おかえり
高齢者施設に勤めている。そう、ここは施設だ。お住まいの方々にとっては第二の家だが、私にとっては家ではない。
そして、色んな施設を観て来て思うには、そこを自分の家だと思って貰えるのは容易なことではない。だって施設だから。
ところが、今勤めている施設のご利用者さんたちは、何だか皆、良い意味でのほほんとしている。
廊下の前に横一列に並んで座ってテレビを観ている一団がいる。これは3階のフロアの話だ。
丁度エレベーターの右横にテレビがあって、皆でそれを観ているもので、エレベーターが開くと一斉にこちらに視線が集まる。最初の頃はぎょっとした。何、この光景。何で皆廊下の椅子に座ってんの?全てお婆ちゃんたちの一団である。
認知症が多かれ少なかれあるものの、皆普通の人間。最初の頃はいぶかしげに私を見詰めていた。いや、認知症がある人ほど気に敏感でストレンジャーを嫌がる。こいつはどんなやつなのか?危険ではないか?良くしてくれるのか?と。
それは、私がそこに居ることが普通になって、あたかも景色の一部、空気の一部になるほど馴染むまで続いた。
今では3階のフロアでエレベーターが開くと、皆さんそれぞれのタイミングで「あ、おかえり。」「おかえり!」「お帰り!お帰り!ご苦労様。」と声を浴びる状態になっている。
なんだろ、これ、面白いな。医務室は二階だし、ここは私の家ではないし、お帰りって何で言ってくれるんだろ。
時には『おかえり。どうしてたの?3時間ぶりだね。』とか。
また、お婆ちゃんたち同士でもお風呂に行って車椅子で連れ帰って来られると、皆一斉に『おかえりー。』と『ただいま』と声をかけあっている。
私は、何だか施設、特に特養となると色んな制限がかかっていて、いくら認知症の方々でも不自由しているのではないか?と考えていた。
でも、そうでもないらしい。
築年数も古くて決して綺麗な施設でもない。しかし、車椅子や手押しカートで行き来する人々がお茶を飲んでいたりテレビを見ていたり、喧嘩したり笑い合っていたり。
何だか良いな~。良い感じに作れて来ているなと思う。この空気を作っているのは職員だけでもない。ここの爺ちゃん婆ちゃんたちの人柄でもあるなと思う。
そして、皆割と元気。のほほんと暮らしている素晴らしさ。ご家族様たちも最近は度々面会が叶っている。
またご家族様が居ない人たちも笑顔で暮らしている。
これまで見て来た有料老人ホームの数々の環境。そこには無知とエゴが渦巻いていた。金儲けのためだけの介護というのは成立できないと思い知った。
高級有料老人ホームとうたっている施設の住まう人々は、皆鬱々としていた。適切な医療も施されていなかった。
最近思い出すことがある。そう言えば私は以前の老人ホームで必死で急変した老人を搬送しつつ、『ああ、病院やクリニックの中にホームがあれば良いのに。もしくはホームの中で医療行為が出来れば良いのに・・・』と思っていた。
願いが叶っているということに気づくのだ。
今の施設も派遣で半年、そして正社員になって3ヶ月が過ぎた。
色んなことを改革していくことに必死で気が付けなかったのだけど。
願いが叶っている。
住まう人々がとても健やかだ。
時折、色んなことがうまくいっていない気がして打ちひしがれたような気持ちになることがある。そんな時は視野狭窄してしまうのだが、なんてことだろう。ふと気が付けば、いつも願いが叶っているのだ。
神様 ありがとう。
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