ヘイト感

仕事中に、何日か先に締め切りがあることを終わらせる。そうそう。不器用で咄嗟のことに反応できないから、なるべく早く出来ることは終わらせておく。

そんなわけで、その日起こったことに対応しつつ、ついつい数日後のことを考えて勤務表やカレンダーを見ながら、指折り数える。

そんな作業の途中で、突然、ドーン!と心が落ちた。

いや、身体はきつくないんだよ。介護の方々だったら、同じような連勤やったら絶対倒れる。

こちらは介護ほどの重労働じゃないから、身体は疲れてないんだよ。ところが、神経がやられていた。

ここまでの6連勤は、さほど辛くはなかったが、あと7連勤あると数えた瞬間、”ああ、結構来ているな”と思った。パートさんたちの助け舟で、これでもましになった連勤なんだけどね。

それで気が付いたのだけど、ある程度のことが許せてしまうのは、あれ、きちんと休んでいるからなんだよね。

嫌なやつとは物理的、時間的に距離を置くこと。

それが毎日のように長時間、意地の悪いことをしているのを見ていると、もはや虫唾が走るというレベルに達してしまう。

しかし、どんな人であろうと、他人にこんな感情を持ってしまう自分を許せずにいるのが一番辛い。

心が小さいなーと思ってしまう。

承認欲求は誰にでもあるのだけど、私が耐えられないのは、自分に認めて貰えないこと。

人員を絞って自分が休んでいる上司も嫌いだが、それにへこたれてしまう自分を許せないところがイラつく。

自分は厳しいなあ。

そんな折、ある人が「聞いてよ。」と寄って来て、私が心で思っていることをそのまんま口にする。いや、もっと何倍もこっぴどく。

「あったま来たよ、もう!クソだよ、あいつ!死ね!」

え?

「死ね!」

・・・・・・・。言えるってことは素晴らしい。

でも、ここで私も同じこと言っちゃうとネガティブモンスターが何匹も誕生してしまう。

いやあ、このご時世、コロナと同じくらいの勢力でネガティブが感染して行っているわけで、ほんとにそれは容易に広められる。誰もかれもが怒っている。

じゃ、私はどうしようか?休めば良いだけの話なんだろう。何とか何とか工夫して。距離と時間は大切だ。

げっ!と思うようなオーラのやつと接したら、同じくらいか、その倍は愛する人と過ごしたい。

え?距離と時間を置いても、家に帰っても、連休取っても嫌なやつのことが頭から離れない?

それは、実のところ、距離も時間も置いていないからだろう。嫌なやつエネルギーをおうちに抱えて連れて行っているからだろう。

何年経っても離れない?それは、その嫌なやつを何年も握りしめているからだろう。

私も相方も、うっかり連れて帰ってしまうことがあるので、風呂で落とす。ゲラゲラ笑って落とす。

責任があるから今回の連勤をやり遂げると思うけど、もしかしたら抜け道を探すかも知れない。

どちらにしても私は、嫌なやつ、足を引っ張るやつのことは、少し先の未来にも連れて行かない。そこに置いていく。

人それぞれ価値観があるから、本当に嫌なやつなのかどうかはさておいて、嫌なものは嫌。それが大事。

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