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最近起こった事なんですが、

どうも。いまだにインスタントのコーンスープを上手く混ぜられない悪ガラスです。


最近、高級なホテルのバイキングに行ったんです。


自分の身の丈に合うのかなぁと不安になりつつも中に入ってみると、豪華なシャンデリアが出迎えてくれました。この綺麗な空間で食べ放題という言葉が交わされるのかと困惑と期待の入り混じった感情を抱きつつ席に着くと、席には綺麗に畳まれたナプキンと鮮やかなカトラリー、輝くシルバーが緻密に並べられており、それはそれは驚きました。これはもうフルコースとかそういう域の配置では?と思いつつ横目でバイキングの品目を見ていくと、そのラインナップの異質さに驚いたんです。

和食洋食中華に限らずブラジルやフランスの料理まで、ワールドフェアという事で世界中の食事が長いカウンターに所狭しと並べられていました。まるで熱帯植物園の様な情報量の多さ。食べる前からスパイシーかつ芳醇な香りが辺りに漂っていたんです。早くあの輝かしい世界に誘われて、最初の一皿をデザインしてみたい。昂りは店員の張り付いた口調で続く初来店の方への説明もぼやかしていました。「ごゆっくり」という単語が耳に入った途端、席を立ち皿を取りに行きました。まだ見ぬ食事が置かれたカウンターの端には、磨かれた皿が幾重にも積み重なり蠢いていたんです。今でも覚えています。まるでギリシャ彫刻の様でした。見惚れながらも上の一枚を取った時に、その近くに立て札がある事に気付きました。

『撮影はご遠慮ください』

美術館によくある文言に思わず微笑んでしまいました。しっかりと目に焼き付ける。この食事は人生の見開き1ページにするんだと決めたところで早速じっくりと食事を見ていく事にしたんです。

その時は『フライドポテト』、『オニオンリング』、『カキフライ』と揚げ物が続いていました。加熱灯の脚光を浴びる食事達が踊るカウンターを挟んだ場所にいるシェフは無機質な顔でこちらを見ながら、微かに体重移動をして足への負担を逃がしている様でした。しばらくして、見た事のない『テルテット』の札が目に留まり、シェフに詳細を聞きました。すると、それはハンガリー料理で肉を野菜に詰めたロールキャベツの様なもの、と教えてもらいました。さらに、今回詰められている野菜がどうやら『ピュニリツ』という固有の野菜らしく、未知のものに興味が湧き、テルテットを一つ、皿に取りました。皿は揺らめき、足は静かに、確かに前へと進んでいきます。

いくらか歩いたところで、自分がどこにいるか分からなくなりました。

自分の席が分からなくなったというよりかは、そこがどこか分からなかった、というのが正しいでしょう。確かに好きな料理を取る、バイキングの形式を取った空間であった事は間違いなく、どの料理も多人数用に作られた多量のもの、一口サイズのものばかり。しかし分からなかったんです。そこがどこなのか。ホテルではあるが、レストランではないという事だけ分かっていました。皿は溶け落ち、手のひらにはピュニリツに包まれたテルテットが一つ。シェフは相変わらずカウンターを挟んで自分の対面にいて、何かを待っている様でした。そもそも、シェフはずっと対面にいました。親切なシェフで、自分が移動する度に身体の向きも変えずに追従してくれます。鏡に映る自分を見ている様で、初めて会ったとは思えない親近感がシェフにはありました。

並んでいる食事を見ると、『巴旋』、『珠乳』、『ニュフェッフ』と見た事もない文字列が食事の名称として存在しており、立て札の文字を理解しようとしても崩れて失せてしまう不安定さがカウンターに乱立していました。皿は凍てつき、手のひらにはポリバケツに包まれた豚の頭と金の卵が一つ。どの料理も多人数用に作られた多量のもの、一口サイズのものばかり。そろそろ飲み物も取っておきたい。最初の一皿をデザインしたはいいものの、飲み物を取りに行く為にまた席を離れるというのは非効率極まりないと考えていました。飲み物もきっと相当な種類のものがあるのだろう、期待に胸を膨らませていました。

夜が明け、海に着きました。

温かなカウンターが続き、足に触れる砂の感触が心地良かったんです。シェフと雑談をしつつ、腫れ続ける左手を抑え込んでいました。頭上では卵黄が胎動し、焦げついた眼が周りで連なっており、様々な料理を盛り付けていくうちに自分が食べに来たという事も忘れてしまいました。皿は轟き、手のひらには畦道を丸めた水晶に包まれた幾何学的に結合した修道院の塊が一つ。そこはホテルではありましたが、レストランではありませんでした。帰る道を探していました。ただ、あの席は偶然店員に案内されて座っただけで故郷ではない。だから帰る、というのはおかしいのかもしれませんね……そう思いつつも荷物が心配だったので足を先に進めました。どんな食事があったのか、見る事なく、飲み物があるコーナーを探しに先を急ぎました。

揺れる稲穂が印象的でした。

風車が見えて、幻想的だったんです。良いホテルだなと感動しました。こんなに美味しそうな食事もあって、良い景色もある。来て良かったと頬が緩みました。手のひらには腐った光に包まれた自分の背中が写っていました。そこがどこか分からなかったんです。手のひらを食い破りカトラリーが何本も溢れてしまいました。喉が渇きました。世界の意向で朝が削られました。カウンターには石が並んでいました。椅子を探しました。飲み物を探しました。シェフと話しました。シェフは家族の為に料理をすると言っていました。とても眩しい、真っ直ぐな人でした。手のひらには、皿に包まれた駐輪場が一つ。平たい世界でした。カウンターの脚は動きませんでした。その時は、スープと飲み物、どちらを先に取ろうか決めていませんでした。

駐輪場には美味しそうなスタッフロールが入っていました。ただパン単体で食べるのは喉が詰まって好きではないので、尚の事飲み物を探しました。痺れた爪先が背中を押しました。弾けたシャボン玉の飛沫が連続して塔の輪郭を作っていました。生きる為に食べる事を選んでいました。楽しむ事を忘れていました。バイキングは、食べる楽しみを教えてくれる、素晴らしい場所だったんです。それに気付けました。

歩き続けて数年、その場に座り込んで食事をする事に決めたんです。そもそも、『椅子に座らなくてはいけない』そう決めたのは自分でした。その殻を破り、格式から解き放たれたあの時の気分は清々しいものでした。手のひらには群青色のティッシュに包まれた透明な棒が一つ。シェフは自ら足を吊るして快晴の空へと昇って行きました。

手で掴んだそれを一口齧ると、温かな肉汁と共に野菜の苦味とパンチの効いた塩味、そして脂の甘味がやってきました。これがハンガリー料理か。また一つ世界を知れました。嬉しかったです。何かを知る、その方法は様々でした。五感を媒体として吸収する事象には全て色があったんです。受け取ったものを抱き締める温度があったんです。自分は歩いて、歩いてここまで来ました。背後も分からず進み続けたんです。

歪んだ峠が見えました。そこには途絶えたカウンターが、終わりが見えたんです。

走ってそこへ向かうと、磨かれた皿が幾重にも積み重なり蠢いていました。そして近くには見覚えのある立て札、『撮影はご遠慮ください』がありました。

「ありがとう」

そう言ってポケットから携帯を取り出して置いてあった皿の写真を撮りました。

席に着いた僕は、飲み物を取ってくる事を忘れていました。でもそれで良かったんです。味わう事に効率も何もないんだなと学びました。ホテルの窓から見えるビル群は、人間が生きる為に何をするべきか、探し続けている様に見えました。

また来ようと、皿の世界を口に運びながら思いました。


以上、世間話ではありますが、個人的に面白かった思い出なのでここで話せて満足です!













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