そうしてその後おそらく知っている限りの、カタコト日本語を出してきた。サクラ、イイクニ、カワイイ、キレイ、アリガト、コンチハ、サヨウナラ。
私も元気いっぱいに「イエスイエス、アリガト、コンチハ、サヨウナラ〜」と答えた。すると急にリキシャの中で、おお、その歌か、とばかりに歌が始まったのだ!
サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ〜
サヨナラの大合唱である。
私は全く知らない歌だったが、話しかけてきた向かいのオジサンが、インドで昔流行ったニホンゴの歌だということを、カタコトの英語を交えて教えてくれた。
歌が終わってもリキシャの皆は、ほうほう、お前はジャポネのチョティワラか、あの素敵なサヨナラの国のチョティワラなのかと。
いつの間にか、遠慮会釈なくジロジロと眺めていた真っ黒な顔は、キラキラ輝く瞳の笑顔に変わった。
短い距離だったのに、降りる頃までにはなぜかすっかり仲良くなり、「降りるよ」と身振りをしたら、紳士が代わりに屋根をドカドカと殴ってくれた。何せ私の上にはオバサマが座ってるからね。
オバサマが笑顔でナナメになり、端っこの席だったので皆が引っ張って立ち上がらせてくれ、やっこらさとリキシャを押し出してくれる。
サヨナラ!!!!
大きな声で降り際に声をかけたら、乗ってる皆が「サヨナラーーー!サヨナラ、サヨナラ!」と声を上げた。
ポールに掴まる片手を離し、ガラスのハマってない窓から手を伸ばし、私に向かってブンブンと手を振ってくれた。
下り坂を、乗ってる人の重さを利用しながら、スルスルと遠ざかる満員のリキシャ。サヨナラサヨナラサヨナラ。
ブンブン手を振り返しながら、私はその声を背にまた小走りでパタパタと、ヨガを学ぶアシュラムに向かって走って行った。
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